常識やお行儀なんてクソ食らえ!マック赤坂、初当選で「いじっていい人」に昇格 - 松田健次
※この記事は2019年04月25日にBLOGOSで公開されたものです
マック赤坂が当選した。マック赤坂と言えば、スマイル党総裁として「スマイル!」というフレーズを放ち続け、政見放送でのガンジーやスーパーマンなど奇抜なコスプレで知られる、選挙界のアンダーグラウンドな名物漢だ。
既報の通り、4月21日投開票の東京都港区議会議員選挙で54人中30位の初当選。得票は1144・411票だった。マックが初めて出馬したのも港区議(2007年)で、当時の得票は179票だった。12年という歳月が彼を当選ラインに押し上げた。のだが、「マック=落選」という図式を当たり前のように受け止めてきた誰もが「当選!?」と目を見開いたはずだ。国政選や首長選でなく、それが区議選だとしても。「平成最後の」という時流の枕詞を用いれば、マック赤坂の達成は「平成最後の選挙ギャグ」だ。
公に「いじってもいい人」になるマック赤坂
この当選によって、マック赤坂が振りまく「笑い」が変わっていくのだろうな・・・という思いを深めている。「スマイル!」「10度、20度、30度!」・・・正確にはマック本人が発するそれの本質は何ら変わらないだろう。だが、それを受けとめる側の意識が確実に変わっていくと思う。そこに選挙結果という民意が表れたからだ。
区議会議員という公職者の肩書がマック赤坂を「(公に)いじってはいけない人」から「(公に)いじってもいい人」に変える・・・それがこの選挙結果を境に起きる現象だ。
マック赤坂に対する世間の目はずっと「変人」扱いだった。スマイル党総裁の「スマイル!」は世間に微笑ではなく嘲笑をもたらし、スマイルダンスなどの奇抜なパフォーマンスは冷笑を量産した。マックは自分と世間を遮断する結界を自ら発生させていた。3次元に存在するATフィールドだ。だが(港区民の)民意によってマックは公職者というステージへ。公職者は世間の内にある。マック赤坂は世間の内側に移動した。それまであった結界は瓦解し、結界の外側でマックを覆っていた「冷笑」は、世間の生暖かい空気によって霧消していく・・・。
それまで、マック赤坂が居た結界の内側は、世間から隔絶された孤独で冷たい世界だったろう。「10度、20度、30度!」は角度ではなく、見方によれば零下を示す温度だったのかも。だが、マック赤坂を覆っていた広範な「冷笑」は、この選挙によって、港区民約1144票の民意によって、認証された笑い「認笑」に推移していく。のだと思う。
世間に受け入れられた「変人」アニマル浜口には家族がいた
このように「変人」が「公」に受け入れられるパターン、過去例を手繰り寄せるならアニマル浜口が近いかもしれない。
「気合だー!!」は、90年代にプロレスのリングで発せられた。その後、レスラー生活を退いた浜口は、自身の道場で当時10代だった愛娘京子をアマレス選手として鍛える。その姿をテレビが映し出し、世間にとって浜口は娘を前に突如奇声を連呼する「変人」として見られるようになった。
しかし、2004年のアテネ五輪でそのイメージは変わる。浜口京子が五輪初出場、女子レスリング72㎏級で銅メダルを獲得。父と娘の二人三脚はニッポンの日常となり、観客席で絶叫応援する父親アニマル浜口は理解しがたい「変人」から、度を越した「親バカ」として承認され、「気合だー!!」はオリンピックイヤーが放った流行語にも選出された。
しかし、アニマル浜口の傍らには、気風のいい女房と父を笑顔で受け入れる娘という、家族が常に寄り添っていて、それが対世間への架け橋、通訳という役割を担っていたのが大きい。アニマル浜口は変人ではあったが孤独ではなかった。
比べて、マック赤坂は孤独だったはずだ。一時期、「マック赤坂見附」という弟子が存在していたが、それは「変人+変人」という足し算であり、対世間という川を渡る架け橋ではなかった。だが、区議会議員という公職者になることで、マックは自身と世間を隔てていた川を飛び越えた。ここからおそらく様々なメディアが彼にオファーをかけ、「(公に)いじってはいけない人」から「(公に)いじってもいい人」になったマックを、世間に堂々と露出させていくだろう。
