上司を選ぶことはできない。「出先から直帰せずに、俺のところに必ず寄って挨拶してから帰宅しろ」。そんな理不尽な上司に当たってしまったらどうしたらいいのか。両足院副住職の伊藤東凌さんは「そういう“変な上司”を変な上司のまま終わらせるのはもったいない。その指示の背景にどんな流儀があるのかを聞き、ほかにも流儀はありますか? と問えば、こちらから別の提案をできる余地も見えてきます」という――。

■理不尽な命令やルールの奥には流儀がある

確かに若い人たちの中には、上司の命令やルールに違和感を持っている人が少なからずいるでしょう。

違和感に押しつぶされることはよくないことですが、目線をちょっと変えてみると、その理不尽な命令やルールの中には、あるものが潜んでいる可能性があります。あるものとは“流儀”です。

撮影=水野真澄
両足院 副住職 伊藤東凌さん - 撮影=水野真澄

流儀とは、その人なりのやり方。「これはやってはいけない」というルールは共有しやすいですが、「こうやったほうがいい」という流儀は、一人ひとり違うもの。ですから、上司から何か理不尽な要求をされたら、理不尽に思っても、この人の流儀は何だろうと見方を変えると、何を伝えたいのだろうと一歩進んで考えることができます。

こういった理不尽なことを要求する上司とは、職場を離れたところで、ぜひいっしょに遊んでみるといいと思います。遊びこそ流儀がいりますので、もしかするとその人の流儀は遊びというカルチャーで培われたものかもしれない。最後はみんなで乾杯して一日を終わるんだということを大切にしているのかもしれません。

いっしょに遊んでみると、ただ押しつけているだけでなく、流儀が編み出された価値観を発見できるのです。

そう考えると「俺のところに必ず寄れ」というのも、最後に顔を合わせるということは、コミュニケーションを大事にされているのだなというふうにとらえられます。

■懐に入ってから別の提案をする

しかし、その流儀に共感できない、違和感が残るのであれば、こちらから別の提案をしてもいいと思います。

その手順としては、まず「○○さんの流儀、素晴らしいですね」といって懐に入る。

次に「でも、ちょっと理解しきれていないところがあるので、もうちょっとくわしく教えてください」と一歩踏み込む。そして「こういうやり方もあるけれど、こういうやり方はどうでしょうか」と別のやり方を提案する。そこで、その上司は、そういうやり方があることに気づきます。

■その流儀が最大化されるのはどんなときか

提案のポイントは、その人の流儀が最大化されているときはどういうときかを見極めること。

撮影=水野真澄

たとえば先程の上司の場合、最大化されていることが「コミュニケーションがとれる」ことなら、わざわざ上司のところに寄らなくても、電話やオンラインでもいいわけですよね。そうしたら「電話でもよいでしょうか」「オンラインで試すチャンスをいただけないでしょうか」と提案することです。

相手の流儀を大切にしたうえで、別の選択肢を示せば、チャンスが転がりこんできます。

■「他にもありますか」は最強の質問

さらに、つけ加えてほしいのが「他にどんな流儀を持たれていますか」という質問。

そうすると、相手は自分に興味をもっているんだな、と承認欲求が満たされて「実はまだ出していないんだけど、これとこれを出そうと思っているところなんだ……」と話し始めます。そして、こちらは上司の価値観をさらに知ることができる。

理不尽だと最初からはねのけるよりは、はるかに生産的な方法ではないでしょうか。

ちなみに「他にもありますか」というのは、あらゆる場面で使える最強の質問です。

たとえば社内で悩んでいる人に対して「この二つが問題ですね。他にもありますか」と聞くと、他に出てくるだけでなく、最初の二つの問題についても、よりくわしく話してもらえます。

つまり「他にもありますか」という質問は、相手に大きな余白を与えるということ。聞かれるほうは「この人だけがこんなに聞いてくれる」と信頼して話してくれるのです。

「他にもありますか」という問いは、ぜひ自分に対しても投げかけてほしい問いです。今日は大変な一日だったな、あんなこともあったし、こんなこともあったし、他にも何かあるかなと考えてみて、なければ「ああ、これだけだ」とありがたく感じるし、「あんなこともあった」と他のことが見えたら視野が広がります。つらいときですら、そんなふうに希望が見いだせますから、喜びならなおさらです。

「今日はいいことがあったな」、あんなこともあったし、こんなこともあったし、他にはなにかあるかな……、そういえば今夜はあの番組が見られるし、来週はあの人に会えるし、と喜びが増幅していくのです。

「他にもありますか」という質問は、いつでも使えるように自分の中で用意しておいてください。

■お寺の世界にも理不尽はある

お寺の世界も、理不尽といえば理不尽です。修行時代は掃除ひとつとっても、先輩から指示されるけれど、やり方は教えてもらえません。このエリアを30分でやるようにといわれて、手前からちょこちょこやっていたら、10分の1しかできない。

撮影=水野真澄
「相手を理解し尽くすという態度が大事」と語る - 撮影=水野真澄

そういう体験をすると、そもそも自分に知識がないこともわかりますし、体の使い方やスピードなど、自分で工夫してやっていけば、だんだんできていくことも体で覚えられます。

大事なことは理不尽なことをいわれても、なぜその人がそのやり方をするのか、流儀も含めて理解しつくすこと。その人の価値観をちゃんと理解し、こちらの仕事なり人生なりに生かしていくという態度が大事です。

「うちの上司は変な人」と思っても、見える構図と立ち位置で変に見えているだけかもしれません。反対に自分が素敵だと思っている人も、その上司と同じポジションで同じタスクを背負っていたら、変な人になっている可能性もあります。

■理不尽な上司を「変な人」で終わらせない

「変な人」と、ざっくりとらえて終わらせないようにしましょう。こまかく見れば、いろいろな要素が潜んでいます。それに対してこちらもコミュニケーションして動くことが大切。

ただ上司からの指示を待ち、その指示をいつも理不尽だと思っていたら、いつまでたっても変わりません。これを勉強と思いながら、コミュニケーションを変えていくと、上司の横に並べるし、下から支えるのも楽しくなる。上司の可能性をもっと見たいという考え方までできるようになります。

変な上司が、たくさんの流儀を持つ素敵な上司に見えるかどうかは、あなた次第なのです。

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伊藤 東凌(いとう・とうりょう)
両足院 副住職
京都「両足院」副住職。両足院で生まれ育ち、3年間の修行を経て僧侶に。アメリカFacebook本社での禅セミナーの開催やフランス、ドイツ、デンマークでの禅指導など、インターナショナルな活動も。7月には禅を暮らしに取り入れるアプリ「InTrip」をリリース。著書に『月曜瞑想』(アスコム)がある。
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(両足院 副住職 伊藤 東凌)