まもなく引退する5300形。5300形では先頭部に細かな違いがあり、スカートの短いタイプは写真の5314編成を最後に引退している(筆者撮影)

東京の地下鉄では車両の世代交代が進み、すでに銀座線や日比谷線、千代田線では新形車両への置き換えが行われた。都営浅草線でも2018年から車両の置き換えが進み、今まで都営浅草線で活躍していた5300形がまもなく引退する見込みとなった。

都営浅草線の第2世代

都営浅草線は1960年の開業から60年以上が経過していて、今回登場した新形車両の5500形が第3世代・4種類目の車両となる。代わって引退する5300形は都営浅草線の第2世代・3種類目の車両で、1991年に登場したものだ。


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5300形は都営浅草線の車両のなかで、完全なモデルチェンジを図った車両だ。開業当初の都営浅草線では2両編成で運行され、その後に4両・6両・8両と順次列車を長くしていった経緯がある。5300形が登場した頃は8両編成が中心となり、6両編成が一部で残るという時代になっていたので、5300形は当初から8両編成で作られている。

また、当初から冷房装置を搭載したほか、デザインや搭載機器を一新し、外観は都会的で親しみやすいデザインとしている。車体はアーバンホワイトという白系の色で塗装されているが、アルミ製の車体なので錆びる心配がない。増備過程では、前面に付く「スカート」と呼ばれる部品が変更され、5315編成以降では大型化されている。

走行機器では、VVVFインバータ制御を採用することで、加速やブレーキの際に発生する放熱量が少なくなっている。加速の際は、モーターに電気を供給して走行しているが、特にVVVFインバータ制御では、ブレーキの際に「回生ブレーキ」が簡単に使用できるようになっている。回生ブレーキでは、モーターの力を使って走行時のエネルギーを電力に変換して戻すことが可能で、省エネルギー化につながっているのだ。

今でこそ、地下鉄に冷房があるのは当たり前になったが、地上を走っている鉄道に比べると、冷房化への取り組みは15年程度遅い。冷房化が遅れた理由には、排熱の問題とオイルショックが絡んでいる。

地下鉄の冷房化は1970年代に検討が行われ、地下鉄のトンネル自体を冷やしたり、駅を冷房化したり、といった取り組みが行われた。これには膨大な費用とエネルギーを要するが、ようやく着手に至ったところ、オイルショックで経済が減退し、エネルギーの浪費にも関心が向くようになると、先送り・頓挫を強いられることになる。

冷房の排熱について考えると、例えば家庭などで冷房を使用した場合、部屋は涼しくなるものの、家の外に置かれた室外機から熱風を捨てることになる。電車も似たような構造で、電車で冷房を使用すると中は涼しくなるが、電車から捨てられた熱で周りは熱くなってしまう。特に地下鉄の場合はトンネルの中を走るだけに、熱が捨てきれない。

ということで、せっかく冷房付の車両を作っても、地下鉄の中では冷房を止めざるをえないという時期もあった。このほか、冷房の搭載準備を行った車両も作られたが、地下鉄線向けではなく、乗り入れ先などの地上区間で冷房を使用するという考え方だった。

この問題に解決の糸口が見いだせたのは「省エネルギー化」で、5300形ではVVVFインバータ制御としたことで排熱の量が減り、地下鉄線内で冷房を使っても問題がないとされた。もっとも、都営浅草線では省エネルギーでない車両でも冷房を使っていたが、なんとかなってしまったとも言えよう。

5300形は都営浅草線の冷房化推進に貢献した車両だが、ちょうど5300形が登場した1991年には京成線を経由して北総線との相互直通運転も始まった。乗り入れの都合で都営浅草線の車両も北総線に乗り入れたが、北総線への乗り入れ開始当初は5300形の数が少なく、都営地下鉄の車両は冷房のない車両ばかりだった。

北総線は建設費用の回収が必要で、高額な運賃を設定せざるをえない状況が続いている。だが、運賃が高額にもかかわらず、1990年代前半には冷房のない車両が都営浅草線からやってくるという状況で、気の毒な話だった。都営浅草線から冷房のない車両が引退したのは、1995年のことだ。

VVVFインバータ制御の強み

都営浅草線では、京成線や京急線と相互直通運転を行っている。


都営浅草線開業60周年を記念したヘッドマークを掲出して走る5300形(筆者撮影)

地下鉄では隣駅までの距離が短く、急カーブや急勾配が多く、加速重視の車両が求められる。一方、京成線や京急線では特急や急行といった優等列車が設定され、停車駅の間隔が長く、高速で走行できる車両が求められる。

車両としてはまったく矛盾した要素で、地下鉄を走る車両では、モーターを付けた車両を増やすことで、矛盾した要素に対処している。だが、5300形をはじめとしたVVVFインバータ制御の車両では、モーターを付けた電動車の数を大幅に増やすことを行っていない。5300形では8両編成中の4両にモーターが付いていて、JR線や大手私鉄の路線で一般的な割合と言って良い。

VVVFインバータ制御では、交流のモーターが使用されているが、従来の直流のモーターよりも高い回転数で動かすことができる。また、VVVFインバータ制御によって従来よりも滑らかな加速ができるようになり、高い加速性能も維持できる。

この結果、加速性能を良好に保ちつつ、高速性能も満足させるような矛盾した要素にも十分対処できるようになっている。

京急線では1995年から最高速度を向上させ、品川―横浜間で時速120km運転が始まった。これに合わせる形で、5300形でも時速120km運転に対応した5327編成が1998年に登場し、京急線での時速120km運転を目論んでいた。


後継車両の5500形。この車両が出そろうと、5300形が完全に引退する見込み(筆者撮影)

5327編成は、他の5300形と見た目の大差はないが、モーターのパワーアップなどが行われていた。他の5300形も時速120km運転対応に改造する計画もあったが、立ち消えとなっている。

ちなみに、新形の5500形では時速120km運転に対応している。京急線に加え、京成線側でも成田スカイアクセス線で時速120km運転が行われるようになり、5500形も成田スカイアクセス線で試運転が行われている。将来は、京急線や成田スカイアクセス線で都営浅草線の車両を用いた時速120km運転が実現するのかもしれない。

路線図が光る

5300形の車内では、窓を背にしたロングシートを備え、ごく普通の通勤電車に見られるスタイルとなっている。


5300形の車内。登場から20年を経て、各所に手が加えられている(筆者撮影)

5300形では座席にバケットシートを採用したが、この座席は1人分が区分され、座面や背もたれに凹みを持たせたものだ。後の改修により、座席の中央部に手すりが付いたほか、床材を交換したので色合いが変わっている。

また、扉の上には車内表示器があり、当初はLED式による電光表示に加え、都営浅草線内の停車駅が電光表示される路線図式が交互に配置されていた。路線図式は見やすさが抜群に良いのだが、路線図に変更を加える作業が大変だ。都営浅草線では1998年から特急運転を開始して通過駅が設定されたのをはじめ、都営大江戸線が開業して都営浅草線と接続するといったように、周辺の路線も変遷が著しく、路線図式の使用をやめて現在では通常の路線図が掲出されている。

新形車両の5500形は順調に増備が進み、2021年度中には予定数の27編成の投入が完了する。2021年7月現在では、26編成分が投入され、残り1本という段階となった。一方で、5300系も2018年から廃車が進み、2021年7月現在では5319編成と5320編成の2本が残っているにすぎない。

昨今の事情により、「さよなら運転」などのイベントは行われない見込みで、5500形の投入が完了すると5300形が静かに引退することになるのかもしれない。