2021年10月に発売したコーヒーメーカー「BALMUDA The Brew(バルミューダ ザ・ブリュー)」を開発した背景や、その魅力を語り尽くしたバルミューダの創業者で社長の寺尾玄。インタヴューの後半では、新ブランド「BALMUDA Technologies」でスマートフォンを投入することになった理由や、バルミューダの未来図などについて熱く語った(前編から続く)。

人類史を追いかける

──スマートフォンの発売を控えていますが、これまでバルミューダはことさら「テクノロジー」を前面に出さない会社であったように感じています。ある意味、見えないかたちで人の暮らしに寄り添うテクノロジーを製品化してきた。そんなバルミューダが「BALMUDA Technologies」という“直球”とも言えるブランドを、なぜこのタイミングでつくったのでしょうか。

「クレイジーに「絶対に欲しい」と言い切れるスマートフォンをつくる:バルミューダ・寺尾玄が語ったモノづくりの現在地(後編)」の写真・リンク付きの記事はこちら

わたしはもともとミュージシャンでしたが、バルミューダは最初から技術の会社として始めているんです。もちろん、最初は非常に集積度の低いところから始めざるを得ませんでした。知識もないし金もないし、人もわたしひとりですし。技術といったって、アルミを削ってパソコンの冷却台をつくることが精いっぱいです。

それでも、当時も明らかに技術の会社でした。なので、なぜいま「テクノロジーズ」を冠したブランドかというと、実はわたしにとっては最初からそうだったんです、という答えになります。

──ある意味、原点に返ったということなのでしょうか。

いえ、原点に返るというわけではなく、ずっと技術的なことをし続けてきたと思っています。ただ、いままではさすがに「テクノロジーズ」とは付けられないと感じていました。(技術の)集積度が低いので。

でも、創業から18年が経って、集積度は少しずつ高まってきたんです。アルミ削り出しのパソコン周辺機器から始まり、LEDのデスクライトをつくりました。最初のころ、基板は本当に小さなものでしたね。それが扇風機をつくるころになると、基板が3枚とブラシレスモーターなどなど、部品点数もだんだん増えてきました。その後、それぞれの製品のプログラムの行数も、扱う電子部品も増えています。

アルミの切削や精密加工をするマシニング加工は産業革命とともに加速していったので、その時代の技術からバルミューダも始まっているわけです。そこから「そのあと何が出ましたかね、人類」といった具合に家電をつくり始め、人類史を追いかけているんです。

──そうした歴史の観点から見ると、スマートフォンは歴史がとても浅いプロダクトですよね。

そうですね。ようやくほかの電機メーカーと同じスタートラインに立ったんじゃないですか、と思っています。

──デジタルプロダクトは非常にコモディティ化が進んだので、差異化が難しくなっていることは事実です。でも、参入障壁がそこまで高くないのでスタート地点に立ちやすい、という見方もできませんか。

いや、参入障壁は高いと思っています。売れる製品の企画を生み出すことがまず非常に厳しいからです。さらに、実際に製品をつくってもらうところや、売ってもらうところのセッティング。そしてコストです。開発費はこれまでの比較にならないほどかけていますから、おいそれと出せるものではありません。

例えば、日本の大手メーカーが高性能なスマートフォンを開発したとしましょう。そのカメラの部分だけ高性能な部品に置き換えたスマートフォンを、カメラメーカーが出すようなことも可能になるわけです。でも、高性能なカメラを搭載したスマートフォンをゼロからつくれば、莫大なコストが必要になります。その「ゼロからつくる」を、われわれはしているんです。

「絶対に欲しい」という原動力

──ゼロからつくるとなると、当然そこにはバルミューダの設計思想が反映されてくると思います。それでは、バルミューダらしいスマートフォンとは何なのか。どのように定義するのでしょうか。

バルミューダらしい、か……。そういう意味では、体験品質を最も重視している点が、わたしたちらしさじゃないでしょうか。それはつまり、使い心地と、画面のなかがどうなっているのかですね。

──そうすると、ソフトウェアも含めて、これまでの家電とはまったく違う新しいノウハウも必要になってくると思います。ノウハウがそこまで蓄積できていないなかで、不足分をどう補ったのでしょうか?

外部のパートナー企業に全面的に協力していただくんです。要はプログラムを書くということよりも、「プログラムで動く何か」を“発明する”ことのほうがよっぽど重要なんですよね。

結局のところ普段使いのアプリにそこまで数はありませんし、それらが素晴らしく使いやすいかというと、わたしはそうではないと思っています。どれも、「iPhone」が発明された当時からほとんど変わっていません。これはもっと完成度を上げられると感じていたものが多々ありました。それを今回やった、ということです。

──まさにiPhoneもそうですが、新しいプロダクトを発明するときに重要な要素は何でしょうか?

まだわれわれは新しい道具を発明したことはありません。まだね。なので、この質問には確信をもってお答えすることはできないんです。でも推測はできます。ひとりでいいから、どうしてもそれを欲しいと思っている人が必要なんです。そのひとりがいなかったら、次の時代の道具というものは絶対にできません。なぜなら、その大変さは通常とはまったく違うので。ひとりの“欲張り”がいないと、ものごとは進まないんです。

──そのひとりというのは、バルミューダではやはり寺尾さんですか?

はい。こんなにクレイジーに「絶対に欲しい」と言い切れる人間は、わたしはほかに会ったことがありません。ある程度クレイジーが必要なんですよ。

──今回は、なぜそこまでクレイジーに新しいスマートフォンを欲しいと思ったのでしょうか? 

