女優・松たか子の魅力の真髄とは?(写真:Junko Kimura/Getty)

女に生まれて、悔しく思ったことはあるだろうか。後継者は男、伝統的に男、因習として男。長い歴史と伝統を担う不平等な男系社会で、生まれながらにガラスどころか鋼鉄の天井。打破しがたい、太刀打ちできない性差の壁に、歯ぎしりや舌打ちをしなかっただろうか。壁に向かって毒づいたり、世を呪ったりしなかっただろうか。梨園と皇室に生まれた女性には、つい勝手な思いを寄せてしまう。愛子様、寺島しのぶ、松本紀保……そして今回の主役・松たか子だ。

一見、順風満帆な芸能生活だが…

10代後半からテレビドラマや舞台に出演し、映画『四月物語』の主演もはたす。20歳で歌手としての活動も始め、紅白歌合戦にも出場。誰がどう見たって「マルチな才能で活躍する梨園のお嬢様、順風満帆な芸能生活」だ。

世間が初期の頃の松たか子に求めたのは「深窓の令嬢」「良家の子女」感。たたずまいに品があるし、育ちのよさが感じられる。無駄な脂肪もないが、過剰な痩せ願望とも肉体労働とも無縁の、ほどよく優雅な体型。格式と伝統を無駄に重んじる家柄の老人が、いかにも好みそうなルックスだ。

「お嬢様」「奥様」と、決して名前を呼ばれることのない女性像、昭和の奥ゆかしい時代を生きた女性を体現するのに最適だった。非・流行の顔というか、すたれることのない正統派の顔立ちだ。

ドラマ『古都の恋歌』(1997年・TBS)では、母(浅野ゆう子)の不倫を「付け文」でうっかり気づく、勘のいい娘を演じていた。不倫相手は初老の教授(山崎努)とわかり、憤りを直接ぶつけにいくきまじめさと気の強さもある。とはいえ、暴力と監視で母をねじ伏せる父(内藤剛志)から母を守る優しさもある。母の不倫を通して、「女の業」を娘の視点で描く作品だが、あのときの松たか子は確かに適役だった。

余談だが、映画『小さいおうち』では、逆にひそかに不倫する母親の役を演じており、この『古都の恋歌』とセットで観ると感慨深いものがある。

そういえば一時期、なぜか喫煙者の役を演じることが多く、ヘビースモーカーの象徴ともされていたと記憶している。昔、取材した禁煙外来の医者が松たか子の顔を「スモーカーズフェイス」としきりに糾弾していたことを思い出した。個人的に恨みがあるのか、喫煙ドラマの弊害を訴えたかったのかはわからないけれど。

実父・松本白鸚(九代目 松本幸四郎)と共演、父娘を演じて話題になった『烏鯉』(1998年・TBS)では、司法試験をあきらめて恋人とパン屋を開く娘の役だったが、父にさりげなく喫煙を止められるシーンがあった。


父は歌舞伎役者の松本白鸚(写真:Jun Sato/Getty)

また、先月に再放送されていた『お見合い結婚』(2000年・フジ)でも、大酒飲みの愛煙家で趣味はパチンコという、やさぐれた趣味嗜好の元キャビンアテンダントという役どころ。

これは妄想だが、一時的に「脱・お嬢様キャラ」を意図的に図ったのではないか。品のいいお嬢様の枠からあえてはみ出すために、わかりやすくキャッチーにやさぐれた設定の女を引き受けたのかな、と。

松たか子が実際に喫煙者であろうとなかろうと、私にとってはどうでもいい。愛煙家の役ならうまそうに吸ってくれればいい。個人の嗜好より芝居の本質を問う世の中であってほしい。

その後の松たか子といえば、普通は「ロンバケ・ラブジェネ・HERO」を挙げるだろう。木村拓哉との共演三部作で人気を着実に上げたわけだが、思い入れがないのでスルー。松たか子は主役のほうが活きるということがよくわかった。

「問題のある女」になる解放感

さて、ここまで書いて、いつもより温度と湿度が低めの自分に気がつく。要するに、若い頃の松たか子にはあまり興味がなかった。むしろ年を重ねて、独立して個人事務所をたちあげてからの松たか子に、ぐっときている。

おそらく、映画『告白』で、殺された娘の復讐を遂行する母親を演じたときから、松たか子は「罪びと」の魔力を身につけたのではないか。「清く正しくあらねばならない」呪縛から解き放たれた感もあった。もとい、彼女が演じる「間違っている女」「問題のある女」に私が魅了され始めたのだ。

最大の転機というか、現在の松たか子の礎になったのは、西川美和監督の映画『夢売るふたり』だと勝手に思っている。料理人の夫(阿部サダヲ)と小さいながらも盛況な居酒屋を営む主人公だ。

ところが、狭い調理場がゆえに引火し、火事で店が全焼。途方に暮れてくすぶるサダヲとは対照的に、速攻で中華屋のバイトを始める。しかし、サダヲが常連客の女性(鈴木砂羽)と一夜を過ごして大金(実は不倫の手切れ金)をもらったことを機に、夫婦ともに間違っていく物語だ。要するに、夫婦共謀で女性を騙して金を搾取する詐欺を働いていくのである。

