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最初の選手が上野由岐子で、よかった!

いよいよ選手たちの順番がやってきた……待ちに待った時間に興奮が止まらない今日です。かつてない逆風と困難のなかで迎えた東京五輪。ここまでの数々の失着で、日本や東京は必ずしも「世界で一番」ではないのかもしれないなと一抹の落胆も感じる日々ではありますが、今日から動き出す選手たちこそがこの大会の主役で、この大会の真価です。世界一を争う、本物たちの集い。彼らの放つ「光」はきっと世界をひとつにしてくれる。この分断をも越えて、素晴らしい時間を遺してくれる。信じて、託して、見守ります。


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その最初のチームがソフトボール代表であり、最初のひとりが上野由岐子さんであることは、まさしく運命的だと思います。コロナ禍のなかでの1年半、アスリートたちは「五輪・パラリンピックがあっても、なくても」と繰り返してきました。それは一面において「開催の是非をハッキリと語らない」という処世術であったとは思います。ですが、決してそれがすべてではなく、真実の心を示す言葉でもあったと思うのです。

東京五輪出場や金メダルといった目標は確かに大事だし、人生を捧げて目指してはいるけれど、心の目的はほかにちゃんとある……という真実だったのだろうと。彼らが人生を捧げているのは競技それ自体であり、富や栄光ではないのです。もちろん富や栄光も欲しいし、それを目指して頑張ってはいるけれど、それが得られなかったとしてもやることは変わらず、今日も明日もボールを握り、スパイクを履くのです。頑張りつづけるのです。そういう日々が「あっても、なくても」つづくのです。競技とは、人生そのものだから。

「あっても、なくても」が詭弁でも強弁でもないことをもっとも雄弁に語る存在、それこそが上野由岐子さんだろうと僕は思います。2008年、あの北京五輪での金から13年。ソフトボールの選手たちは長きに渡り「五輪がない」という日々を過ごしてきました。あの日ボールで描いた2016の文字はリオでは虚しく空回りし、ようやく五輪への復帰が決まったのは2016年のこと。ちょうどボールで描いた数字の年までかかりました。

ただ、その先も険しい道はつづいていました。2020年東京五輪がなくなるかもしれないという苦境。そして、2024年パリ五輪では再び野球・ソフトボールは除外されるという無情な決定。また、なくなるのか。また、目標は消えてしまうのか。ようやくの歓喜から、すぐさま訪れた喪失はどれほどの辛さだったことか。しかし、そうしたひとつひとつに失意を見せることはなく、ソフトボールは、上野由岐子は、ここまでやってきました。まさしく「あっても、なくても」を貫いてきました。13年揺らぐことなく。

北京での金メダル獲得後、燃え尽き症候群のようになったと上野さん本人は言います。「惰性」のように現役をつづけてきたとも言います。けれど、すでに栄光を手にしたあとの時間を、「五輪がない」と知ったうえでの時間を、13年間歩みつづけて今日この舞台に立ったことが答えです。ひざの故障、打球を受けて折れた顎、身体は傷ついています。けれど心は折れなかった。その姿は「あっても、なくても」を証明しています。「頑張る」とはどういうことかを示しています。「人生を捧げる」とはこういうことだと物語っています。

彼らアスリートは言葉の専門家ではありませんので、言葉では上手く語れないこともあるでしょう。この1年半、アスリートの側から世間の気持ちを和らげる発信はできてこなかったかもしれません。言葉足らずで誤解を招くこともあったかもしれません。だからこそ、今日から始まる「試合」を待っていました。彼らの伝え方は、示し方は、試合でありプレーです。言葉ではなく身体で語るのです。どれだけのものを乗り越え、どれだけのものを捧げてきたのか。その「メッセージ」にもう一度耳を傾けて欲しいなと心から思います。その「メッセージ」には、これから始まる日々には、世界を再びひとつに結びつけるチカラがきっとある。そう信じて。


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復興への道のりを歩む福島県あづま球場は夏の日差しに照らされています。「TOKYO2020」と記した横断幕の鮮やかな青と、この大会を見据えて敷設された人工芝の美しい緑。舞台は輝いています。無観客となったことは大変残念ではありますが、試合は確かにここにある。むしろ「復興五輪」らしいなと思います。道半ばであることを忘れ浮かれるよりも、十二分ではなくとも、前に進みつづける姿が似つかわしい。寂しさのなかにも前向きさをもって見守ります。

先発のピッチャーズサークルに入るのはもちろんこの人、大エース・上野由岐子。北京ではひとりで2日間・413球を投げ抜いた鉄人も38歳になりました。あの頃と同じことはできません。上野で勝つというよりも、いかにして「上野」を温存し、最後の最後に渾身の1球を残す戦いができるかが金メダルへの鍵となってきます。ただ、それでもやっぱりマウンドに上野由岐子がいることは勇気を100倍にしてくれます。特別な存在だなと思います。だからこそ、ここに立ってくれて嬉しい。「はじまりの1球」をこの人に託せたことが誇らしい。東京五輪・パラリンピックがついに始まります。



