松坂桃李「ファンの予想を常に裏切る」破格の才能

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俳優・松坂桃李の魅力の真髄とは(写真:Jun Sato/Getty)

昔のドラマでは、賢くて面白くて勇ましい強い男がよく描かれてきた。たとえ変わり者で常識がなくても、周囲を巻き込んで大団円に向かわせる「豪傑・やんちゃ・破天荒」がもてはやされた。

今はちょっと違う。人の和を乱すタフガイやラフガイには女性たちがドン引きするし、「男は強くあらねば」という呪いに疲弊した男性たちもそっぽを向く。男の豪快さや荒々しさは減点の対象でもある。

そんな時代の波にうまくフィットした俳優がいる。清潔感のある整った顔立ちなのにどこか陰があり、長身のモデル体型なのに威圧感ゼロ。吹けば飛びそうな「頼りなさ」と人智を超える「うしろめたさ」の混合種。ここ数年の彼の暗躍には目を見張るものがある。

人気イケメン俳優(の事務所)が避けたがる問題提起型の社会派作品にも出演し、女優界の二大恋愛猛者・戸田恵梨香と結婚もした(もうひとりはいわずもがなの蒼井優な)。今期ドラマでも主演作2本と大活躍の松坂桃李だ。

自分事にさせる「自問系」の妙

まず、現在放送中の「今ここにある危機とぼくの好感度について」(NHK)では元イケメンアナウンサーで、好感度重視の超薄口な男を演じている。母校である国立大学の恩師から誘われて広報マンに転職。

自分の意見や意味のあることをしゃべると角が立ち、人から嫌われるので、意味のないことしか話さないのがモットー。好感度を上げる戦略ではあるが、そもそも難しいことは考えたくない、責任もできるだけ負いたくない、実に頼りない男なのだ。その頼りなさが悪用されたり、逆に役に立ったりで、経営難の国立大学内部にある根の深い問題を炙り出していく。

たぶんこのドラマは、桃李演じる広報マンの頼りなさを笑ったり怒ったりするのが本意ではない。桃李のような、考えることを放棄した人に「それでいいの?」と問いかける。コメディだし笑えるけれど、突き付けてくる問いには唸る。決して笑えない、この国の本質が描かれていることに鳥肌が立つ社会派作品でもある。

映画『新聞記者』でも、観る者の正義と良心を問う大役を果たした。外務省から内閣情報調査室に出向したエリート官僚の役だ。内調の仕事は「犯罪者でもないのに公安が尾行してスキャンダルを作り出す」「官邸に近い男からレイプされた被害者を野党がらみのハニートラップと印象を操作する」こと。疑問と嫌悪を覚えながらも、外務省に戻るまでの辛抱と飲み込む桃李。家には身重の妻もいる。

ところが、外務省時代の尊敬する上司(高橋和也)の自死を機に、心が揺れる。大学新設の裏で進行していた政府主導の「人道から外れた計画」の真相を追及する新聞記者(シム・ウンギョン)に、情報提供する覚悟を決めるのだが……。

透明な器になれるイケメン俳優

いずれの桃李も、一見主張があるように見えて、実は透明な器のような存在だ。何をどうとらえるか、「自分だったらどうするのか」を視聴者や観客に問う。主語をもってゴリゴリと主張する演技ではなく、戸惑いや揺らぎ、保身などの葛藤をしっかり見せながらも、最終的に答えは観る者に委ねる。そんな役が抜群にうまい。悪く言えば、華やオーラ、アクがないのかもしれない。でも、この透明な器になれるイケメン俳優というのも実は少ない。頼りなさは高等な芸で至難の業と知る。

この手の役で、桃李の代表作といってもいいのが映画『狐狼の血』ではないだろうか。暴力団との癒着が疑われる悪徳刑事(キレッキレの役所広司)を監視するために県警本部から送り込まれる新人エリート刑事役。


次回作『孤狼の血LEVEL2』では一変、ワイルドな刑事に(画像:『孤狼の血LEVEL2』公式サイトより)

圧倒的な悪の描写、正義の視点が終盤に向かって一気に覆される名作だが、観る者の心はまんまと桃李に投影され、まんまと引っ張られて揺さぶられる。ラストシーンは「覚醒」。たぶん今夏公開の続編『孤狼の血LEVEL2』で、桃李の進化形が観られることだろう。

私の記憶の中で最も古い桃李は『GOLD』(2010年・フジ)だ。天海祐希主演のドラマで、金メダル至上主義の母親に育てられる、気が弱くて女にも弱い長男の役だった。五輪を目指す水泳選手にしてはなんとまあ線の細い男子なのだろうと思った。妹役で登場した武井咲があまりに神々しくて、桃李は「陰のある」印象に。

