年上男性と過ごす夜。25歳女は“父親的行為”に一気に萎えてしまい…
二度目の“独身貴族”を楽しんでいるバツイチ男は、東京には少なくない。
渋谷区松濤に住む滝口(38)も、そのうちの1人。
しかし“ある女性”の登場で生活が一変……。
これは東京に住む男が、男としての「第二の人生」を見つめ直す奮闘記である―。
◆これまでのあらすじ
離婚した元妻と生活していた娘エレンを引き取ることになった滝口。それまで付き合っていた恋人に、娘がいるからもう週末を一緒に過ごせないと伝えたところ…。
Vol.3:朝食を食べるようになったバツイチ男
「エレン、早く朝ごはん食べないと、学校に遅れるよ」
滝口はスターバックスコーヒーの紙袋の中から、ゴソゴソとテイクアウトカップの飲み物やパンの包みを取り出す。
自身は朝食を食べる習慣などなく、ここ何年も朝はジムで飲むプロテインを朝食がわりにしてきた。
しかし、娘と共同生活が始まるとそうもいかない。
ここ1週間はエレンが起きる時間に合わせて、Uber Eatsで朝食を調達している。もちろん、前日予約だ。
「私、飲み物だけでいいよ」
エレンは億劫そうにダイニングチェアに座ると、カップの蓋を開けて中身を確認する。
「これ、パパのラテ」
滝口はカップを受け取り、エレンの向かいに座った。
「朝ごはんはちゃんと食べないと、授業に集中できないぞ」
父親らしいことを言うと、エレンは包みを広げマフィンを一口かじる。
「はぁ…」
エレンは大きなため息をつき、そして半ば諦めたように言った。
「パパ、この間エレンが言ったお願い、覚えてる?」
こういう顔は元妻にそっくりだな、とふいに考えてしまう。と同時にその“お願い”に心当たりがないことに焦る。
― お願い?お願いなんて言われたっけ?
「やっぱね、私の話なんて全然聞いてないよね、パパは」
エレンは、ふてくされた。
「じゃあ、あれ、調べてないんだ…」
滝口が今悩んでいるのは、渋谷区神南エリア特有の教育事情
「ああ、あれか…。実は、まだなんだ」
滝口の答えに、エレンはさっきよりもさらに大きなため息をひとつ吐き、肩を落とした。
「ごめんね。パパ忙しくて…」
エレンは無言のまま。
元妻のエリがいる時は「パパ、パパ」と絡んできた娘は、母親がいなくなって以降、日に日に言葉少なくなっている。
― やっぱ、エリに心配させないように、ふるまってたんだな。
滝口は、娘との距離感に悩むことになるとは、思ってもみなかった。
考え込んでいると、エレンがじろりと睨んでくる。
「クラスのお友達、みんな塾行ってるんだよ?行ってないのはエレンだけ。塾は入らないと私立の中学校入れないじゃん」
エレンには悪いとは思っている。
だが、生活を整えることで手いっぱいの滝口は、エレンに頼まれた塾の問い合わせすらできていなかった。
「わかった、わかったよ。今日問い合わせてみるからさ」
そう言うとやっとエレンは納得したようで、「学校に行くね」と立ち上がった。
― 別に公立中学校でいいんだけどなぁ…。
1人ぼやきながら、スマホを手繰り塾を調べ始めた。
一人暮らしの時には全く気づかなかったが、滝口の住むエリアは教育熱心な家庭が多いらしい。エレンの言うようにクラスの子どものほとんどが塾に通い、私立中学を受験する。
先日同僚の広瀬に聞いたところ、彼自身も中学校から成城学園で楽しい学生生活を送ったという。
「公立がダメ、とかじゃなくて、住んでいる場所が渋谷なだけにあらゆる私立中学が通学圏になっちゃうんですよ。横浜だって難なく通えますし」
確かに、仕事に便利な渋谷は通学にも便利なのだ。
「そもそもこの界隈に家族で住んでいるくらいだから、裕福な家庭が多い。“じゃ、私立で”ってなりますよね」
ここまで聞くと、滝口も納得せざるを得なかった。
よくよく考えてみたら、あの雛子も女学館出身。
要領がよく物怖じしない雛子の性格は、一貫校教育とその学校生活によるものなのかもしれない。そう考えると、私立も悪くない、と思えるのだった。(ただ非常に身勝手ではあるが、自分のようなバツイチと付き合うようにはなってほしくはない)。
「本人が行きたいって言ってるなら、行かせればいいじゃないですか」
広瀬に背中を押されたことを思い出し、滝口はスマホを手にいくつかの有名塾に体験希望を申し込んだのだった。
その日の夜。
東急百貨店本店のデパ地下で買ってきた中華惣菜で、夕食をとっていた時のことだ。
