提携を発表した静岡銀行と山梨中央銀行(撮影:二階堂遼馬(左)、尾形文繁(右))

菅政権が進める大手地銀の再編が動き始めた。静岡銀行と山梨中央銀行は10月28日、業務提携することで合意した。両行は相互に出資する資本提携も結ぶ予定で、県をまたぐ広域連合が誕生することになる。

両行は2019年に地方創生を目的に連携協定を結んでおり、今回は将来的なシステムの共同化なども視野に入れた包括提携に踏み込む。圧倒的なシェアを誇る静岡、山梨両県の営業基盤をベースに、手を携えて収益性の高い東京都などの巨大経済圏に打って出るのが狙いだ。

菅義偉首相は9月の総裁選の過程で、「地方の銀行について、将来的には数が多すぎるのではないか」と語っており、「再編も一つの選択肢になる」と踏み込んだ発言をしている。この発言を受けるように、政権発足直後に青森銀行とみちのく銀行という同じ青森県内の地銀同士の統合話も浮上した。

最大のネックは地元自治体との関係

地域ナンバーワン銀行同士の提携が、すぐさま統合・合併に進むとは考えづらい。実際、静岡、山梨中央の両行は「今の時点で(統合・合併は)まったく想定していない」と述べている。青森、みちのくの両行も2019年に包括提携を結んでいるが、一部報道に対して統合・合併は否定している。

首都圏でいえば、2019年に業務提携した地銀トップの横浜銀行と千葉銀行も統合・合併までは進んでいない。

県のトップ地銀が、他県のトップ地銀と統合・合併することは簡単ではない。最大のネックは地元自治体との関係にある。

「公金取引への影響のほか、合併で登記上の本店が他県に移り、地元に法人税が落ちなくなる可能性があるためだ。やるとしても肥後銀行と鹿児島銀行のように持株会社方式により、傘下に銀行を併存させる統合しかない」(大手地銀幹部)

それでも菅政権の主要テーマの1つに地銀再編があることに間違いはない。自民党では地域金融機関の経営強化策を検討する小委員会(片山さつき委員長)の初会合が10月29日に開かれ、地銀の収益力強化について議論を開始した。

そこで講演したのが、SBIホールディングスの北尾吉孝社長。菅首相のブレーンの一人で、地銀再編のキーパーソンといわれる北尾氏が招聘されたのは意味深長だ。

地銀再編がテーマになる背景には、厳しい収益環境がある。上場する地銀78行・グループの2020年4〜6月決算は、連結最終損益が全体の6割にあたる48行で前年同期に比べて減益または赤字になっている。超低金利が継続し預貸業務で収益を出しにくい環境が続いているためで、さらに新型コロナウイルス感染拡大に伴い、与信費用もじわじわと上昇に転じつつある。

全国地方銀行協会の大矢恭好会長(横浜銀行頭取)は9月16日の記者会見で次のように述べた。

「コロナで情勢は変わったと思うが、企業サイドも資金余剰になってきており、あまり日本の中での資金需要が見込めなくなってきているというのが、ここ何十年かの趨勢ではないか」

「横浜銀行の場合は7割くらいが資金利益で稼いでいて、フィービジネスの割合はまだまだ低い。マーケット金利がどんどん低下し、ストックの貸し出し利回りも高いものからどんどん入れ替わっていく」

依然として地銀の収益の大宗は伝統的な預貸業務に依存している構図は変わらず、このままのビジネスモデルで経営を持続することは容易ではないということであろう。

その処方箋としては、「再編が解決策ということもあると思うが、再編だけがソリューションの手段ではないとも思っている。組む相手も銀行同士ではないかもしれない」(大矢会長)と言う。

苦境にあえぐ地銀が目下期待を寄せるのは、抜本的な規制緩和による「他業禁止」の解除だ。

銀行の業務範囲はがんじがらめ

「楽天は銀行をやれるが、銀行は楽天を経営できない」

銀行の業務規制で必ず問題となるフレーズだ。銀行グループが営むことができる業務は銀行法などで制限され、業務範囲はがんじがらめになっている。その理由は他業リスクの排除、利益相反取引の防止、優越的地位の濫用の防止などだ。

だが、もはや銀行による産業支配は過去のものとなりつつあり、規制の抜本的な改正が望まれている。金融庁も金融審議会の「銀行制度ワーキング・グループ」で議論を重ねており、11月前半までに各論がまとまる見通しになっている。

