新型コロナウイルスによる巣ごもり消費の影響で、カシオ製の電子ピアノの売れ行きが好調だ(写真:カシオ計算機)

新型コロナウイルス禍で「巣ごもり」消費が常態化する中、電子ピアノや電子キーボードがよく売れている。

中でも躍進しているのがカシオ計算機だ。楽器事業の4月販売実績は対前年同月比で国内が70%増、北米は110%増と大幅な伸びを記録した。

国内家電のPOSデータを集計しているBCNによると、4月20日〜26日の電子ピアノ実売台数ランキングでは、ヤマハや電子楽器専業・コルグの主力機種を抑え、カシオのPriviaシリーズ「PX-S1000」が首位に立った。

6万円で本格的ピアノが購入できる

カシオの電子ピアノが人気を集める主な理由は、価格とサイズだ。主力モデルであるPX-S1000の価格は6万円程度。小型キーボードより高いが、アコースティックピアノのタッチ感を再現するハンマーアクション機構が付き、88の鍵盤を備えた本格的な電子ピアノだ。

競合のヤマハや河合楽器製作所が10万円以上のモデルを主力とする中で、その安さが際立っている。

サイズも奥行きが232ミリと、ハンマーアクション付の電子ピアノとして世界最短だ。重さも約11キロで、一般的な電子ピアノの3分の1ほど。ふつうの机の上に置けるサイズであることから、在宅勤務を終えた後にパソコンのキーボードの代わりに電子ピアノを置くという形で使われているようだ。

カシオ計算機楽器BU(ビジネスユニット)の松田貴生戦略部長は、「ピアノなどの楽器は、10歳まで学んだ後に辞める人が多い。子供時代にピアノを学んでいた休眠層がコロナ禍で戻ってきているケースが多い」と推測する。

総務省の社会生活基本調査(2016年)によれば、15歳以上を対象にした調査で自由時間に楽器を演奏すると答えたのは9.8%。そのうち、15〜19歳は24%と割合が多く、20代以上になると年齢が上がるにつれて演奏する割合が減っていく。

ピアノ業界からは「過去に楽器をやっていた休眠層は日本の成人人口(15〜64歳)の3割弱(約2000万人)はいるのではないか」という声もあがる。長く低迷する楽器市場を活性化するには、休眠層の掘り起こしが不可欠だ。

くしくも、今回のコロナ禍で休眠層が掘り起こされた。復帰後の手軽な楽器として手にしたのが、コンパクトな電子ピアノだった。

同じピアノでも本格的なアコースティックピアノは50万円以上で、高いものだと1000万円台の商品もある。設置時に調律が必要で、配送にも専門性が求められる。

これに対し、電子ピアノは数万円からと手ごろで、小型ゆえに配送や設置も容易だ。ネット通販などで手軽に購入でき、すぐに演奏できることから電子ピアノ人気に火がついた。

パソコン購入時に「ついで買い」も

カシオの松田氏は「コロナ前から徐々にカシオの電子ピアノは受け入れられていたが、コロナによる巣ごもり需要でわれわれの進めた手頃な価格や大きさを追求した戦略がヒットした」と自己分析する。楽器を習い始めた子ども向けの1万円台のエントリータイプのキーボードも好調といい、「在宅勤務用にPC周辺機器を買うとき、電子楽器を『ついで買い』するようなケースが起きている」(松田氏)。

元気を取り戻しつつあるカシオの楽器事業だが、最近までアナリストから「お荷物事業」と揶揄される存在だった。カシオは40年前に電子楽器に参入し、コンパクトで安価な電子キーボード「カシオトーン」などが爆発的にヒット。ライバル・ヤマハの音楽教室に通う生徒も次々と購入し、ヤマハが電子楽器に本腰を入れる契機にもなった。

その後、30万円以上の高級路線を志向したが、それが失敗。ラインナップを60にも増やしたことも重荷になった。2017年3月期にも楽器事業は13億円の赤字を出し、その後も赤字が続いていた。主力の「G-SHOCK」に代表される時計事業や、世界で年2000万台以上販売される関数電卓が15〜20%程度の利益率なのに対し、楽器事業はカシオの業績の足を大きく引っ張った。

カシオは2018年3月期から改革を本格化させ、安さと使いやすさに「原点回帰」した。ラインナップを半減させてコストを削減。高級機ではなく、エントリー層向けの商品開発を強化した。サイズも小型化し、インテリア性を重視した結果が2019年発売の代表製品PX-S1000だ。

コロナ禍でコンサート開催にはまだ制約が多い中、今後はプロのピアニストらインフルエンサーを起用し、ネットと親和性が高いプロモーションを強化していく。「休眠層の復帰と合わせて、今後は楽器人口そのものをもう一度増やしていきたい」(松田氏)と話すなど、夢は広がっている。