笑い・テレビバラエティーの分野でも近々その場面があると思う。先鞭をつけるのは、猛獣使いのダウンタウン、爆笑問題、有吉弘行あたりか。いや、それよりも先に日テレのものまね特番で神無月がネタにしそうな気配だ。本人登場はあるのか? そしてゆくゆくワタナベエンターテインメント所属・・・と、なるやならざるやの令和元年だ。
「私は泡じゃない」泡沫候補報道に忸怩たる思い
しかし、マック赤坂がこれまで通算14回の選挙に挑んできた根底には、マスメディアに対する忸怩たる思いが横たわっている。選挙報道においてマスコミ(新聞・テレビ)は常に、主要候補と泡沫候補を自社判断で区分し、扱う紙面や時間の差をつけ、泡沫候補の存在を基本的に「無い」ものにする。立候補者の誰もが等しく高額の供託金を支払い、その権利を得ているのに・・・という憤りが、マック赤坂を次なる選挙戦へと駆り立てるモチベーションのひとつになっていたのだ。
それを考えると、マック赤坂が区議会議員として今後、マスメディアとどういう関係を築くのか、興味深いところだ。
そこで思うのは、マック赤坂が「変人」扱いされている渦中に、彼に発言の場を設けたメディアの存在だ。「久米宏ラジオなんですけど」(TBSラジオ)は、マック赤坂の活動を映し出すドキュメンタリー映画「立候補」(監督:藤岡利充 2013年)の公開を機に、マックをゲストに招き、久米とマックは30分語りあっている。前半は主にマックの経歴を辿り、後半は選挙におけるマスコミの問題に言及。この放送を聴くと、マックに対するイメージが表層から重層に変わると思う。
番組の終盤にあった、この言葉が耳に残っている。
< 2013年8月31日放送 「久米宏ラジオなんですけど」(TBSラジオ)より >
久米宏 「泡沫候補って誰が考えた言葉か知りませんけど、非常に失礼な言葉ですよね」
マック赤坂 「私は泡じゃありませんよ、人間ですよ」
「普通の人の常識やお行儀なんてクソ食らえ」
一昨年、マック赤坂の人物像に存分に詳しく迫ったノンフィクションの好著が刊行されている。「黙殺 報じられない‘無頼系独立候補‘たちの戦い」(集英社 2017年)だ。著者の畠山理仁は長年に渡りマック赤坂の選挙戦を取材、世間一般の眼に届かないエネルギッシュで愉快でマイペースな、理解し易くもし難い、マック赤坂の人柄を描き出している。ここに刻まれたマック赤坂の幾つかの言葉は、変人を傍観する世間を反射鏡で照射し、炙り出してくるようだ。
集英社
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< 「黙殺 報じられない‘無頼系独立候補‘たちの戦い」(畠山理仁・著 集英社)より >
マック赤坂 「おれのことを変人という人が大勢いるのはもちろん知ってるよ。だけどおれは、変人だからって変なことを言っているわけじゃない。普通の人が言えないことを言っているだけだ」
マック赤坂 「普通の人の常識やお行儀なんてクソ食らえだよ。きれいなスーツを着ていても、人を平気で傷つけたり、切り捨てたりする人はたくさんいる。おれもそういう人を山ほど知っているし、あなたの周りにもいるだろう? 上っ面に振り回されちゃいけない。自分の足で立たなきゃ、長いもの、黒いものに巻かれるしかないんだよ」
マック赤坂 「自分が正しいと思ったことをしろ。やりたいことをやれ。そうすればそこに責任が生まれるし、逃げ道もなくなる。だからこそ真剣になる。おれは100年しかない人生を欲張って生きたい。人生の可能性は常に100パーセント。できると思えばできる。常に道は開けているんだ! そしていつかハリウッドにも進出したい」
というような言葉をマック赤坂は、「ピンクのピチピチパンツ姿で」著者に語ったという。
平成の最終年、世間に解き放たれたマック赤坂。令和元年は彼の「スマイル!」をどれだけ目にすることになるのか。その度に思い浮かべよう、その「スマイル!」が通算14回の選挙で11回没収された供託金の合計3240万円が注ぎ込まれた「スマイル!」であることを。
最後に「黙殺」の中にあるマック赤坂のフレーズから、最高に胸を撃ち抜いた言葉を引用しておく。
< 同上より >
マック赤坂「(街頭演説にて) どうしても笑いたい時は、みんな乳首を押すといい!」