破竹の勢いで売上本数を伸ばしている「あつまれどうぶつの森」(写真:編集部撮影)

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破竹の勢いで売上本数を伸ばしている「あつまれ どうぶつの森」(写真:編集部撮影)

ニンテンドースイッチ用ゲームソフト「あつまれ どうぶつの森」(あつ森)が破竹の勢いで売上本数を伸ばしている。5月に公表された任天堂の決算説明資料によれば、「あつ森」は発売からわずか6週間で1341万本と、ニンテンドースイッチ用ゲームソフトとしては史上最高の滑り出しを記録したようだ。

コロナ禍によって外出できない状況が一時は全国にまで拡大した中、自然豊かな島で癒やし系の住人たちとスローライフを満喫できる「あつ森」が、多くの人の“巣ごもり”の受け皿となったことも好調な滑り出しとなった要因の1つであろう。

しかし、筆者はあえて本作の別の側面に注目したい。それは、現実社会の「お金」にまつわる社会の動きを精緻に再現している点である。「あつ森」はゲームではあるが、ゲームの枠組みを超えて、金融教育の文脈でも意義を有する教材になると考えられるのだ。

中銀の“緊急利下げ”に住民震撼

ゲーム内でプレーヤーが住む島には、さまざまな生活インフラが存在している。その1つが、「たぬきバンク」と呼ばれる金融機関だ。

ゲーム内通貨「ベル」をたぬきバンクに預けると、現実の銀行と同様、預金金利に応じた利息がもらえる。金利は、たぬきバンクが決定する。現実の日本社会における日本銀行の役割を、ゲームの世界ではたぬきバンクが担っていることになる。

島の中央銀行としての役割も併せ持つたぬきバンクだが、同行は4月23日に預金金利を突如、従来の0.5%から0.05%に“緊急利下げ”し、住人を震撼させた。

原因は、一部の住人がゲーム機本体の日時設定を未来にずらすことで、瞬時に多額の利息を得ることのできる”裏技”が横行したため。これによってゲームバランスが崩れることを懸念したたぬきバンク(運営側)は、金利を大幅に引き下げることで裏技の実効性を低下させたわけだ。

たぬきバンクが金利を操作することで一部の住人行動をコントロールしたように、現実世界でも、日銀のような中央銀行が政策金利を操作して、金融面のバランスを保つように努めている。

具体的には、企業が資金調達する際の負担を軽減させるために、日銀は金利を引き下げて景気を刺激する。また、景気が過熱しそうなときは、お金を借りにくくするために、日銀は金利を引き上げて景気を抑制するといった金融政策を実行する。

たぬきバンクの預金金利は月0.05%と、従来の10分の1という超低金利状態となった。くしくも、足元の日本も超低金利の金融政策がとられている。市中のネット銀行の預金金利は年利で0.02%、メガバンクなどの有力行になると0.001%と、はるかに厳しい金利で銀行にお金を預けることとなる。

このような低金利な状態下では、一般には株式のような比較的利回りの高い金融商品が投資家に好まれる傾向にある。そんな原則を知ってか知らずか、あつ森の住人が次に目をつけたのが「カブ」だ。

あつ森にはカブと呼ばれる、株式に近い性質のアイテムが存在する。カブには毎日変動する「カブ価」がついており、そのときのカブ価で換金できる。安いときにカブを購入し、高いときに売却すれば、最大で元手の5倍以上の「ベル」を入手できるのだ。

預金金利が下がったときに「カブ」のようなアイテムを選好する動きは、まさに現実の金融市場と似た動向であるといえるだろう。株価の変動要因はさまざまあるものの、利下げは一般的に株価上昇をもたらす要因であるとされる。

たぬきバンクの預金金利に期待できなくなった住人にとって、次に一定の利回りを期待できるアイテムはカブということになるだろう。ここで、住人のカブ取引をめぐる環境が足元で一層高度化していることを見逃してはならない。それはカブを用いた「裁定取引」の流行だ。

プロ投資家と同じ行動をとる住民

裁定取引とは、同じ商品が有する価格差を利用して利益を得ようとする取引である。例えば、ある古本屋で漫画が100円で売られているとして、隣の古本屋でその漫画の買取価格が150円だったケースを考えよう。このとき、元の古本屋で漫画を購入し、隣の古本屋で売却すれば、ノーリスクで50円の利益を得ることができる。

これと同じ現象が今、あつ森で起きている。プレーヤーはネットワークを介して、現実世界の友人や知人が住む他の島に行き来することができる。カブ価はプレーヤーが住む島ごとに異なる。そのため、「安く買ったカブを、SNSなどで知り合ったフレンドの島で高く売る」ことによって、ノーリスクで大金を手にできるのだ。

自分の島で安く買ったカブを持って海を渡り、他の島で売って利益を出す行動は、江戸時代に見られた「金相場の裁定取引」を彷彿とさせる。

1854年の日米和親条約の締結によって、日本は海外との交易を開始した。当時の標準的な金相場は金1グラムに対して銀15グラム。しかし、鎖国により世界標準を知る由もなかった日本の金相場は、金1グラムに対して銀5グラムだった。

つまり、海外の金相場は日本の3倍もの値がついていたのだ。そこで、商人たちは日本に流通していた小判を海外で銀に換え、その銀を日本で金と再び交換するだけで、簡単に元手を3倍にできた。

このような裁定取引ができる環境を、専門用語では「裁定機会」と呼ぶ。あつ森の住人も島ごとの裁定機会を見逃していない点で、プロの投資家に引けをとらないわけだ。

島内で進化していく金融システム

さらに驚くべきは、住人はSNSで「自分の島でカブを高値で売らないか」と持ちかけると同時に、一定の手数料として、ベルやアイテムを請求するのが通例となっている点。つまり、カブ取引を許可する対価として、フレンドから取引手数料を徴収するのだ。これは現実社会でいえば、証券取引所に近い存在だ。

ここまで見てきたように、裁定取引はほとんど確実に利益を上げられるため、その分の一部を支払ってでもカブを高値で売りたいと考えるのが通常。そこに目をつけた住人は、カブ価が高いときに、自分の島を取引所というプラットフォームとして開放し、マネタイズを図っているのだ。

取引ごとに手数料を徴収すればよいため、取引所の役割を担う住人は、カブを保有するリスクを負わなくても、カブ高の恩恵を得ることができる。

たぬきバンクやカブの裁定取引は、ゲームにあらかじめ組み込まれた金融システムである。しかし、住人が島という場自体を証券取引所としてマネタイズすることは、おそらく開発側が想定していなかった進化のあり方だったのかもしれない。

あつ森の住人は、自身と他のユーザーの利益を調整するために、あつ森のゲーム内で新たな金融システムを生み出しているといえる。既存のゲームシステムを応用すれば、「一定のカブ価でカブを買う権利をベルで取引する」といったオプションのような金融派生商品を生み出すことも不可能ではなさそうだ。

このように、現代社会における金融システムが形づくられる過程を追体験できるあつ森は、やはり金融教育に最適な教材であるというべきだろう。