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30代以上の人々にとって、新入社員時代は「つらい時期」だったのではないか。学生気分から一転、組織の歯車として規律を求められ、命じられた仕事の意味も分からず、先輩に叱られる…そんな「リアリティショック」を経験した人も少なくないはずだ。

しかし働き方改革やパワハラ対策が浸透する中、現在の新人は職場を「ゆるい」と感じていることが、リクルートワークス研究所の調査で明らかになった。調査に当たった同研究所主任研究員の古屋星斗氏に、若手の実態を読み解いてもらった。(ライター・有馬知子)

●「このままで生き残れるのか」ゆるい職場に不安抱く新入社員が増加

同研究所は2021年11月、大企業の社員2680人を対象に、新人時代の仕事に関する調査を実施。回答者を入社年次別に「就職氷河期(1999〜2004年卒)」「リーマンショック(2010年〜14年卒)」「働き方改革(2016〜18年卒)」「それ以降(2019〜21年卒)」の4グループに分けて比較した。

入職1年目の週平均残業時間は、氷河期世代で9.6時間だったが、2019年〜21年卒では4.4時間に減少。上司に叱られた経験がない人の割合も、氷河期世代が9.6%、19〜21年卒で25.2%と大きな差があった。仕事量が多すぎる、難しすぎる、人間関係にストレスを感じるといった職場の「負荷」のスコアも、4グループ中、19〜21年卒が最も低かった。

一方、新人時代に「不安」を感じた人の割合は、若い世代ほど増加。19〜21年卒の48.9%が「別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」と回答した。古屋氏は調査結果に至った経緯や結果について、以下のように語る。

「調査前、大企業の新入社員数十人にインタビューをすると、彼らは口々に『職場がゆるい』『上司がパワハラを恐れすぎている』『余力がある』などと話しました。驚いて調査すると、若者は職場の負荷が軽いと感じる一方、『自分はきちんと能力を高めて流動化する社会を生き残り、豊かな職業生活を送れるのか』という不安を抱えていることが分かりました。

一方で管理職からは『突然若手が離職してしまう』という悩みをよく聞きます。彼らは職場環境が改善したのに、なぜ若者が辞めるのか理解できないのです。私も最初はびっくりしました。しかし、こうした状況が生まれていることを受け止め、まずは若手が自分たちとは全く異なる職場に直面し、異なる見方をしていることを、知る必要があります」

●2016年が転換点、企業は「ゆるい職場」づくりを競うようになった

若手の職場観が大きく変わった転換点は、2016年だと古屋氏は指摘する。2015年、採用の際に平均残業時間や有休取得率などの開示を企業に義務付ける「若者雇用促進法」が施行され、2018年には改正労働基準法の施行で、残業時間に上限規制が設けられた。パワハラ防止法、改正育児介護休業法なども整備され「働き方改革」が企業に浸透した。

職場環境が改善した背景には、2010年代前半からブラック企業や大企業社員の過労自殺が社会問題となったことに加え、労働需給が改善して「売り手市場」になったこともある。企業は優秀な若手を確保するため、残業時間の削減や有休をとりやすい環境整備など、競って「ゆるい」職場づくりに取り組んだ。

「もちろん、こうした職場環境改善の動き自体は素晴らしいことです。もう弱い立場にある若者を職場で使いつぶすようなことはあってはならないと、社会全体で合意したのです。ただ、こうした運営ルールの変化が、職場の様相を大きく変えたことに注目する必要があります。若者にヒアリングをすると『平均残業時間が月30時間を超えると、(入社を)考えちゃいますよね』との声もあり、学生自身が『ゆるさ』を会社選びの基準にしている面もあります。なのに入社後は『このままで大丈夫?』とモヤモヤを抱えるわけですが…。いずれにしても労働環境の変化は不可逆で、昔の長時間労働に巻き戻ることはないでしょう」(古屋氏)

●キャリア意識の高い若手と低い若手の「格差拡大」に懸念

調査でもう一つ判明したのが、新入社員の多様化だ。入社前に長期のインターンシップやビジネスコンテストなどの「社会的な活動」を複数回経験した学生の割合は、氷河期世代の22%から19〜21年卒には44%に倍増。活動経験が豊かな人ほど「不安」を感じる割合も高く、自らの能力に危機感を募らせている実態も浮かび上がった。

