※この記事は2019年04月16日にBLOGOSで公開されたものです

私はNHKで8年間記者として働いた後、1990年から29年間にわたってドイツで働いている。ドイツ人の働き方が日本と最も大きく異なる点は、休みの長さと労働時間の短さだ。それにもかかわらずドイツ経済は好調であり、年々着実に貿易黒字を生み出している。

日本でも今年4月から企業に対して、最低5日の有給休暇を社員に取らせることが義務付けられる。違反した企業は、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金を科される恐れがある。日本で有給休暇の取得が法律で義務付けられるのは初めてのことだ。ワーク・ライフ・バランスを改善するための第一歩として歓迎したい。

だがドイツの連邦休暇法が取得を義務付けている有給休暇の日数24日に比べると、日本の日数は、はるかに短い。今後最低取得日数を増やすよう法律を改正してほしい。

1年のうち4割が休みなのに会社が回るドイツ

ドイツは世界最大の休暇大国だ。1963年つまり今から半世紀以上前に施行された「連邦休暇法」によると、企業経営者は社員に毎年最低24日間の有給休暇を与えなくてはならない。

だが実際には、ドイツの大半の企業が社員に毎年30日間の有給休暇を認めている。これに加えて、残業時間を1年間に10日間まで代休によって消化することを許している企業も多い。つまり、多くの企業では約40日間の有給休暇が与えられていることになる。

さらに祝日も多い。クリスマスや元日、東西ドイツ統一記念日のように全国共通の祝日は、9日。この他、宗教上の理由で一部の州だけに認められている祝日が5日ある。地方分権を重視するドイツでは、州政府や自治体が独自の祝日を制定する権利を認めている。

私が住んでいるバイエルン州には、カトリック教徒が多いため、キリスト教に関係した祝日が多い。2017年のバイエルン州の「通常」の祝日は12日だ。

さらに土日も入れると、ドイツ人のサラリーマンは毎年約150日休んでいることになる。1年のうち41%は働かないのに会社が回っており、ドイツが米国、中国、日本に次ぐ世界第4位の経済大国としての地位を保っているのは、驚きである。

他の国と休日の数を比べると、ドイツが休暇大国であることがはっきりする。経済協力開発機構(OECD)が2016年12月に発表した統計は、各国の法律で定められた最低有給休暇の日数、法定ではないが大半の企業が認めている有給休暇の日数と、祝日の数を比較している。

ドイツの大半の企業が認めている有給休暇(30日)と祝日(12日)を足すと、42日間となり世界最高。日本では法律が定める有給休暇(10日)と祝日(16日)を足すと、26日間であり、ドイツに大きく水をあけられている。

日本の特徴は、法律が定める有給休暇の最低日数が10日と非常に少ないことだ。これはドイツ(24日)の半分以下である。しかもドイツでは大半の企業が、法定最低日数(24日)ではなく、30日間という気前の良い日数の有給休暇を与えている。

日本では、継続勤務年数によって有給休暇の日数が増えていく。たとえば半年働くと10日間の有給休暇を与えられ、3年半以上働いた人の有給休暇日数は14日、勤続年数が6年半を超えると、20日間の有給休暇を取れる。

これに対しドイツ企業では、半年の試用期間を無事にパスすれば、最初から30日間の有給休暇が与えられる。この面でも、日本のサラリーマンはドイツの勤労者に比べて不利な立場にある。

有給休暇の取得率100%の国

さらに日独の大きな違いを浮き彫りにするのが、有給休暇の取得率である。旅行会社エクスペディア・ジャパンが2018年12月に発表した、有給休暇の取得率の国際比較によると、2018年の日本の有給休暇取得率は50%。これは、同社が調査した19ヶ国の中で最低である。日本は残念なことに、3年連続で最下位を記録した。

これに対しドイツの有給休暇取得率は、スペイン、フランスなどと並んで100%だ。

ドイツ企業では管理職を除く平社員は、30日間の有給休暇を100%消化するのが常識だ。有給休暇を全て取らないと、上司から「なぜ全部消化しないのだ」と問い質される会社もある。

管理職は、組合から「なぜあなたの課には、有給休暇を100%消化しない社員がいるのか。あなたの人事管理のやり方が悪いので、休みを取りにくくなっているのではないか」と追及されることもある。したがって、管理職は上司や組合から白い目で見られたくないので、部下に対して、有給休暇を100%取ることを事実上義務付けている。