その上野さんは初回苦しみます。ストライクが入らず、ライズボールも完全に上に外れる状態。内野安打に四球・死球が重なって、最後は押し出しで1点を与えます。それでも今の日本は「上野の●球」で勝つチームではありません。1回裏には4番山本優にタイムリーが飛び出し、すぐさま同点に追いつきます。オーストラリアには捕手がブロックしてしまうという、いわゆるコリジョンルール抵触もありました。まずはお互いに堅さを見せつつ一進一退の立ち上がり。

味方の援護もあって上野さんは3回以降は完全に立ち直り、制球も定まってきます。「まったく手が出ない三振」「振りかけたバットを止めての見送り三振」などオーストラリア打線をじょじょに飲み込んでいきます。剛球以上にチェンジアップが効いています。これが38歳の上野由岐子です。すると打線もオーストラリア先発のパーナビーを攻め立てます。日本リーグで長く対戦してきたよく知る相手を仕留めたのは日本の3番内藤。高めのボールを狙い打って、勝ち越しツーランとします。2点のリードで、勝利へと大きく前進です。

↓弾けるガッツポーズ!笑っちゃうくらい楽しそうなので、動画でも見てみてくださいね!


こうなると俄然チームはノッてきます。4回表は上野三振祭の始まりを告げるように、二者連続三振からの三者凡退で相手の攻撃を封殺。返す刀の4回裏には、このチームの鍵を握る「二刀流」の藤田倭がツーランを放ち、さらに2点を追加します。投手としても打者としてもチームを支える存在に初戦で火が点いたのは大会全体を見据えても最高の展開。無観客のスタジアムには日本ベンチからの「いいよいいよ!」の声が響き、早くも日本は元気いっぱいです!



6-1とソフトボール的には大きくリードした5回途中には、上野さんを下げてサウスポーの後藤希友さんに継投。日本は投手3人捕手3人をメンバーに入れて、バッテリーごと取り替えていくという体制で臨むよう。上野さんの雄大なフォームから、後藤さんのテンポの早いフォームへの切り替わりや、捕手のリードの変化などで、相手の目先も散らしていきたいところ。後藤さんは「五輪の初戦」ということもあってか、満塁のピンチを迎える場面もありますが、最後はキッチリと三振でこの回を抑えました。よし、魔物を振り払った。

そして最後に締めたのは先制のタイムリーを放った4番山本優。5回裏の打席でセンターへのツーランホームランを放ち8-1とすると、「5回7点差」ということでこの時点で日本のコールド勝ちに。投手陣では上野さん、後藤さんがいい感触をつかみ、打撃陣では3本のホームランが飛び出すという大爆発。この調子のまま1週間いけるかどうかが怖くなるくらいの最高のチーム状態で、日本は初戦を快勝しました。日本勢全体、そしてこの東京五輪・パラリンピック全体に勢いをつけるはじまりの1勝です!

↓3本のホームランで初戦コールド勝ち!



とにかく、すべてに感謝の気持ちでいっぱいです。ここまで来られたこと、この試合を迎えられたこと、そして選手たちが素晴らしいプレーで「ここまでどんな日々を過ごしてきたのか」をまざまざと示してくれたこと。それは日本代表だけではなく、「本当に大丈夫か?」という疑いの目にさらされながらの隔離生活を乗り越えて戦ってくれたオーストラリア代表ともどもに、すべてに感謝したい。この1試合を見ている時間、ようやく心も晴れやかになるような気がしました。やっぱり「試合」はいい。ここに向かって人生を捧げてきた人たちの放つ「光」は素晴らしい。改めて東京五輪・パラリンピックを開催できることの喜びがこみ上げてきます。

いい意味でも悪い意味でも「メダルを獲れば盛り上がる」と、さも「祭に浮かれる」かのように言う人がいますが、それは少し違うと思っていて、メダルを獲るくらいに頑張った人たちの生き様が、見ている者の心さえも照らし、「自分も頑張ろう」「絶対に諦めないぞ」「最後まで全力を尽くそう」という前向きな気持ちを呼び覚ますのだろうと僕は思います。選手たちが富や栄光のみを求めているのではないのと同様に、見ている僕らもメダルのみに心を動かされているわけではないはずです。この1試合だけでも、そのことを改めて思います。

まだ開会式も始まっていない段階ですが、今大会の選手たちは自分たちが100%の賛同で送り出されてはいないことを悟っています。苦しんでいます。だからこそ、そうした苦境をも越えて進む姿が、よりクッキリと浮かび上がるはずです。それは復興五輪という意味でも、コロナ禍に打ち勝つという意味でも、きっと価値のあるものです。今こういう時だからこそ、一層必要となるもののはずです。どうか色眼鏡ではなく、選手たちのことを見てもらいたいなと思います。メダルはもちろん、敗れる姿や、苦しむ姿も含めて。そんな選手たちの姿にこそ、五輪・パラリンピックがここまで大きくなり、世界をひとつにしてきた理由がきっとあります。

頑張れ、すべての選手たち!

みなさんの放つ「光」を世界が待っています!



街は静かでも、人はいなくても、心に火が点く瞬間はきっとある!