マンション内の音にはどのような種類があるのでしょうか(写真:tkc-taka /PIXTA)

子どもの飛び跳ね、落下音、移動音、開閉音、トイレ、シャワー、楽器・テレビ、リフォーム後のもめ事……。在宅勤務の推奨で家にいる時間が長くなると、今まで以上にマンション内の音に注意を払うようになるものです。

マンション内での音の基本的な特質と伝わり方はどうなっているのでしょうか。企業の技術顧問を務め、音の紛争事例にも詳しい、日本大学名誉教授・一級建築士の井上勝夫氏がまとめた『マンションの「音のトラブル」を解決する本』から一部抜粋・再構成してお届けします。

マンション内の音には2種類ある

私たちはひとくくりに「音」とか「騒音」といっていますが、マンション内の音には種類があります。音への対策をとるには、そもそも音にはどんな種類があり原因が何なのかを知ることが重要なのです。まずはそのお話から進めましょう。

マンション内で発生する音を大別すると、

空気音(空気伝搬音)固体音(固体伝搬音) の2つにわけられます。ひとつずつ説明します。

■空気音(空気伝搬音)とは

空気音とは音が空気を振動させて伝わるものです。たとえば赤ちゃんの泣き声やテレビ・ステレオの音、話し声、外の道路を走る車の音などは、音の発生源から音が空気を振動させて伝わってくるもので、これを空気音といいます。上の階や隣から聞こえてくる話し声やテレビの音なども空気を振動させて伝わるので空気音に該当します。

■固体音(固体伝搬音)とは

一方、固体音とは、力や振動が床や壁、天井などに入り、振動として固体の中を伝わり、離れたある住戸の空間で聞こえる音のことをいいます。これは糸電話で音が伝わるのを想像していただければわかりやすいでしょう。糸電話で家の1階と2階を結び、1階から「もしもし」と小さな声で話しても、音は2階までちゃんと届きます。これは音が引っ張られた糸という固体を通して、伝わったからです。


(イラスト:長縄キヌエ)

マンションで固体音といえば床にものを落としたり、床をたたいたりしたときのコンコンという音や、人がドスンと床に飛び下りたり、ドスドス走ったときの下階の住戸に聞こえる音、ドアやふすまを勢いよく閉めたときのバタンという音(これを「戸当たり音」といいます)などが該当します。

また風呂場で水を流したときの音やトイレの給排水音、エレベーターの音なども配管や壁を通して振動が伝わった音で固体音となります。

空気音と固体音では伝わり方が異なる

このように空気音と固体音は音の伝わり方が違うのです。空気音の場合は、音が空気を振動させて全方位に球体状に伝わっていきます。この場合、音源から遠ざかれば遠ざかるほど、音は小さくなります。また音が伝わる途中に空気の振動をさえぎるようなもの(たとえば壁や天井など)があれば音が小さくなります。

やっかいなのは固体音のほうです。マンションにおける音のクレームでも、深刻なものは多くがこの固体音です。固体音は床や天井、壁などの固体を通して伝わります。

マンションの場合、天井や床、壁は建物の躯体(躯体というのはマンションの主要な骨組みのことです。柱や梁(はり)床や壁がこれに該当します)としてすべてつながっているので、ある1カ所で発生した音でも、躯体を通して遠くまで伝わっていきます。

空気音と違って、音源から遠く離れたからといって、空気音ほど音が小さくなるわけではありません。空気中に比べて、固体のほうが音の減り方が小さいからです。そのため、固体音は、音源の場所が予測しにくく、予想外のところに伝わるという特徴があるのです。

空気音と固体音では、音の伝わり方が違いますので、伝わり方に応じた対策が必要になります。

まず空気音ですが、音は空気の振動によって伝わります。この振動をさえぎることができれば、到達音は小さくなります。たとえばステレオが大音量で鳴っていても、ふすまを閉めれば、音は少し小さく聞こえます。またステレオにふとんをかぶせてしまうと、空気の振動はさえぎられ、音は少ししか聞こえません。

