大学の偏差値と授業レベルは比例する?

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 いよいよ、大学入試シーズンが本格的に始まります。受験生は志望大学や学部を決めて出願するのですが、ネットの掲示板などには毎年必ず、「偏差値とその大学の授業レベルは比例する」と、入試での偏差値とその大学の授業レベルを同一視する受験生の書き込みが見られます。

 高校までであれば、例えば、偏差値の高い進学校とそれ以外の学校では、前者の方が難易度の高い教材を使うなどして応用まで学ぶことから、偏差値と授業レベルには相関関係が見られると思います。しかし、大学で専門分野を教える教授や准教授が、偏差値によって教えるレベルを変えるといった器用なことをするのは難しいのではないでしょうか。

 大学の偏差値と授業レベルは比例するのでしょうか。都内で学習塾2校を運営する「Musashi Education」(東京都北区)社長の井上光さんに聞きました。

偏差値が低い大学は「連動」

Q.大学の偏差値と授業レベルは比例するのでしょうか。あるいは、あまり関係ないのでしょうか。

井上さん「大学の偏差値と授業のレベルは、偏差値が低い大学では『連動』、偏差値が高い大学では『連動せず』です。例えば、理系の中で偏差値が低い大学では、工学系の学部にもかかわらず、入試科目に『物理』を課さない大学も珍しくありません。そのため、大学の教員は高校の内容、場合によっては中学校の内容から知識を教えるため、大学レベルの専門分野を教える時間が少なくなります。

一方、偏差値が高い大学では、そこまで学生の学力を気にせずに、教員が『自分の話したいことを話す』傾向が強くなります。授業のレベルは教員の専門性が高いか低いかに左右されるので、授業ごとに難易度はバラバラで、質が乱高下する傾向があります。

例えば、政治思想系の授業では近現代政治思想史を扱いますが、15世紀以降の世界史を知っていることが前提となります。入学試験で日本史を選択した学生には難しい内容かもしれませんが、それでも、大学の教員は、予備知識を学生が持っているものとして授業を進めるのです。そして、その授業のレベルや質は教員の専門性の高さによって異なります」

Q.大学の教授や准教授が所属する大学の偏差値によって、授業で教えるレベルを変えることはあるのでしょうか。ないのでしょうか。

井上さん「偏差値の低い大学の授業や高偏差値の大学でも少人数のゼミであれば、あり得ると思います。偏差値の低い大学は最初から、学生が大学の授業レベルについていけない可能性があることを認識しているので、大学のコンセプトとして『一から教える』とうたっていることが多いです。当然、教授や准教授など学生を指導する教員はそのコンセプトに沿って授業を展開するので、かなり初歩的な内容から授業を始めることが多くなります。

一方、偏差値の高い大学は大学がそのようなコンセプトを掲げていないので、授業内容についてはある程度フリーハンドで展開することができます。つまり、教員が必要であると思ったことを教えるということになります。そのため、授業の内容が高校のときに学習した内容とあまり変わらないと感じる学生もいれば、何のことか理解できないという学生もいます。

例えば、国際政治学の授業は高校の『世界史』『政治経済』などの科目と親和性が高いので、これらの科目を入試科目で選択した学生は大してレベルが高いとは感じませんが、『日本史』を選択した学生だと、少し厳しいと聞きます。ただし、少人数制のゼミ形式の授業だと、学生のレベルを教授・准教授の先生が肌感覚で感じられるので、受講生に合わせて授業内容を変えることは大いにあり得ます」

受験生が気にする「周りの環境」

Q.なぜ、偏差値で大学の授業のレベルまで決めつけてしまう受験生がいるのでしょうか。

井上さん「話は単純で、それまでの人生で、そのような尺度でしか学校を選んでこなかったからです。高校までの受験では、高校の偏差値と高校の授業レベルがほぼ比例しており、『大学も同じではないだろうか』と考えてしまうのです。

しかし、それ以上に受験生が気にするのは『周りの環境』だと思います。実際に進学指導していても、偏差値の低い大学に通うことについて、『周りの環境』を理由に渋る受験生が多いです。授業を真面目に聞かない、やる気がない、会話の質が合わない…といった環境を想像して、偏差値の低い大学を避ける生徒が多くいます。『そのような環境だと、教員もやる気がないのでは?』と思い、『授業レベルが低い』と決めつけてしまうのかもしれません」

Q.偏差値で授業レベルを決めつけてしまう受験生がいるのは、受験生の志望校選びの情報収集に問題があるのでしょうか。あるいは、大学側の情報発信に問題があるのでしょうか。

井上さん「双方に問題があると思いますが、大学の本来の使命を忘れた姿勢に最大の問題がある気がします。昨今の大学には、受験生や企業の顔色をうかがい、『就職に有利』という触れ込みで学生を集める大学が多いです。これは学生集めに必死になるしかない偏差値が低い大学だと、より鮮明になります。低い偏差値帯にいる受験生からすれば、そのような大学は非常に魅力的に映ることでしょう。

しかし、偏差値の高い受験生は自分の興味関心に従って志望校を決める傾向が強いので、そのような大学は選ばれません。そうすると自然に、学問の追究を目指すことを発信している、学びそのものの面白さを発信している大学と、そうでない実学重視、言い換えれば、授業レベルとしては奥行きのない授業を行う大学とでは、集まる学生の質において開きが拡大していきます。その結果、受験生の中で『偏差値の低い大学は授業の質が低い』という考えが広まっていったとも考えられます」

Q.偏差値に左右されず、自分の学びたいことができる大学や学部を選ぶためには、どのようにすればよいのでしょうか。

井上さん「まずは早期に確かな学力を身に付け、自分の学力にある程度の確かな自信を持てるようにすることです。偏差値が高い受験生や入試に成功する受験生は『自分のやりたいこと』が分かっている人が多いです。漠然とした興味でも『こういうことを勉強してみたい』という考えを強く持っています。彼らに共通しているのは、学力に自信があり、受験に落ち着いて臨めるということです。

ある程度の余裕があるので、自分が今取り組んでいる勉強の中から、自分の興味関心がどこにあるのかを探る余裕が生まれます。そして、その好奇心を満たすためにどこに行けばいいのかを自分で探し出してくることができます。これは実際に進路指導をしていて非常に強く感じます。学力がある程度高い受験生は進学面談で希望を尋ねると、自分で調べてリストアップした学校をよどみなく言ってくれます。

それに対して、自分の学力に自信のない受験生は『何となく大学へ』『どこでもいいから大学へ』というマインドになりがちになり、自分で調べる余裕がなく、『どこでもいいから入れる大学を探してくれ』となります。とにかく、点数を取ることだけに関心が向かいますので、今自分が学んでいることを深く考える余裕がありません。従って、やりたいことを深く考えるきっかけが得にくくなります。結果として、『自分がやりたいことはどこの大学で実現できるのか』を調べる余裕も生まれないのです。

『学力が大切なことぐらい、言われなくても分かっている』という声が聞こえてきそうですが、結局は、早期に確かな学力を身に付けることこそが『自分の学びたいことができる大学・学部を選ぶ』ための王道なのです」