大好きな大芝海老のエビチリを前に、エレンはご機嫌だった。
「エレン、塾のことなんだけど…」
エレンは箸を置き、嬉しそうに顔を上げた。
「実は、いくつか問い合わせたんだが、6年生から入れる塾が見つからないんだ」
早い家庭では低学年から塾通いを始めるという中学受験。6年生ではもうすでにすべての単元が終わり、志望校を絞っての対策になるため途中からの入塾は難しいとのことだった。
「そんな…」
途端に、エレンの表情は暗くなる。
その様子を見て、滝口自身も悲しくなってしまう。
― 今までエレンには何もしてやれなかっただけになんとかしてやりたいが…。
ふいに父親らしい気持ちが湧いてくる。この子のためにできることをしてやりたい。そう自分が思い始めていることに、滝口は驚いていた。
「調べてくれてありがとう。今日はもう寝る…」
意気消沈したエレンは、食事もそこそこに部屋にこもってしまった。
― あぁ…またたいした会話もできないまま、1日が終わっちゃったな…。
ダイニングテーブルの食器を片付け、食洗機にセットした。1ヶ月前ならこの時間はワインを片手に、雛子とどうってことない内容のLINEに興じていた。
― そうだ。雛子、何しているかな。
会えない恋人にしびれを切らした雛子が暇つぶしに始めたことは
― はぁ…。なんかこの調子で付き合ってくの、自信ないなぁ…。
雛子はスマホを放り投げ、ベッドにゴロンと横になった。
滝口から「しばらくは娘優先で」と言われてから、早数週間。彼の娘はすでに新しい小学校に通っているらしく、滝口自身も毎日てんやわんやであることは容易に想像がついた。
― 大変なのはわかるけど、さっきの電話一体なに?
電話を切ってからのもやもやの原因を、手当たり次第考えてみる。
最初はLINEで「何やってるの?」から始まった今日のやりとりを思い返した。しばらくとりとめもないトークを続けた後、「いまいい?」と電話がかかってきた。
しかし、電話に出た途端、滝口の口から出た言葉に、雛子は絶句した。
「雛子って、女学館に中学から入ったんだよね?何年生から勉強したの?」
口調は今まで通り、優しく紳士的であることに変わりはなかった。
「SAPIXだよ。たしか4年生くらいかな」
そう答えたが、内心がっくりきていた。
― 娘さん引き取ってから、なんか急にお父さんスイッチ入ったよね。
結局この夜、次のデートの約束をすることもなく、「時間ができたら会おうね」と曖昧な約束を交わし、電話を切ったのだった。
出会った当時から、滝口の顔、物腰、センス、すべてが雛子のタイプである。
だから共通の知り合いのホームパーティーで知り合ったとき、雛子は積極的にアプローチをかけた。少し話をしただけですぐにわかったのだ。
彼が、今まで付き合ってきた同世代の男性とは違うということが。
着ているものや、持っているものはもちろんだが、きれいに整えられた爪や髭、ヘアスタイルにも手抜かりなく、お金と時間をかけていることがよくわかった。
年上の、それも経済的に余裕のある男性だけが醸し出す、なんとも言えない空気感を雛子は敏感に感じ取った。
こういう大人の男性に大事にされてみたい…。
好きだから付き合いたいといった恋愛感情よりも先に、雛子は滝口の隣にいる自分を想像したのだった。
― あーあ、つい最近までは楽しかったんだけどなぁ。
天井を見上げたまま適当にスマホをいじっていると、LINEが届いた。
「明後日の夜、雛子何してる?2対2で飲まない?」
絶妙なタイミングで届いた女友達からのLINEに、雛子は飛び起きた。
「誰と?」
滝口の代わりになる男なんてそういないのはわかっている。普段ならこの手の誘いには乗らない自信があった。
「雛子の彼に比べたら大したことないけど、歳は3つ上、代理店勤務。私が狙ってる彼が、友達を連れてくるから一緒に飲もうって」
― どうしよう。でも家にいても暇なだけだし、いっか。
わずかに葛藤し、雛子は返事をした。
「行きたい、かも」
そう返事をした途端、雛子の中で何かが吹っ切れたような気がした。滝口だって勝手に子どもを引き取り、週末の楽しみだけでなく、予定していた旅行だってキャンセルしたのだ。何より、1人でいる時間は寂しくて長い。
― 別れるなら、次を作ってからじゃないと。
滝口と別れて別の人と付き合う。雛子の中でそんな選択肢が漠然と浮かび上がっていた。
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