ダンディ坂野の変えない美学 人生は「ゲッツ!」とともに

韓流ファンに人気の東京・新大久保。ひときわ賑わいを見せているのが、グッズショップやファストフード店などが集まる「イケメン通り」。この通りにダンディ坂野お気に入りの韓国料理店「カントンの思い出 新大久保店」がある。
「最初にお邪魔したのは、10年くらい前です。奥さんと韓流スターのコンサートを観た帰りにブラブラ歩いていたら、店内に、某韓国ドラマに出てくるドラム缶テーブルが見えたんです。『いい雰囲気だね』と盛り上がり、寄らせてもらいました。
今日オーダーしたチゲは、具がいっぱいで、ラーメンも入っているんです。美味しくて温まりますよ。皆さんも、熱々のうちに食べましょう。ゲッツ!」
以来、坂野夫妻は新大久保に来ると、この店で韓国料理に舌鼓を打つという。
「韓流ファンになった、きっかけですか? 奥さんの影響です。奥さんが韓流ドラマのファンで、僕も触発されて歴史もののドラマを観るようになりました。
初めて観たのは『宮廷女官チャングムの誓い』。史実とは違う部分もあるようですが、ドラマチックな展開で、作り込みもしっかりしていてハマりました。だけど韓国ドラマは大作が多いから、観るのに時間がかかって大変です」
坂野にとって「韓国」「韓国料理」は、ブレイク前から支えてくれた妻との“絆”を深めるキーワードなのだ。
「トシちゃん(田原俊彦)のようなアイドルになりたい」と壮大な夢を抱いていた坂野だが、25歳のときに受けたのは大手プロダクション・人力舎が主催したお笑い芸人発掘オーディションだった。
「年齢的にアイドルになるのは難しかったのと、テレビ番組でウッチャンナンチャンさんやとんねるずさんが、アイドルと共演しているのを見て『お笑い芸人、カッコいいな』と思って受けました。
しかしオーディションといってもフタを開けてみたら33人受けて32人が合格。落ちた1人は、素行不良だったと聞いています(笑)。合格者には『東京03』の飯塚(悟志)もいました。養成所でコンビも組みましたが、成績はイマイチ。卒業後も人力舎さんや、ほかのプロダクションに所属できませんでした。
『芸人になるのはあきらめようかな』と思い、養成所の講師だったブッチャーブラザーズさんに相談したんです。人間、当てがないときは、当てがありそうなところに行くもんです。
ぶっちゃあさんは、『決めたなら張り切ってやりなさい。自信がないと、自信のなさが出てしまいます。おもしろくなくても“さあ、私の芸はどうですか”とやるんです。お金をもらって芸をするんですから』と声高らかに言って、私を付き人にしてくれました」
その後、ぶっちゃあが所属するサンミュージックプロダクションに、お笑い部門が誕生。坂野も所属することになり、徐々にテレビ出演が増えていった。そして、坂野の名前を全国区にした「マツモトキヨシ」のCM出演が決定。
「後輩に『さくらんぼブービー』というコンビがいたんですが、彼らがマツモトキヨシさんのポイントカードのCMに出演していたんです。
次のキャスティングをするとき、ライブで私を見たことがあるスタッフさんが、『ダンディで、いいんじゃないですか』と推薦してくださったそうです。だから、あのCMは後輩のおかげ。僕は、どこまでも他力本願なんです(笑)」
坂野の持ちネタ、「ゲッツ!」の認知度も急上昇した。
「CMで『ゲッツ!』をやったら子供の食いつきがよくて、そこからお父さんやお母さんたちに知っていただけました。今でも『あ、ゲッツの人だ』って言われるのは嬉しいですね」

「ゲッツ!」をやり始めたころの坂野
坂野の代名詞となった「ゲッツ!」。それは偶然の産物だったという。
「最初は、舞台で『ライドオン・ゲット!』と言っていたんです。ところが舞台袖にいた芸人たちは、『ゲッツ!』と聞こえる。と言うんです。僕の滑舌が悪かったんですね。
それなら……と、『ゲッツ!』と言ったんですが、スベりまくりで、お客さんの反応はなし。でも、芸人たちは大爆笑。この世界、芸人にウケると売れるといわれているので、『ゲッツ!』にすることにしました」
その後の超多忙ぶりは知られるところだが、世に言う「一発屋」の多くがたどる道を、坂野も経験する。
「鬱になるほど忙しかったのに、だんだんスケジュール帳に余白が目立ち始めました。不安ですか? どうなんだろう。あったのかなあ。だけど、暇なら暇の流れに逆らわないようにしていました。もがいたり、暴れたりしたら、もっと沈むと思ったんです。だから、芸風は変えませんでした。
ほかの芸を試してみようかと悩んだときもありましたが、僕は長年かけて『ゲッツ!』を培ってきて、それで拍手をいただいています。新しい芸を始めても、認めていただくには『ゲッツ!』と同じ年月をかけなければならないことに気づき、それは不器用な僕には無理だと悟りました。
それに『ゲッツ!』の芸を変えたら僕はどこにも呼ばれないと思います(苦笑)。『変えない美学』とでもいうんでしょうか。これから出てくる一発屋の皆さんの見本になりたいですね。アハハ」
芸風を変えない坂野は、同様に体型も、デビュー当時と変わらない。
「この黄色いスーツのサイズは、マツモトキヨシさんのCM出演時から変わっていません。体型維持には気を遣っています。毎日、腕立て伏せはゆっくり20回、腹筋は早く50回。上半身が引き締まっていると、『ゲッツ!』をしたときの見栄えがよくなります。その逆の意味で下半身は鍛えません(苦笑)。
それと以前、髪が薄くなってしまい、『ゲッツが髪の毛抜けてハゲッツ!』と言ったら、アデランスさんのCMに起用していただけました。そのときに頭皮ケアを教えていただいたので、それを今も、しっかり実践しています」
坂野は、再び「(『ゲッツ!』を始めた)37歳から16年間なんとかやってくることができたので、この流れは変えないほうがいいと思うし変えるのは怖い」と自分に言い聞かせるように、苦笑する。あえて、未来図を聞いた。
「芸能界は、サラリーマンの方と違って『定年』がありません。『定年後は好きなことをやるぞ』みたいな区切りが欲しいのかもしれませんが、『はい、これまでよ』と忽然と姿を消したいんです。
とはいっても、矛盾していますけど、時々『今日、舞台に上がる芸人が足りないから「ゲッツ!」をやってください』みたいに声がかかって出演するのが理想です(笑)。
好きで始めたことが仕事として成立しているのは本当に幸せなこと。それが『ゲッツ!』のおかげならずっと『ゲッツ!』を大事にすることにも意味があるのかなと思います」
海鮮チヂミを頬張りながら、笑う坂野。「他力本願ですから」と言うが、じつは努力の人なのである。
だんでぃさかの
1967年1月6日生まれ 石川県出身 2020年は東京メトロの「オフピークプロジェクト」のキャラクターに起用された。憧れの田原俊彦のレコード、CDはシングル、アルバムを合わせて50枚所有する。「ダンディ坂野 だんさかch ダンミュージック音楽出版」にて動画を配信中
【SHOP DATA/カントンの思い出 新大久保店】
・住所/東京都新宿区大久保1-17-1 ピュアーズ2ビル1階
・営業時間/11:00〜23:00
・休み/年中無休
写真・伊東武志
(週刊FLASH 2020年12月8日号)
