【今宵のデート相手】
将司(32):外資系証券会社勤務・初デート

眉間に皺を寄せ、血眼になって婚活している女性たちは、本当に視野が狭い。

類稀なる美貌も才能もないくせに平々凡々な自分を棚に上げ、些細なことに目くじらを立て、男を減点方式でジャッジして切り捨てる。一体、何様のつもりなのだろう。

“木を見て森を見ず”な愚かなお一人様女性が多いせいで、この世はブルーオーシャン。おかげさまで良い男は大量に余っている。

「一日が24時間以上あれば良いのに…、私が何人もいれば良いのに…」と嬉しい悲鳴をあげつつ、凛子は粒揃いの男たちとのデートを順調に捌き続けていた。

今宵は、前回の食事会で出会った独身貴族に紹介してもらった将司と初デート。彼もまた外資系証券会社に勤めるエリートで少々クセモノ感漂う独身貴族。

真っ白なコートに身を包み、港区に舞い降りた凛子は、今日も不敵な笑みを浮かべている。エリート然とした男を隣に従え、艶やかな黒髪をなびかせ、9cmヒールを鳴らしながら歩く慶応仲通り。

「ここ、三田キャン時代から良く来てるんだよね〜。まじウマくてさ」

着いた場所は、昭和風情たっぷりな「ホルモン屋」。木製の引き戸の上に吊り下げられた藍染の暖簾の間から、香ばしい匂いが溢れ、裸電球が白い煙を照らしている。

将司はニヒルな笑みを浮かべながら、凛子の顔色を伺った。


デートで“あえて”煙もくもく系ホルモンに連れられた反応は…?クセモノ男さえも手玉に取る、凛子の戦略をご覧あれ


テーブルの上にはレンガが2枚置かれ、その上に七輪が鎮座している。

ペラ紙をラミネートしたメニューに目をやると、生キャベツ190円、生ビール390円と驚愕の値段が目に飛び込む。お肉もどれも1,000円以下だ。

事前に好き嫌いやアレルギーの有無を聞かれ、「お肉が好き」と伝えていたものの、初っ端から王道を外しにいった大胆なチョイスに、凛子は舌舐めずりをした。

-この男、狙い目だわ…

無知で皮相な女であれば顔をしかめかねない状況だが、凛子は天使のような笑顔を浮かべ、目を輝かせた。演技ではない、本気だ。

「ここ、一度来てみたかったんです。こういう感じのお店って女性同士で行く機会がないので嬉しいです」

ピッカピカの外資系証券会社で凌ぎを削るトップティア男性が、25歳の平凡なOLと、老舗ホルモン屋で初デートをしているこの状況に勝機を感じ、凛子は思わず武者震いをした。

凛子の頭の中には3つの仮説が浮かんでいる。

仮説1:「女が行ったことがないお店」に連れて行きたがる
→プライドが高く舌やセンスに自信を持っている食通なので、独特のセンスをピンポイントで褒めればイチコロ

仮説2:初デートでいきなり「ホルモン」という勝負をかける
→アリかナシかさっさと判断しようとしているので、適当に遊ぶ女の子ではなく本命の女の子を探している可能性が高く狙い目

仮説3:王道から外れたデートをすることで女の反応を見て楽しんでいる
→顔だけの女とのキラキラデートに飽きている場合、性格や中身を重要視しているので凛子のような女にもチャンスがある

店員が肉を焼いてくれる異様にムーディーな高級焼肉店に連れていくような尻が青い男より、余程結婚向きで仕留め甲斐があると凛子は思うのだ。

唯一の懸念点は匂いだが、クリーニングに出せば済む話。クリーニング代なんてコート2,000円、ワンピース1,000円。たった3,000円の支出でこのレベルの男を釣れるなら安すぎる。




「お、この店知ってるなんて、お目が高いね」

凛子の100点満点の反応を受け、将司は満足気な表情を浮かべた。

「高級店も良いけどさ〜、最近どこ行っても、味なんてわかってないんだろうなーって感じの得体の知れない成金や愛人兼業インスタグラマーみたいな奴がのさばってて嫌なんだよね」

-良い、とても良い…

“わかりやすい記号”に囚われている人間は、インスタ映えするような予約困難な高級店を選びたがる。そういう男は女を選ぶ際も、圧倒的な美人且つわかりやすいトロフィーワイフを選りすぐる。