つまりドイツの平社員は、30日間の有給休暇を完全に消化しなくてはならない。日本人の我々の目から見ると、「休暇を取らなくてはならない」というのは、なんと幸せなことだろうか。

さらにエクスペディアの調査によると日本では、「有給休暇を取る際に罪悪感を感じる」と答えた人の比率が58%と非常に高かった。フランスでは、この比率はわずか25%だ。

厚生労働省の「平成29年就労条件総合調査」を見ると、日本の勤労者の2017年の有給休暇取得率は、平均49.4%。ドイツの半分以下である。特に社員数が30~99人の企業では、有給休暇取得率が43.8%と低くなっている。

「他の人が苦労しているのに、お前だけが楽しんでいいのか」という罪悪感を植え付ける日本の教育

ドイツでは、「長期休暇を取ることは労働者の当然の権利」という考え方が社会に根付いている。全員が交代で休みを取るので、罪悪感を抱いたり、「あいつは休んでばかりいる」と同僚を妬んだりする人はいない。

私もNHKで働いている時、欧州へ個人的に旅行するために1週間休暇を取る際には、他の同僚に対して申し訳ないという、後ろめたい気持ちがあった。

今考えると、なぜそうした気持ちを抱いたのか、不思議だ。やはり学校での教育のせいだろうか。集団の調和を重視する日本の教育システムは、「他の人が苦労しているのに、お前だけが楽しんでいいのか」という罪悪感を植え付ける。他の人が苦労している時には、自分も苦労することによって、集団との一体感と安心感を得る。

だがドイツ人の間では、こうした罪悪感はゼロに等しい。ドイツ人は、次の日から2~3週間休む同僚に対して「休暇を思う存分楽しんできてね」とか「身体を休めてね」という言葉をかける。自分も別の時期に同じように休暇を取れることを、知っているからだ。

平社員に比べると高額の給料をもらっている部長や課長ですら、2週間の休みを堂々と取る。ドイツの平社員の間では、2~3週間まとめて休みを取ることは、全く珍しくない。同僚のためにお土産を買って来て、配る必要もない。さらに休暇中の連絡先を上司に伝える必要はないし、平社員は休暇中に会社のメールを読む必要もない。

あるドイツ人に2週間まとめて休む理由を尋ねたら、「最初の1週間は、まだ会社のことが心の中に残っている。本当に会社のことをきれいさっぱり忘れて、気分転換ができるのは、2週目からだ」という答えが返ってきた。

休暇の重要な目的の1つは、気分転換である。会社以外の世界も存在すること、そして自分が会社員であるだけではなく、「人間」でもあることを、改めて認識する。ワーク・ライフ・バランスの維持、そして心の健康管理という点で、長期休暇は非常に重要である。

さらにドイツ企業では1日10時間を超えて働くことが、法律で禁止されている。監督官庁が時々抜き打ちで検査するので、大半の企業は社員に1日の労働時間が10時間を超えないように厳しく指導している。1日の労働時間が10時間に近づくと、PCの画面に「もうすぐあなたの今日の労働時間は10時間を超えるので、即刻退社しなさい」という警告が表れる会社もある。

有給休暇とは別に、病欠時には6週間まで給料が払われる

日本ではドイツに比べて、人生の中で「会社」が占める比重が大きすぎる。日本でも、働く人々を本当にリフレッシュさせるには、2週間の休暇を誰もが心置きなく取れるようなシステムを目指すべきだ。

会社以外で過ごす時間を増やせば、心身がリフレッシュされて、会社で働くための活力が再生産される。鬱病などで会社を休む社員の数も減るだろう。つまり結局は、社員にまとまった休暇を取らせることが、会社のためにもなる。

もう一つ日独間の大きな違いは、傷病休暇の扱いだ。日本の大半の企業では、風邪やけがのために病欠すると、給料は出ない。このため多くのサラリーマンはインフルエンザなどで会社を休む時に、有給休暇を消化する。

だがドイツでは病気になった時に有給休暇を取ることはあり得ない。この国では、有給休暇6週間とは別に、社員が病気やけがのために欠勤する時には、企業は最長6週間まで給料を100%支給しなくてはならないからだ。

病欠を無給にする日本の慣習は、サラリーマンにとって極めて厳しいものだ。日本の有給休暇の取得率が低い原因の一つはこの点にある。私は連合が、働き方改革をめぐる日本経団連との交渉でこの点を取り上げなかったことを、非常に不満に思っている。