「かつて新入社員の大半は、社会活動の経験がほとんどない『白紙』の状態でした。しかし現在は、キャリア教育が一般化したことなどもあり、ベンチャーでの就労や社会人と協働するプロジェクトなどを経験した『半分社会人』のような層と、『白紙』の層が混在しています。前者は世間やビジネスを経験しているだけに、能力開発の必要性を感じ、入社後も積極的にスキルアップに取り組みます。

しかし『白紙』の層は、入社前から経験豊富な層に差をつけられている上、危機感にも乏しいためキャリア開発の取り組みも鈍りがち。両者の格差は入社後、さらに広がる恐れがあります」(古屋氏)

かつて日本企業は、OJTを通じた社員育成を競争力の源としてきた。終身雇用と長時間労働が、若手の育成に寄与した面も大きい。しかし古屋氏は「ゆるくなった職場での社内育成だけでは、限界がある」と強調する。

「社内育成では足りない部分を補うように一般化しつつあるのが、副業・兼業や若手社員向けの勉強会、地域活動など組織外での育成です。残業が減った上、コロナ禍でオンラインの活用が進んだことで、若手が社外活動に参加しやすくなりました。特に入社前の経験が豊富な新人は、自主的にこうした活動に参加し『勝手に育って』いきます。

一方、自ら行動を起こせない人には、彼らの自立性に依存せず育てる仕組みを用意する必要があります。例えば最近、若手をベンチャーなどに出向させる大企業が出てきました。従来の経験が通用しない環境で『修羅場』を体験させるのです。社内で修羅場を経験させようとすると、入社年次や役職など上下関係が明確なこともあり、パワハラに限りなく近づいてしまうケースもあります。しかし社外に送り出すことで、可能になる経験があるのです。社外だけでなく、グループ内での配置転換やグループ会社の社員との交流なども、意欲と能力を引き出す『越境』行動になり得ます」

●「企業が育てる」から「若手が育つ」へ

調査では、経験豊富な新人ほど離職率が高まるとの結果も出た。しかし企業は新人を囲い込もうとせず、社外経験をポジティブに評価する必要があると、古屋氏は指摘する。

「『社外活動をしていることが職場にばれると、暇だと思われて余計な仕事を振られる』『転職前提だと思われ疎んじられる』と考える社員は未だに多く、社外活動に否定的な企業の風潮がうかがえます。しかし企業は、職場内での若手育成の力が弱っている以上、社員に社外での経験を本業に生かしてもらうべきです。副業・兼業の解禁や社会人大学院に通いやすい仕組みなど、制度面の整備も必要ですし、離職者をアルムナイとしてプロジェクトベースで迎え入れるなど、『戦力』のすそ野を社員以外に広げることも求められます」

パワハラを恐れて若手に負荷を掛けず、彼らに任せるべき仕事を先輩に回してしまう職場も散見される。しかし古屋氏は、企業が新人育成を全く放棄してしまうことも、将来的な問題を招きかねないと警告する。「ゆるい職場」に不安を抱く若者たちに、企業はどのような育成の場を提供すればいいだろうか。

「上の世代に仕事を任せれば労働問題が起きにくく、成果も出やすいのは事実。しかし若手の成長機会を奪い、将来の組織を弱体化させかねません。

企業はこれまで新人に一律の研修を課してきました。しかし若手の多様化に伴い、経験豊富な層にはある程度広い裁量を与え、ボトムアップすべき人材には外圧を掛けて『越境体験』をさせるなど、異なるアプローチを取るべきです。部下をマスではなく個人として捉え、それぞれのキャリアを支援する必要もあります。

かつての日本企業において、新人を育てるのは企業であり、社員たちは命じられた仕事をこなしていれば職業能力が高まりました。しかし今や、育成の主語は企業から社員に変わり、若手は自ら育たなくてはなりません。職場は社員が描く『成長ポートフォリオ』の一部として、社外活動などと並んで成長機会を提供する『有用な場』であることが求められます」