しかし彼はもう、高級!人気!予約困難!などといった“わかりやすい記号”には靡かない高尚なフェーズにいらっしゃるのだ。そしてそのような”わかりやすい記号”に靡くような女にもほとほと疲弊し、女の本性を見極めるためにこのようなデートをするに至ったのだろう。

「一品一品パシャパシャ写真撮っていちいちストーリーズにあげちゃうような女、大っ嫌いなんだよね〜」

ほとばしる嫌悪感。

見える、見えるぞ…、スマホを弄り続けるインスタグラマー、タクシー代をせびる港区女子、計算高い女子アナ、お高くとまったモデル、拗らせた女優、彼が切り捨ててきた美女たちの亡霊が背後に見える…。


焼肉屋は恋に効く!?クセモノを手玉に取った凛子のストラテジックな言動とは


「はぁ〜美味しい」

間近に七輪を置いての炭火料理は、焼き上がるまでの間に、視覚、聴覚、臭覚が刺激され続け、脳内でドーパミンなどの快楽物質がドバドバ放出されるらしい。言わずもがな、この快楽物質は恋に落ちる瞬間に出るものでもある。

「凛子ちゃんって本当に良い笑顔するよね。見ていて癒される」

プニプニのシロコロ、コリコリのナンコツ、トロトロのホルモン、一品一品に恍惚とした表情を浮かべ、お皿から溢れんばかりのカルビを見て、弾けるような笑顔ではしゃぐ凛子。

そんな純真無垢な一挙一動が、冷めきった将司の心にジンワリと火をつける。

「そういえば将司さん、時計しないんですね。ブランド物に飽き飽きしてそうなオーラが出てる」

「え、よくわかったね!新卒でパテックを買って時計沼には一時期はまったけど、もうとっくに飽きたよ。私服もユニクロばかりだし」

-ビンゴ!

いくら年収が高くても、時計やら車やら“わかりやすい記号”にお金をかけ、消費し続ける男は結婚向きでない。

「将司さんならユニクロを着ていてもお高く見えそう。でもスーツはさすがですね。一目でわかります」

「え、わかる?スーツと靴だけはこだわってるんだよね〜」

将司の表情は穏やかにほぐれ、満更でもない顔をしている。

「将司さんってセンス良いから、クリスマスにわざわざフレンチに行くような野暮なことはしなそうですよね」

「凛子ちゃん、俺のことよくわかってるね」

「でも、将司さんがクリスマスにどんなお店をチョイスするのかは全然想像できない。きっと粋なんだろうなぁ〜」

「ははは、俺と粋なクリスマスデートしてみる…?」

赤外線でじっくりと火を通す炭火のように、二人の会話も次第に熱を帯びてゆく…。火照った凛子は、長い髪の毛をアップにまとめ上げ、おもむろにうなじを見せた。

普段見えない場所というのは生物学的に言えば急所であり、隠されていたものが見えてしまうと人は本能的にドキっとしてしまうらしい。儚げな細い首筋を見ると、男の保護本能が刺激され、揺れ動くポニーテールを見ると狩猟本能が刺激されるとか。




「ごちそうさまでした!とっても美味しかった」

店を出た後、慶応仲通りを歩く二人の距離はぐっと縮んでいた。

「ねぇねぇ、匂い嗅いでみて〜。美味しそうな匂いがするでしょ?」

そそのかされた将司は凛子の真っ白なコートに顔を近付け、二人の距離は更に縮まる。

「本当だ、美味しそう!…ていうかごめんね、匂いついちゃったよね」

洋服に染み込んだ香ばしい匂いを咎めることなく笑顔ではしゃぐ凛子に、将司は慌てて財布を開いて一万円札を差し出してきた。

「本当ごめんね。これ、クリーニング代」

しかし、凛子は頑なに受け取らない。

目先の利益より、ずっと先を見つめているのだから。わらしべ長者の如く、この香ばしいコートがもっと大きな利益をもたらしてくれることを期待して、凛子は再び不敵な笑みを浮かべた。

【本日のストラテジー】
・男の店選びに注目せよ。その男の狙いが如実に現れる。
・男の腕時計に注目せよ。その男の価値観が如実に現れる。
・“木を見て森を見ず”な安直な減点方式を改め、男の深層心理を見極めよ。
・結婚したいのであれば目先の利益にとらわれずに先を見据えるべし。

▶前回:男は知らない「酔っちゃった♡」の真意。酔ったフリをして男を試す女の恐ろしい本音

▶NEXT:12月24日 木曜更新予定
「クリスマスデートをストラテジックにハシゴする女」