仕事が「人」ではなく「会社」についている国

ドイツを初めて訪れた人の中には、「この国の企業は、休暇を中心に回っているみたいだ」と思う人がいるかもしれない。確かに多くのドイツ人は、年が明けると夏の長期休暇の計画を練り始める。彼らは、あわただしく多くの街を駆け足で回るのではなく、2~3週間にわたりイタリアやスペインなどのリゾート地に滞在する形式の休暇を好む。

家族4人で2週間ホテルに滞在するとなると、コストもかさむ。ホテル、飛行機、食事込みの割安パッケージ旅行は、早く予約しないと、売り切れてしまう。したがって多くのドイツ人たちは、同僚と長期的な休みが重ならないように、1月にお互いの休暇の計画について相談を始めるのだ。中には、1年前から休暇の計画を練り始める人もいる。

長期休暇を取る時期は、千差万別だ。子どもがいる人は、学校が夏休みになる7~8月や冬休みがある12月に2~3週間の休みを取る。子どもがいない人は、他の人と重ならず、上司が同意すれば1年の内、いつでも長い休みを取れる。

日本では、大半の人が盆とお正月に集中してまとまった休みを取るので、高速道路が大渋滞したり、長距離列車が満員になったりするが、ドイツでは交通機関や道路が混雑する時期を避けて休みを取ることが可能なのだ。

2011年にドイツのある新聞は、一時的にドイツ本社で数年間勤務していたある日本人をインタビューし、「私は、生まれて初めて2週間半の休暇をまとめて取った」という言葉を紹介している。

ドイツ人にとっては、2~3週間の休みをまとめて取ることは、珍しくもなんともない。だがドイツで初めて働いたこの日本人にとっては、2週間まとめて休めるというのは、極めて衝撃的な体験だったのだ。

もちろん日本とドイツの企業文化や商慣習には大きな違いがある。たとえば日本の営業マンが顧客に「これから3週間休暇を取りますので、連絡はつきません」と言ったら、顧客は激怒するだろう。だがドイツでは、顧客の問い合わせに答えられる代理の社員を指定しておけば、全く問題はない。顧客にとっては、担当者でなくても他の社員がきちんと問い合わせに答えてくれさえすれば、激怒することはない。

その理由は、ドイツでは仕事が人ではなく会社についているからだ。ドイツの顧客は、「何が何でもこの担当者に対応してもらわなくては困る」と固執しない。

顧客自身も2~3週間のバカンスをまとめて取るので、取引先の担当者が長い休みを取ることに理解を示す。つまり社会全体に、長い休暇と短い労働時間についての合意が出来上がっているのだ。

法律の施行だけでは変わらない

私は、法律を施行するだけでは、日本の働き方を根本的に改革することは難しいと考えている。「仕事は人ではなく会社についている」という意識改革を行うこと、さらに顧客も含めて休暇についての社会的合意を確立しない限り、ワーク・ライフ・バランスの改善は困難なのではないだろうか。

現在海外では、各国の大企業の間でITエンジニアやデータアナリストなど高技能を持った外国人をめぐり激しい競争が行われている。ドイツでは労働条件が良いために、東欧、インド、中国などの高学歴移民が増えている。彼らは給料の額だけではなく、有給休暇の日数や労働時間の長さも選択の目安とする。

現時点ではインドのITスペシャリストがドイツと日本の労働条件を比較したら、ドイツに軍配を上げる可能性が高い。

つまりワーク・ライフ・バランスの改善は、将来の国際競争力を高めることにもつながることを忘れてはならない。ちなみにOECDの統計によると、2017年のドイツの勤労者の1時間あたりの労働生産性は日本を約50%上回っている。

長時間働くことが、必ずしも成果につながるわけではないのだ。ドイツ企業では、同じ成果を挙げた場合に、残業をせずに成果を挙げた社員の方が、残業をして目標を達成した社員よりも高い評価を受ける。また日本でもイノベーションが重視されているが、ある脳科学者が「新しい発想を生むには、忙しすぎる状態は逆効果。アポイントなどをわざと減らして心の余裕を生むことが重要だ」と語るのを聞いたことがある。

日本でドイツのやり方を100%コピーすることは難しいかもしれない。しかし経営者たちは、少ない休暇日数、長時間労働が必ずしも成功を意味するものではないということを理解する必要があると思う。

熊谷徹(くまがい・とおる)
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)、「ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が『豊か』なのか」(青春出版社)、「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。
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