2階建てグリーン車は首都圏のJR各線に広がり、今では当たり前になった(写真:tarousite/PIXTA)

通勤ラッシュをどうなくしていくか。これは都市交通の長年の課題である。小池百合子・東京都知事は、4年前に「満員電車ゼロ」を公約の一つに掲げて当選した。そして、その手段として「2階建ての通勤電車導入」という考えを示していた。しかしその後、2階建ての通勤電車が続々と造られた、ということはない。

現在、首都圏で2階建ての電車といえば、山手線や京浜東北線といった短距離の通勤電車ではなく、上野東京ラインや湘南新宿ライン、横須賀線・総武線快速、常磐線などで見られるグリーン車だ。普通車とは異なりリクライニングシートが設けられ、列車によってはアテンダントのサービスもある。

普通列車の2階建てグリーン車は今から約30年前に登場した。それまで2階建て車といえば新幹線など一部でしか見られなかったが、現在では首都圏の各線に広まっている。一方、在来線普通列車の普通車では、2階建て車両は普及していない。

2階建てグリーン車の登場は30年前

普通列車グリーン車の2階建て車両は、JR東日本が1989年に東海道本線に投入した車両が始まりだ。当時、同線の主力車両だったステンレス車体の211系に組み込まれたサロ212形・サロ213形である。緑とオレンジの塗り分けの113系にも同型の車両が連結され、こちらは緑とオレンジの車両に挟まれた銀色の2階建て車として目を引いた。

それまで日本国内では、2階建て車両といえばJR在来線よりも線路幅の広い標準軌(1435mm)の新幹線と近畿日本鉄道(近鉄)にしか存在せず、この際に登場した2階建てグリーン車が、狭軌(1067mm)では日本初の2階建て車両だった。1990年には横須賀線・総武本線にも2階建てグリーン車が導入された。

なぜグリーン車を2階建てにしたのか。理由は定員を増やし、多くの人が座れるようにしようとしたためだ。

211系のグリーン車で比較すると、平屋の車両は座席が64席だったのに対し、2階建て車は90席。グリーン車は編成に2両連結しているので2階建てだと180席になり、平屋の場合より50席以上も座席数が増えるのだ。平屋の車両3両分に近い座席数を2両で確保できることになる。

当時はピークを過ぎたとはいえ、まだバブル経済華やかなりし頃だ。それまで富裕層向けのイメージが強かったグリーン車を利用する人も増え、通勤時間帯には着席できないという状況があった。そんな中で登場した2階建てのグリーン車は、座れるチャンスが増えるだけでなく、眺望を楽しめる「2階建て」という構造そのものも人気を呼んだ。

2階建てグリーン車はその後登場した横須賀線・総武本線のE217系(1994年登場)や東海道線・宇都宮線・高崎線などのE231 系・E233系にも受け継がれたほか、常磐線も2007年春から2階建てグリーン車の連結を開始。2023年度末に営業開始予定の中央線グリーン車も2階建て車になることが決まっている。東京圏の通勤電車も、グリーン車についていえば2階建てが当たり前という状況だ。

普通車でも2階建ての試みが

一方、普通車でも2階建て車両を導入する試みもあった。2階建てグリーン車が登場した直後の1991年、常磐線向けに1両だけ普通車の2階建て先頭車両「クハ415-1901」が作られた。当時の常磐線の主力、415系電車に連結するために造られた車両だ。

ドアは片側2カ所ながら、構造はグリーン車と異なり一般的な通勤電車に近い両開きで、ドア付近の室内はロングシートとクロスシートを組み合わせた構造。1階は2人がけボックスシート、2階は2人がけと3人がけのボックスシートが並んだ。定員は156人で、うち116人が着席可能だった。一般的な平屋の415系先頭車は座席定員が50人強のため、座れる人数は倍近いことになる。

多くの人に座ってもらえるのはいいことである。しかし、常磐線の当時の主力車両は3ドア車であったのに対し、この車両は2ドアだ。欠点として、乗降に時間がかかることが問題になった。それゆえ、使われるのはラッシュから外れた時間帯の列車となり、着席サービスは提供したものの、肝心のラッシュには効果を発揮できない結果となった。

だが、JRはこの車両での経験をもとに、通勤ライナー列車に使うための車両としてオール2階建て電車「215系」を1992年に導入した。10両編成のうち8両が普通車、2両がグリーン車で、着席可能な人数は1010人にのぼる。


全車両が2階建ての215系電車(写真:tarousite/PIXTA)

この車両は登場以来、通勤ライナーである「湘南ライナー」に使用される以外に、日中の東海道本線快速「アクティー」や、休日は山梨方面への「ホリデー快速」にも使用された。多くの人が座れるというこの車両は人気が高く、利用者が集中した。2階席からの眺望も評価された。

だが、15両編成の多い東海道本線で10両編成のこの車両がやってくると、先頭や最後尾の車両では混雑が起こりやすくなる。しかも、215系の場合、両側の先頭車は1階部分が機器室になっており座席がない。また、この車両もドアが片側2カ所であるため、乗降に時間がかかる傾向があった。

215系は今も現役だが、その後は通勤ライナーのための車両は造られておらず、さらに言えばJR在来線の普通・快速では、特別料金や指定券のいらない2階建て車両も登場していない。

2階建て通勤電車はやっぱり難しい?

これまでの経緯を見ると、通勤電車の2階建てはグリーン車でしか成功していないといえる。そのグリーン車でも、ピーク時には全員が座れないこともある。普通車の場合はさらに利用者が多く、頻繁に乗客が乗り降りするため、2階建てだと乗降に時間がかかってしまう。どうしてもロングシート・立席中心、さらにドア数が多いという構造でないと、人の流れをスムーズにすることは難しい。

海外では2階建ての通勤車両も珍しくないが、そういった国の場合は座れることが前提となっており、東京圏ほどの混雑が見られないために成り立っていると言える。また、車両のサイズ自体が日本より大きいことも多く、日本と同等に語るのは難しいだろう。

首都圏で見られる普通列車の2階建てグリーン車は通勤電車の一形態であり、その意味では2階建ての通勤電車もある程度実現しているともいえる。だが、特別な料金なしで利用でき、多くの人が座れる「理想の2階建て通勤電車」は、少なくとも都市部では今のところ困難なようだ。