つまり空気音を防ぐには、音源の周囲の壁や床、天井、ドアに遮音材や吸音材を併用することで、音の伝わり方を小さくおさえられるというわけです。

一方、固体音のほうは、ものがぶつかったときの衝撃の力によって、ぶつかった面が振動し、その振動が床や壁、天井といった躯体を伝わって、ほかの住戸に拡散していきます。ですからまずは衝撃の力を躯体に伝えない「防振」などの工夫が必要になります。

しかしこれは建物の構造とかかわりますので、すでにできあがってしまった建物で構造をいじるのは難しいといえるでしょう。

躯体に振動を伝えないという意味では、カーペットを敷くなど、衝撃を吸収できる床材にするといった工夫も原理は同じです。多少は音を軽減できるでしょう。

それでも椅子から飛び下りる「ドン」という鈍い大きい衝撃音などは、力が大きく低音ということから床をカーペット敷きにしたところで、他住戸に響くのはほとんど変わりません。固体音へのクレームがなかなかなくならないのは、こうした固体音特有の特徴と伝わり方にも原因があります。


(イラスト:長縄キヌエ)

空間の形も影響することを覚えておく

また、音の特徴として空間の形も影響します。音は空間が大きければ、反響して音が響きます。これは反射音の効果といえます。教会の聖堂やコンサートホールで音が響くのは、表面が反射性の高い材料で仕上げられ、空間が大きいために音がいろいろな方向から長い時間にわたって反射するようにつくられているからです。

少し難しい話をすると、音が伝わる速さは、毎秒340メートルで一定しています。音は壁があると、ぶつかって反射しながら、だんだん小さくなっていきます。ですから、空間が大きくなればなるほど、音が壁にぶつかって反射し、その音がまた別の壁に反射するのに時間がかかり、音が消えるのが遅くなります。

この特徴が、コンサートホール等の大空間で響きが残る、すなわち、音が小さくなっていくのに時間がかかる原因となるわけです。

さらに、音が反射する壁を、吸音しにくいものにすれば、反射によって音は小さくなりにくいので、より長く響きが残ることになります。この響きの残る時間のことを、専門用語では「残響時間」と表現しています。

そのため長く音の響きを残したい場所、すなわち教会の聖堂などでは、床面や壁面にはわざと音が反射しやすい(吸音しにくい)材料を使っています。

音に包まれるように感じるのは、空間に伝わった音がいろいろな方向から何度も反射し、時間差をともなって伝わることが大きな理由の1つとなっているのです。

反対に録音スタジオのようなところは、よけいな音が反射するとノイズになってしまうので、空間は比較的狭くつくられ、床や天井、壁も音を吸収する吸音材が使用されています。極力、音の反射をなくし、響きが残らないように配慮されているのです。

要約すると、空間が広くなるほど音の響きは残り、吸音性の高い材料が使われるほど、音の響きは残らないということを知っておいていただきたいと思います。

洋室は音が響きやすく、和室は響きにくい?

これをマンションの部屋にあてはめてみましょう。マンションの部屋にもそれぞれ空間の特徴があります。リビングなど洋室は大きめにつくられていて、床はフローリング、壁は石膏ボードや合板にビニールクロスが貼られているのがふつうです。


これらの材料は、一般に音を反射しやすい特徴があります。つまりマンションの洋室は大げさにいえば教会やコンサートホールのように音が響きやすい音の特徴を持つ空間といえます。

では和室の場合はどうでしょうか? 一般的に和室は洋室より狭く、床は畳です。また天井も天井板を細い木材が支える竿縁天井になっていたり、壁面にも障子やふすまがあったり、壁紙も珪藻土(けいそうど)風やしっくい風などが使われることがあります。

こうした内装は吸音性が比較的高いため、空間としても音の響きは洋室に比べるとおさえられがちです。とくに稲わらでつくられた昔ながらの畳はひじょうに吸音性が高い床材といえます。

つまり和室の場合、屋外や隣戸から壁を通して伝わってきた音は、洋室に比べると比較的早く小さくなる、すなわち残響時間は短めになる空間といえます。

今はリフォームするときに、わざわざ和室をつぶして洋室に替えてしまう人が多いのですが、音のことを考えると、和室を残しておくのも手かなと思います。もっともその差はごくわずかですので、「強いていえば」というレベルだと覚えておくとよいかもしれません。