この作品で松たか子は「夫を売る快感とは裏腹に芽生える嫉妬と怒り」「どんどん薄れていく罪悪感」を見事に演じた。ある種の繊細さと、あきれるほどの図太さとたくましさ。もうそこには高嶺の花だの深窓の令嬢だの名家の奥様はいなかった。

そして、どこにでもいる、そのへんの女の日常を体現した。風呂場のカランを足だけで動かし、マスターベーションで湿った指を拭いたティッシュで雑に鼻をかみ、経血のついた下着を忌々しそうに洗い、自分は詐欺行為をしておきながら子供を虐待した事件の報道には眉をひそめる。

ドラマが見せない・見せたがらない、女のごく当たり前の日常を、あの松たか子がさらっとしれっとやってのけた。私の中では好感度が右肩上がりに。米国や英国の面白いドラマに出てくる女はみんなこんな感じだよなぁ。これができる土壌って、日本のドラマ界にはないんだよなぁ。

「日本3大喪服が似合う女」の1人

また、妙に「喪服が似合う」ことも挙げよう。夏川結衣・黒沢あすかと並んで「日本3大喪服が似合う女」と断言しておく。華美と露出を排除したデザインの喪服でも、そこはかとなく艶めかしい雰囲気を出せるのはこの3人だと思っている。

気のせいかもしれないが、ドラマでも映画でも、松たか子は喪服を着る役が結構多い。『コートダジュールN°10』(2017年・WOWOW)では葬儀で遭遇する昔の友人役、映画『ラストレター』でも姉の葬儀から始まり、喪服姿で登場。人の死から始まる物語にしっくりはまるからなのか、あるいは松たか子に喪服を着せたいと思う人が少なからずいるのか。伊丹十三が存命だったなら……と妄想もしちゃう。

ま、喪服は個人的な主観だが、「歌がうまい女」は万人が認めるところだろう。『アナと雪の女王』が最も有名だが、舞台でも彼女の歌声と演技力は重宝されている。王道・正統派ミュージカルはもちろんのこと、NODA・MAPに劇団☆新感線、蜷川幸雄に串田和美、三谷幸喜、長塚圭史、ケラリーノ・サンドロヴィッチと名だたる劇作家や演出家から選ばれ続けているのだから。

なんだろうね、松たか子の歌声って。強弱やこぶしで圧倒して感動させる歌い方というよりは、耳から自然と流れ込んできて体内にじわーっと染みこんでくるような「静かなる侵略」。たとえ鼻歌でも、人を虜にする魔力がある。海っぺりの岩の上で歌ったら、豪華客船が次々と座礁、まではしなくても停泊するかもしれない。

最近では、岩井秀人作・演出の舞台『世界は一人』(2019年)がかなり染みこんだ。松たか子は後ろ暗い収入で暮らす裕福な家の娘であり、窃盗と不法侵入で鑑別所送りになった少女であり、全身20ヵ所骨折して植物状態になった女であり、主人公・松尾スズキの妻であり、随所に入るコミカルでシニカルな歌の歌い手でもある。

「いや、これ、どんな芝居だよ!」と思うかもしれないが、松たか子の持ち味が凝縮&炸裂。澄み渡る歌声でしんみりさせたかと思えば、「体毛」を歌いあげる丁々発止のコミカルなセッションを魅せたり。劇中の歌と音楽を担当したのが前野健太。岩井秀人と松尾スズキが作り出す毒と皮肉と笑いに、前野健太と松たか子が音と歌の要素を加えて、見事に「せつなおかしいミュージカル」を完成させたのだ。

今、松たか子が立つ場所

弱さやうしろめたさを抱えながらも、どこか他人事で片付けることができるずうずうしさ。言葉を失うほどの不幸や悲劇を内に秘めながらも、決して立ち止まらない。そんな女を演じきる松たか子の3大傑作としては、『カルテット』(2017年・TBS)、『スイッチ』(2020年・テレ朝)、そして現在放送中の『大豆田とわ子と三人の元夫』(フジ系)を挙げたい。脚本はすべて坂元裕二なので、「おいおい、坂元教信者の布教活動かよ」と言われても仕方がない。

でも、いずれもしっくりくる役ばかり。どんな役かというと、楚々としているように見えるが、日常では頻繁に歯ぎしりや舌打ちをして毒づいたり、世や人を密かに呪ったりする。時には正々堂々と呪う。複雑で厄介な思いを素直に吐き出すことをいとわない役。かろやかに世間体や常識を蹴飛ばして、自分と大切な人を全力で守る。冒頭で私が勝手に妄想していた松たか子像と重なるのだ。

今、彼女が立っている場所はとても心地よく感じる。女に生まれてくれてありがとう、と言いたい。この先も、伝統や因習の壁や天井にとらわれず、我が道をありのままに進んでくれたら本望。

(文中敬称略)