経営者が無能でも、うまくいく会社とは?(写真:ふじよ/PIXTA)

企業経営では、よく「企業の盛衰は社長(経営者)ですべてが決まる」と言われます。有能な経営者が率いる企業が発展し、無能な経営者が居座る企業が衰退するというのは、私たちがよく目にする光景です。

ところが、世の中には、経営者が明らかに無能なのに順調に事業を続けているという不思議な企業があります。ここで経営者が「無能」というのは、社業に身が入っていない、経営判断が不適切、人望がない、など経営者に必要とされる能力・姿勢が欠落している状態です。

経営者が無能なのにうまく行く企業と無能な経営者とともに沈んでしまう企業では、どういう違いがあるのでしょうか。事例の紹介を通して検討してみましょう(以下の人名はすべて仮名です)。

なぜ無能でもうまくいく?

経営者が無能なのに企業がうまく行くというのは、論理的には経営者「以外」に何らかの成功要因があるはずです。経営者「以外」に、次の3つのポイントがあります。

第1のポイントは、その企業が所属する業界です。たとえば以下のようなケースです。

<ケース1:社長がやる気を失ってしまったが…>
大原翔社長は、12年前にITサービスのA社を創業しました。クラウド化の波に乗って、年商10億円を超えるまで一気に業績を拡大させました。ここで大原社長は達成感と心労から社業への意欲を失ってしまい、会社に顔を出さなくなりました。

しかし、その後もIT業界は、クラウド化やシステム更新のニーズが旺盛です。DXなど新たな取り組みも広がり、需要は堅調に推移しています。この2年ほど大原社長はほとんど経営にノータッチですが、需要を取り込むだけでA社は好業績を維持しています。


世の中には、バブル期の不動産業界のように誰が経営しても儲けることができる業界もあれば、国内の石炭業界のようにどんな天才経営者が必死で努力しても儲けることができない業界もあります。

まずどういう業界で事業を展開しているかが、成否の大きな分かれ目です。

第2のポイントが、「事業の仕組み」です。安定的なビジネスモデルを築いていると有利です。

<ケース2:2代目は素人同然だったが…>
建築確認のB社は、殿村正幸社長の父が創業しました。B社は関西の複数の自治体で指定確認検査機関になっており、安定した事業基盤を持っています。それまで別の会社に勤めていた殿村社長は3年前、父親が引退したのに伴い、急きょ社長に就任しました。

殿村社長は元々ミュージシャン志望。会社を継ぐつもりはなく、今でも右も左もわからない状態です。しかし、自治体と強固な関係があることから事業は順調で、殿村社長が就任してからも最高益を更新しています。

第3のポイントは、社長に代わって舵取りをする「番頭さん」です。

<ケース3:後継者がなかなか決まらなかったが……>
小売業C社では、2年前に創業者が急逝したのに伴い、遺産を巡る同族の内紛が起こり、訴訟に発展しました。訴訟が終わり、後継者が正式に決まるまで、創業者と親交のあった会社経営者・中西勘太氏に社長を兼任してもらうことにしました。

中西社長は自分の会社の経営で忙しく、C社には月1度の役員会に顔を出す程度で、経営にほとんどノータッチ。しかし、現場を任せられた正木智則専務がリーダーシップを発揮し、社員も正木専務を中心に一丸となって頑張っており、業績は順調です。

企業は、誰かが舵取りをしなければなりません。経営者が舵取り役を放棄したら、普通その直下にいる「番頭さん」が代わりをします。かつて「お神輿経営」と言われたとおり、優秀な番頭さんを中心に従業員が一致団結するなら、かえってトップは無能なほうが良かったりします。

「完全にサボってます」飯島社長の証言

ところで、無能な経営者は企業の成功にまったく無関係でしょうか。今回、機械メーカーD社の飯島勝男社長にインタビューしました。飯島社長は、6年前に創業者の父から経営を譲り受けました。

――業績は好調のようですね。

飯島:はい、お陰様で。私が後を継いでから6年になりますが、概ね順調です。去年はコロナショックで少し肝を冷やしました。でも中国・東南アジアなどの外需がすぐに回復し、問題ありませんでした。

――社長はあまり経営に関与していないようですが?

飯島:ええ、完全にサボってます。会社に顔を出すのは週1〜2度です。元々怠け者ですし、文系人間の自分には事業・製品のことが難しすぎて、ついていけません。まあ、私が顔を出さなくても会社はちゃんと回っていますし。

――会社に行かない時は、何をしているんですか?

飯島:趣味に没頭しています。特殊な趣味なので、詳しくは勘弁してください。あと、出張と称して月1くらい東京に行って、銀座・赤坂で飲んでます。地元では飲みません。妻以外の女性はいません。会社の金を使うのは、出張旅費と飲み代くらいです。

――従業員はご存じなんですか?

飯島:一応、「業界団体の集まりに出掛ける」とか「お客さんと会う」とか言っていますが、ある程度わかっていると思いますよ。「ああ、またか」という感じですね。

――従業員から不満の声は上がらないんですか?

飯島:内心は色々と不満があるかもしれません。でも、社長からうるさいことを言われず自分の好きなように仕事ができるし、給与水準もそこそこ良いので、表立って不満を言う社員はいません。離職率は低いですよ。

――飯島社長が関与しなくて会社の方は大丈夫ですか?

飯島:父は、社員の自主性を尊重し、自由に仕事をさせる方針でした。また教育・研修に力を入れていたので、この規模の会社(年商100億円弱)にしては管理職が育っています。管理職を中心にハツラツと仕事しており、今のところうまく回っています。

――なるほど。先代が取り組んだ人材育成が大きかったということですね。

飯島:そうですね。あと、私どもの機械業界はアジアの成長の恩恵を受けたという点もあります。ところで、今回の記事のタイトルは「無能な経営者でもうまく行く会社の条件」とかですか。

――いえ、まだタイトルは決まっていませんが、まあそんな感じです……。

飯島:はは、なかなか失礼ですね(笑) 。でも、無能というのは当たっているから反論しませんけど。

――すみません。では、その無能な経営者でもうまく行く会社の条件とは何ですか?

飯島:自分の無能さをちゃんと自覚することですかね。有能な経営者がグイグイ引っ張るのが、もちろんベストでしょう。でも、自分が無能なら、あまりしゃしゃり出ず、優秀な部下に任せたほうが良いのではないでしょうか。

無能であることを自覚する

企業が成功する条件については、これまで経営学者やコンサルタントが色々な議論をしてきました。大きく言うと、経営環境の良し悪しに着目する考え方と経営者の優劣に着目する考え方があります。もちろんベストは、GAFAMのように、良好な経営環境で、有能な経営者が強力なリーダーシップを発揮することです。

では、経営者が無能なら、どうでしょうか。最悪のケースは、悪い経営環境で、無能な経営者が強力に会社を引っ張ることです。経営者は責任感が強い人が多く、無能なのに「やっぱり俺がやらなきゃ」と張り切って不適切な舵取りをし、かえって会社を危機に陥れたりします。

逆に、もし経営環境が良好なら、飯島社長のように経営に関与しないのが得策でしょう。自分が無能であることを自覚し、経営環境を踏まえて会社と距離を置いている飯島社長は、ある意味、非常に有能な経営者と言えるかもしれません。