1987年、新高輪プリンスホテルで披露宴をおこなった安倍首相

 国会を騒がせた、安倍晋三首相の「桜を見る会」に関する疑惑。前日におこなわれた夕食会は、都内の高級ホテルで開かれた。

「会場となったホテルニューオータニは、野党の問い合わせに、『個別案件にはお答えできない』と回答を拒否。一方、それ以前に夕食会が開催されていたANAインターコンチネンタルホテルは、首相答弁をばっさり否定したのです」(社会部記者)

 背景には、ANAホテルは外資系であるため、官邸に忖度する必要がなかったという事情もあるようだが、自民党議員からは「今後、ANAホテルは使わない」と恨み節が聞かれた。

 ホテル評論家の瀧澤信秋氏は、ホテル側の対応について、こう語る。

「ニューオータニが批判されていますが、世間の反応は別にして、ホテルの対応としては優れていると思います。ホテルのよし悪しは、いかに個人のお客様に “忖度” できるかが重要ですから。あるホテルの宴会担当者も『長年のおつき合いや、リピーターを大事にする』と話していました。

 ニューオータニには宴会場が37もあり、高級ホテルでありながら、一般の方にもハードルが高くありません。立地も国会から近く、政治家にとっては『使いやすいホテル』といえると思います。

 逆に外資系ホテルはブランドカラーを大切にするので、ANAホテルの最初の対応は理解できます。一方で、その後、自民党に謝罪したという報道もありました。宴会場の収入を考え、背に腹は代えられなかったのでしょう。それほど宴会場収入は重要で、パーティをよく開催する政治家は、大事なお客様なのです」

 ホテルと政治家の密接な関係を、政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が語る。

「議員会館周辺には多くのホテルがあり、とくに1990年代には、政局になると、それらのホテルに陣取った議員たちが動きました。そのため、“第二の国会対策室” や “第二の永田町” などといわれました」

 高級ホテルには、それぞれのカラーがあり、政治家たちも好みや状況に応じて使い分けていた。元TBS政治部記者の参院議員・杉尾秀哉氏は、こう語る。

「思い出されるのは、自民党最大派閥の竹下派分裂です。1992年10月に小渕恵三さん・橋本龍太郎さんらは赤坂プリンスホテル、小沢一郎さん・羽田孜さんらはキャピトル東急ホテルで、熾烈な多数派工作をしました。

 態度を表明していない議員が陣営に姿を見せると、記者から、どよめきが起きました」

 報道番組のキャスター時代には、小沢氏の側近から全日空ホテルに呼ばれた。

「いぶかしく思いながら行くと、小沢さんから、『次の選挙で新進党から出てくれないか』と言われ、驚きました」(杉尾氏)

 政界の重鎮・亀井静香元衆院議員のホテルの思い出は、ほろ苦い。

「悲しいことだが、1998年に(証券取引法違反に問われた元衆院議員の)新井将敬がホテルの部屋で自決したことを思い出す。前夜、泣きながら『私は無実です』と電話をかけてきたから、僕は励ましたんだ。その翌日、奥さんから『主人が死にました』と……」

 政治家たちの披露宴やパーティの会場としても、高級ホテルは重宝されてきた。なぜ、これほどまでに集うのか。

「ルームサービスで食事ができ、密室で会合を開けることがひとつ。そして、出入り口が多く、番記者に見つかりにくいからではないでしょうか(笑)」(前出・鈴木氏)

1972年、自民党総裁選当日の朝に開かれた、田中角栄派の朝食会。田中の背後には、若き日の小沢一郎の姿が(写真・時事通信)

 それでは、高級ホテルを舞台にした、政治史に残る “事件” の数々を紹介する(文中人物の敬称略)。

【ホテルニューオータニ】
 ザ・メイン、ガーデンタワー、ガーデンコートの3棟からなる。高級レストランが多いことから政治家がよく使う。安倍晋三の実母、洋子氏と、ニューオータニの大谷和彦社長が昵懇であることはよく知られている。

《愛用する政治家》
稲田朋美、小沢一郎、石原伸晃、金田勝年ほか

《政治事件》
●1972年/田中角栄が自民党総裁に
 佐藤栄作が退陣したあとの自民党総裁選で、三木武夫、大平正芳、福田赳夫、田中角栄が激突。中曽根派の支援を受けた田中が勝利を収めた。
 上の写真は総裁選当日の朝、ホテルニューオータニで開かれた田中派の会合の様子。田中の背後には、若き日の小沢一郎が立っている。

●1993年/5党党首会談
「非自民非共産」の勢力結集を、民社・社会・新生・公明・社民連が合意し、細川護煕連立政権誕生の布石に。会談はカレーライスを食べながら1時間で終了。永田町でも、「大丈夫か」と揶揄された。

【ホテルオークラ東京】
 政治家が、もっとも愛用するホテル。入口が複数あり、マスコミに捕捉されにくい。麻生太郎は、ここの「オーキッドバー」がお気に入り。サウナやプールにも政治家多し。2019年に「The Okura Tokyo」に生まれ変わった。

《愛用する政治家》
石原伸晃、麻生太郎、松本純、塩崎恭久ほか

《政治事件》
●1983年/中曽根首相、田中角栄に辞職を要求
「田中曽根内閣」と呼ばれるほど、蜜月の2人だったが、「ロッキード事件」の一審で有罪判決を受けた田中角栄に対し、首相の中曽根康弘は議員辞職を進言。2人きりの会談は1時間半に及んだ。
 結局田中は辞職せず、しかし国民からは「目くらましだ」と批判され、同年末の総選挙で、自民党は大きく議席を減らした。

●2000年/加藤の乱
 野党の森喜朗内閣への不信任案提出に、山崎拓とともに同調する動きを見せた、自民党・宏池会会長の加藤紘一。側近の谷垣禎一が、「加藤先生は大将なんだから、ひとりで突撃なんてダメですよ」といさめた有名なシーンが繰り広げられた。
 加藤は思いとどまるが、「優柔不断」と言われ、宰相の座から遠ざかる。

【キャピトル東急ホテル】
 2010年に全面リニューアルし、「ザ・キャピトルホテル東急」に。首相官邸に、もっとも近いホテルで、安倍晋三も愛用。かつては、ホテル内の「村儀理容室」に小泉純一郎が足繁く通い、ライオンヘアを整えていた。

《愛用する政治家》
安倍晋三、塩崎恭久、石原伸晃、加藤勝信ほか

《政治事件》
●1992年/「改革フォーラム21」結成
 自民党・竹下派の後継会長が小渕恵三に決まり、これを不服とした小沢一郎は、「改革フォーラム21」(羽田派)を結成。のちに、同派は宮沢喜一内閣不信任案に賛成。自民党を飛び出した。

【赤坂プリンスホテル】
 2011年にホテル営業を休止。3000人を収容するホールを持ち、「政治家のパーティのためにつくられたホテル」といわれた。
 ホテル内には、安倍晋三の出身派閥で、森喜朗・小泉純一郎両元首相も属した「清和政策研究会」が事務所を構えていた。運営グループ会社の会長だった堤義明氏と小渕恵三が、早稲田大学の先輩後輩だったことから、小渕も政治資金パーティをよく開いた。

●1992年/竹下派分裂
「東京佐川急便事件」で、前副総裁の金丸信が辞職。自民党・竹下派は会長を失い、橋本龍太郎グループと小沢一郎グループの対立が激化した。橋本は小渕恵三を、小沢は羽田孜を会長候補に推薦。前者は赤坂プリンス、後者はキャピトル東急の一室にこもって、多数派工作を続けた。

(週刊FLASH 2020年3月17日号)