欲しいものが売っていないからです。クルマには多くの種類があって、予算や自分の都合に合った選択肢があります。でも、いまのスマートフォンは形も大きさも似ていて、まだフィーチャーフォンのほうがヴァリエーションがあったと思います。人類がいちばん使っている道具なのに、あまりにも画一的になってないかなと。

iPhoneでさえ、かつては毎年のように変化を感じましたが、いまはほとんど変わっていないと思います。あまりにワクワクするものが出てこない。待てど暮らせど誰も何もやらないので、自分でやるしかないな、と思ったんです。

──そうなったとき、寺尾さんが言うところの「欲しいもの」とは何なのでしょうか。これは新製品の答えになってしまうので、言える範囲も限られているとは思うのですが。 

ひとつ言えることは、「再発明」というよりも、「Another(アナザー)の提案」ということです。明らかに既存の機種と違う提案をします。

これって、これまでのバルミューダでやってきたことと同じなんですよ。トースターも扇風機も、わたしには全部同じに見えた。そこで「自分だったらこういうものが欲しい」という提案をして、おこがましいかもしれませんが、それが皆さんの選択肢を広げることになったのではないかと思います。今回のスマートフォンが当たるか当たらないかはまた別の話ですが、新しい選択肢をつくれる自信はあります。ハードウェアとソフトウェアが、ある意味一体となった体験を提供します。

PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

技術の発明と価値の発見

──「BALMUDA Technologies」という新たなブランドでは、今後どういうものを出していくのでしょうか。現時点でのイメージをお聞かせいただけますか。 

企画としては、当然ながらスマートフォンやその後継モデルの3〜4年分は考えています。もちろん、モデル展開も考えています。ただ、「画面」というものが、このブランドの商品を考えていく上でひとつポイントになるのかな、とは思いますね。

──なるほど。既存のプロダクトで言うと、例えばLEDライトやワイヤレススピーカーも新しいブランドに入るのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。 

そうですね。ただ、価値のつくり方が難しいんです。バルミューダはスピーカーを出しましたけど、「じゃあもっとすごいものをつくろうよ」となったときに、何がすごければいいのかな、みたいな。技術の発明ではなく、価値の発見が必要になりますね。

「この価値、実はとても重要だったんだ!」というような発見です。ゆくゆくは自動車市場にも参入してみたいとは思っています。ただ参入できるまでには、会社をもっとプロデュースすることが必要ですね。

──プロデュースというと? 

「このアーティスト、どうやって育てていくの?」というプロデューサー目線で、わたしはバルミューダを経営しているつもりなんです。人気もつくっていかなきゃならないし、足腰も強くしていかなきゃならない。なかなか面白いですよ。バルミューダの経営というのは。

──なるほど。もうひとつ、バルミューダは2020年末に上場を果たされていますが、そこから何か変化はありましたか? 

結局は変わりませんでした。ただ。一層われわれらしくチャレンジをしていかなければならないなと思いましたね。既存の価値観に対して違う提案をしていくということが、バルミューダの重要な価値だということを再確認したという感じです。

──上場して株主のことも考えなければならなくなったとき、一般的には利益を重視するあまりにプロダクトが丸くなることもあります。 

一般的にはそうですね。でも、わたしは逆だと思います。商品を丸くして売上が伸びるわけないじゃないですか。バルミューダの場合は強いクリエイティヴィティがあるので、丸くする方向にはなりません。先ほどお話ししたように、世界でいちばん最初に何かを欲しがりだす能力をこの会社はもっているので、それを十分に使うべきだと思っています。

PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

──商品のつくり方は、今後ある程度は変わっていくのでしょうか? 

多様性が増えましたよね。例えばスマートフォンの場合は、わたしがクレイジーに欲しがって、自らデザイナーに復帰して一からつくり始めました。ただ、(コーヒーメーカーの)「BALMUDA The Brew(バルミューダ ザ・ブリュー)」の場合は、先ほどお話した通りに開発の中心となった太田(剛平)くんが技術を発明し、デザインチームがいきなりデザインモックをもってきて、そのふたつがコアヴァリューとなっています。売上や利益のつくり方の幅が広がった、ということにほかならないですね。

──なるほど。そうした変化も生まれながらも、いま改めてバルミューダの未来をどうイメージされていますか。  

わたしが本気で目指しているのは、20年後に世界有数の企業になっている状態です。まあ、消失しているというパターンもありますが(笑)

世界有数の企業になるためには、“ヤマ”を当てなければなりません。ヤマの当て方はいろいろあります。いちばん多いパターンは、自国の経済成長の波に乗ること。でも、バルミューダとしてこの方向はないと思っています。日本は先進国で、強い経済成長が終わっているので。

なので、わたしたちが大きくなる方法は、もうひとつの選択肢であるイノヴェイションしかありません。これは、先ほど申し上げた発見と発明の話だと思います。そして、客単価および客数が多い世界に、どんどん進出していかなくてはなりません。今回のBALMUDA Technologiesで入っていくスマートフォンの分野は、このような流れを見据えての活動なんです。

寺尾玄|GEN TERAO
1973年生まれ。17歳で高校を中退。スペイン、イタリア、モロッコなど、地中海沿いへ放浪の旅に出る。帰国後、音楽活動を開始。大手レーベルと契約するもデビュー寸前で白紙となる。その後もバンド活動に専念。2001年、バンド解散後、もの作りの道を志す。独学による知識と町工場での経験により、設計、製造技術を習得。2003年、有限会社バルミューダデザイン設立。2011年3月にバルミューダ株式会社へ社名変更。同社代表取締役社長兼チーフデザイナー。

※『WIRED』による バルミューダの関連記事はこちら。