周囲に溶け込み敵に悟られないようにする光学的カモフラージュは、各種センサーが発達したいまとなっては古典的な技術といえるでしょう。ところが昨今の変わりゆく戦争のなかで、再び重要性が増すことになる…かもしれません。

いまなお実施される陸自の古典的カモフラージュ

「いつも空から見られていることを意識しています」――演習取材時に、陸上自衛隊のある機甲科幹部が話してくれたことです。そこは戦車部隊の宿営地、目の前では小型トラックが鋤(すき)のようなものを引きずってぐるぐる走り回っています。

 最初は何をしているのか分かりませんでしたが、その鋤のようなものは整地用トンボを大きくした道具で、戦車が走った後の轍(わだち)を消す作業をしていたのでした。このトンボは部隊が工夫して作ったものといいます。各戦車にも小さなトンボが積まれており、乗員が手作業でこまめに轍を消す作業をしていました。


2020年の総合火力演習に植生のカモフラージュを施して登場した74式戦車。砲身など直線部を隠すようにしている(画像:2020年5月23日、月刊PANZER編集部撮影)。

 宿営地は木立の多い林に設定され、戦車や車両が駐車し、天幕も張られて、いわゆる「ミリキャン」といったところですが、それらのものは漫然と置かれているわけではなく、上空から見ても木立で隠れるよう絶妙に配置されていました。

 戦車やトラックのような大型車が入れて、しかも木立で隠せるような場所を何台分も設定しなければならない宿営地のレイアウトはパズルの様です。駐車場所が決まれば乗員はすぐにトンボを持ち出して自車の轍を消し、植生やカモフラージュネットを被せる作業を行います。


戦車部隊の宿営地にて、小型トラックでトンボを引っ張り戦車の轍を消す作業(画像:2008年8月10日、月刊PANZER編集部撮影)。

 戦車や車輌が移動する際も散らばって走らず、前車が通った跡をたどるようにしているといいます。上空から見れば、轍から車列の進行方向、台数などが分かってしまうからです。「いつも空から見られている」と意識して対空警戒することの重要性は、ロシアによるウクライナ侵攻の投稿動画を見るにつけ、ひしひしと実感します。

直線を消せ! 自然に溶け込むカモフラージュの基礎

 ひと口にカモフラージュといっても、技術が必要です。「あそこにアンテナが立っていますね。装甲車がいます。まだまだカモフラージュが甘いな」「そこには小型トラックが居ますね、対抗部隊の斥候だな」……陸上自衛隊の演習取材で同行してくれたある広報官氏は機甲科出身のベテランで、とにかく勘が鋭いのです。森林の中でも隠れている対抗部隊の戦車や車両をすぐに見つけてしまいます。特に視力がよいわけではないとのことですが、カモフラージュを見破るコツを習得しているようです。そのコツというのは、自然界にない不自然な直線を見つけることだと教えてくれました。カモフラージュの基本はその直線を隠すことにあります。


カモフラージュして木立の下にパークする74式戦車(画像:2009年9月15日、月刊PANZER編集部撮影)。

 戦車では、いちばん目立つ直線は砲身です。充分なカモフラージュ作業をする時間がない時でも優先的にカモフラージュネットなどを巻き付けます。戦車や車両にはカモフラージュ用ゴムバンドの留め具があちこちに付いており、ここに刈りとってきた植生をゴムバンドなどでくくり付けて車体の輪郭を隠すように工夫します。必ずしも車体全体を覆う必要はありません。視覚装置やセンサー類を塞いではいけませんし、やり過ぎても動いた時にざわざわとはためいて、かえって目立ちますので加減が難しいのです。


カモフラージュした73式大型トラック。タイヤなど回転部は隠せないが、車体下部の機器類には植生を被せている(画像:2009年9月15日、月刊PANZER編集部撮影)。

 植物でカモフラージュするのに草木なら何でもよいというわけではなく、その場所の植生にあわせる、つまりその場に実際に生えている草木を使わなければなりません。作業も大変で、乗員総出で鎌を使って草刈りをするのですが、その量は半端ではありません。部隊単位で植生カモフラージュをすると、あたりの草を刈り尽くしてしまい、季節によっては使える植生を求めて「収穫」に歩きまわらなければなりません。付近の植物の刈られ具合で部隊の規模が想定されることもあるので、1か所で刈り尽くすのを避けたり、刈り取り跡をまたカモフラージュしたりすることもあるそうです。


SAAB社が開発した小型折り畳み式カモフラージュネット(画像:SAAB)。

 また、夏は刈り取った植物がすぐしなびて色が変わってしまうので、「鮮度」を保つため1日に2回から3回、植物を付け替えることもあるといいます。

自分の戦車がわからない!? レベルお高めな陸自のカモフラージュ

 カモフラージュは習得に錬成訓練が必要な技術で、自衛隊の植生を使ったカモフラージュはレベルが高いといわれます。くだんの広報官氏は、戦車乗員になりたてだった新人のころ、自車の潜伏場所から隊本部に連絡に出かけ帰ろうとした際、カモフラージュで隠した自分の戦車の位置が分からなくなり迷子になったという失敗談を話してくれました。


何がカモフラージュされているのかもわからない例。左側と同じ軽装甲機動車だと思われる(画像:2018年1月12日、月刊PANZER編集部撮影)。

 21世紀はハイテク戦争の時代であり、植生をちまちま貼り付けるカモフラージュは、目で見る光学観測はごまかせても、サーマルセンサー(熱を感知して画像化する)などのセンサーにはそれほど効果はなく、時代遅れに見えるかもしれません。

 しかしウクライナにおける戦況は、古臭い基本的なカモフラージュが重要であることを再認識させてくれます。部隊に充分なサーマルセンサーが充当されているわけではなく、光学的カモフラージュをするだけでも安価なドローンのカメラ程度ならごまかせる確率は高くなります。投稿の映像をみると、ロシア軍における対空警戒のカモフラージュはかなり稚拙な印象で、「いつも空から見られていること」を意識しているのか疑問を感じます。練度不足なのでしょうか。


カモフラージュして林内に入った映画撮影用プロップの九五式軽戦車。適切な植生使用の効果が分かる(画像:2017年11月12日、月刊PANZER編集部撮影)。

 ドローンのような新兵器が投入される現代戦ですが、かえって古典的な戦法が必要なことを再確認させられることも多いです。時代はどちらに進んでいるのでしょうか。