そうした業務範囲規制の緩和で、地銀が本丸と位置付けているのが「不動産賃貸業務の緩和」だ。

銀行は地方都市など駅前の一等地に店舗を構える「土地持ち」「ビル持ち」であることはよく知られている。しかし、その不動産を賃貸に回すには長年厳しい要件が課され、事実上できなかった。

そこで金融庁は、2017年9月に発出した「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」の改正において、「公共的な役割を有する主体からの要請」であれば柔軟な対応が可能となるよう規制緩和を行った。空き家対策や中心街の空洞化に悩む地方自治体が地方創生で地元地域金融機関に要請するニーズがあるというのが理由だ。

銀行制度ワーキング・グループの議論を経て、規制緩和がさらに進み、公共的な役割を有する主体からの要請がなくても賃貸できるようになれば、地銀は収益拡大を図れる。

さらに地銀は不動産仲介業務の解禁にも期待をかける。「不動産の仲介業務が認可されれば、融資との高い相乗効果が発揮でき、地元融資も伸びる。地方創生にも一役買える」(地銀幹部)という。

普通銀行は不動産業務を手掛けることができない。2002年の『金融機関の信託業務の兼営等に関する法律』の改正によって、普通銀行本体における信託業務が認められたが、その際も信託兼営金融機関が営める業務から不動産仲介業務を含む不動産関連業務は除かれた。銀行界では信託銀行が唯一、兼営法上の併営業務として認可されている。

「(信託業務を行う地銀と信託銀行は)同じ信託兼営金融機関であるにもかかわらず、一部の銀行のみ不動産関連業務の取り扱いが認められていることは不合理である」。地銀は2019年度規制緩和要望でそう指摘している。

だが、不動産仲介の実現は難しいだろう。背景には「不動産関連業務には多数の専業者がおり、主務官庁である国土交通省との調整が不可欠で、無理押しすれば政治問題化しかねない」(大手信託銀行幹部)という事情がある。平たく言えば、全国の地銀がこぞって仲介業務に進出すれば、既存業者の倒産リスクが高まるというわけだ。

その急先鋒が全国の宅地建物取引業者で、金融界では「菅首相誕生で、地銀の不動産仲介業務参入は絶望的となった」(メガバンク幹部)とささやかれている。

菅首相と昵懇とされる全宅連会長

それというのも、全国宅地建物取引業協会連合会(全宅連)の会長に、菅首相と昵懇の関係と言われる神奈川県宅地建物取引業協会の坂本久会長が就いているためだ。

坂本会長は、菅首相誕生直後に総理官邸を表敬訪問し、土地の固定資産税にかかる課税標準の据え置きや不動産取引の電子化推進などを要望している。「坂本氏は神奈川県宅建業のドンで、菅氏を支えたキーマンのひとり」(同)とされる。菅政権下で地銀の要望が日の目をみることはないだろう。

金融庁の氷見野良三長官は7月に就任して以降、早朝30分間を利用して地銀のトップとウェブ会議を開いている。地域の実情や銀行の経営状況について対話しており、「環境は厳しいが、地銀には大きな可能性があると考えている」(氷見野長官)とエールを送る。

地銀の経営環境は、それぞれの地盤や歴史によりまさに多様だ。処方箋も多様であり、氷見野氏は「再編なしに地域課題を解決して経営を強化する道もある」とする一方、「再編は有力な選択肢だ」とも述べている。

11月27日には、地銀の再編を後押しし経営基盤の強化を促すために、地方銀行同士の統合・合併を独占禁止法の適用除外とする特例法が施行される。適用期間は10年間となる。

特例法には、統合・合併で市場占有率が高まった地銀が不当に貸出金利を上げないよう監視し、利用者保護を徹底する規定も盛り込まれた。借り手の不利益が大きいと判断された場合は、金融庁が業務改善命令などで是正する。

こうした点を踏まえ、金融庁が統合・合併を目指す地銀の事業計画を審査し、収益力や金融サービスの維持につながることを条件に、公正取引委員会と協議して認可する。

地銀再編の舞台は整いつつあるが、再編の決断をする主役はあくまでも地銀だ。行政が演出しても、舞台が成功するかしないか、顧客に大喝采を浴びるかいなかは、ひとえに地銀の立ち居振る舞いにかかっている。