その後、武井主演の『アスコーマーチ〜明日香工業高校物語〜』(2011年・テレ朝)にも登場。初回、白いスーツで学校の壁を乗り越えてきて、ヒロインにキスするフリをする、いかにもモテ男子キャラなのだが、やはり陰を背負っていて。不幸な家庭環境(父親のDVで母親が精神を病む)で年齢を偽ってホストとして働き、キャバクラ嬢に金を借りたせいで関係を迫られているっつう。明るく屈託なく能天気に太陽光を浴びるイケメン役では決してなかった。

が、朝ドラ『梅ちゃん先生』(2012年)ではヒロインの幼馴染で夫、やっと明るくたくましく闊達な男に。残念ながら梅ちゃん先生で注目されたのは、性格に難のある高橋光臣や、無神経で無責任な満島真之介らサブキャラのほうだった。スピンオフドラマ『梅ちゃん先生〜結婚できない男と女スペシャル〜』が話題になったとき、「どっちかといえば、桃李はこっち側なんだよなぁ」と思った記憶がある。

クズ・カス系の脇役も何のその

容姿端麗、インテリジェンスも兼ね備え、見た目は明らかに勝ち組の桃李だが、オタクや陰キャのほうが活き活きして見えるという矛盾。『風俗行ったら人生変わったwww』という、どう考えても褒める文言が出てこない映画にも出ていたのだが、桃李だけは明らかに光を放っていた。主人公・満島真之介のチャット仲間のひとりで、タワマンに住む裕福なデイトレーダー役。

迫害された過去があり、自殺を考えたこともあるという、やはり陰のある役だ。「青すぎる空は悲しいほど怖い」なんてポエティックな言葉も吐く。通常運転の桃李。ところが、満島を救うために荒唐無稽な計画を立て、それを模型やミニカーを使って擬音で説明するシーンがあるのだが、激痛なオタク度全開。二度見するほどイメージの違う桃李がいた。陰キャのほうがしっくりくる、と思ったのはそのときからか。

そして、脱ぎっぷりが大胆な役やクズ・カス系の脇役も嬉々として演じていくようになる。『娼年』では女性たちに体を売る高級娼年の役だ。


高級娼年演じた『娼年』(画像:映画『娼年』公式サイトより)

生々しい女性たちの欲望、性の深淵に触れることで存在意義を見出す。『エイプリルフールズ』では手癖も女癖も悪い大ホラ吹き。『彼女がその名を知らない鳥たち』では全女性に白目を剝かせるほど軽薄な男の役だ。しゃべることはほぼ嘘か誰かの受け売り、何もかもが薄っぺらいのに性欲だけは分厚い男を演じた。

この映画、桃李といい竹野内豊といい、二枚目俳優の看板をドブに捨てるくらいのクズっぷりが最高。繊細でフラジャイルな青年の姿はもうない。うしろめたさと世俗にまみれた雄の誕生である。

ここ5〜6年の間に桃李がこなしてきた役柄は実に多彩、というか、振り幅がありすぎる。予測不能で、傾向がまとまらない。青い髪でアイスピックを振りかざす鬼畜な殺し屋の『MOZU劇場版』、マインドコントロールで人を操る特殊能力者の『不能犯』、サイコパスでシリアルキラーの手記を読んで感化しかける青年の『ユリゴコロ』、視覚以外の感覚を失った青い目の探偵『視覚探偵 日暮旅人』、ハンディキャップに負けない車椅子の建築士『パーフェクトワールド』、“本を置く場所が欲しかった”というだけで妻子を殺したエリート銀行員「微笑む人」に、童貞であることがコンプレックスどころかアイデンティティの小学校教師「ゆとりですがなにか」……どんだけ自由だよ! あえて「イメージの破壊」を試みている気もする。

世間の思い込みを常にひっくり返す

だからこそ面白い俳優だと思う。「こういう役が似合う」という世間の思い込みを常にひっくり返し、想像を超えてくるから。ベストオブ桃李がどんどん更新されていく印象。ついこの前までは「ゆとりですがなにか」の桃李がドラマでは最高と思っていたが、「今ここにある〜」の桃李があっけなく抜き去った感もある。

そうそう、今期のもう1作は、スーパーで働く心優しい漫画青年の役。尊敬する漫画家(麻生久美子)が亡くなったと同時に、おじさん(井浦新)の体に乗り移ってさあ大変という物語。入れ替わりファンタジーというか、亜種のBLというか、とにかく桃李が井浦にベタベタとまとわりつかれるのが『あのときキスしておけば』(テレ朝)だ。漫画愛と人類愛と桃李愛の強い人にはお勧めしておこう。

中年期に入ると、演技力はさておき、無駄に筋肉をつけてしまう俳優が案外多いのだが、桃李はたぶんそっちにはいかないだろう。体型は変わらず、妙な若作りもせずに渋みや重みを加えていく、小林薫や豊川悦司のようなタイプだと踏んでいる。いい感じに枯れていくと思わせておいて、また予測を裏切るんだろうな。

(文中敬称略)