京成本線の始終点、京成上野駅の隣には、かつて「博物館動物園駅」がありました。様々な構造的、また歴史的な個性を持ち、廃駅となったいまも時折、イベントで公開されることがあるこの博物館動物園駅、数奇な運命を振り返ります。

開業は86年前、上野公園内にあった「ハクドウ駅」とは?

 その名は「博物館動物園」駅。なにか童話に出てくるような駅名です。駅舎も国会議事堂の正面ファサードを連想させる異彩を放つ外観。関係者は「ハクドウ駅」とも呼んでいます。

 ですが地図には載っていません。1997(平成9)年、同駅は休止となり、営業再開されないまま手続き上、2004(平成16)年に廃止となってしまったためです。ここではいま作品展が開催され、ふだん見られない駅舎内部が公開されています(2019年11月17日まで)。


博物館動物園駅の駅舎(2019年10月17日、内田宗治撮影)。

 同駅は京成本線の始終点、京成上野駅の隣駅でした。現在、京成上野駅の次の駅は日暮里駅です。この間、日暮里駅手前までの区間は地下を走っています。

 昨2018年11月、ハクドウ駅は21年ぶりに眠りから覚めました。閉ざされていた扉が開き、その中で期間限定のインスタレーション(空間芸術)が催されたのです。ですがまた扉は閉ざされ、今再び目覚めの時を迎えています。

 同駅舎は、上野公園の中、東京国立博物館の西側に位置しています。2018年に鉄道施設としては初めて、「東京都選定歴史的建造物」に選ばれました。

 同駅の数奇な歴史を追ってみましょう。

 京成本線の京成上野〜日暮里間は、1933(昭和8)年に開業します(博物館動物園駅も同時開業)。

 同区間は、宮内省から東京市に下賜された上野恩賜公園内を通ります。一部の区間では、世伝御料地(せでんごりょうち)を通らざるをえませんでした。これは天皇の世襲財産の土地で、本来なら分割したり譲渡したりすることが許されない土地です。

御料地での建設には様々な難題が…

 世伝御料地を通る許可は何とかおりたものの、建設には様々な難題がふりかかります。ルート内の樹木、とくに桜の根を傷つけてはならないことまで言い渡されました。

 そのための措置が、地下鉄道とすること。それも地表面にあまり影響をおよぼさない非開削工法で行うことです。半径120メートルという現在でも京成本線で最も急なカーブも、博物館動物園駅付近で設けざるをえませんでした。


博物館動物園駅の駅舎入口付近。ドーム型天井の下にカスティーリョによるブロンズ製の木の枝(作品名『テューター』)が展示されている(2019年10月17日、内田宗治撮影)。

 当時の地下鉄道建設には2通りの工法がありました。地表から下へと穴を掘り、その中に線路を敷いてその上を埋め戻すという開削工法と、山間部にトンネルを掘るのと同じ非開削工法です。

 京成上野駅付近から博物館動物園駅の上野寄りまでが、山間部と同じ非開削工法(馬蹄形隧道)で造ることになりました。

 ここで掘るのは地表から浅い所、上部(土被り)3メートル程度しかない所です。いっぺんに掘ると上部が崩れてしまうので、断面をいくつかに区切り、小断面ごとに掘り進め周囲を固定させていくという緻密な工程が必要となります。

 しかも、急曲線を伴いながら両側から掘ってきたトンネルを接合部でぴったり合わせなければなりません。このため同じ測量を20回も繰り返して行ったといいます。

 博物館動物園駅舎は石造りのように見えますが、鉄筋コンクリート造りの躯体に御影石とテラコッタ(素焼きの陶器)で装飾した造りです。これは御料地に立つことを考慮したためです。

 ホームの長さは60メートル。3両編成の電車を想定し、後年4両編成の電車運行の際は、幅の細いホームを延長して設置し停めていました。

数奇な運命をたどって閉鎖された駅が、期間限定で公開中

 太平洋戦争中、数奇な運命はさらに重くのしかかってきます。京成上野〜日暮里間は当時、地下鉄銀座線以外では東京で一番長い地下区間でした。すでに空襲が激化していた1945(昭和20)年6月、同区間は国に接収されてしまいます。

 その“元京成の線路”は国鉄と同じ線路幅に改軌され、国鉄日暮里駅付近から繋がれた線路より、国鉄の1・2等寝台、1等客車などがトンネル内の博物館動物園駅方面へ送りこまれました。車両を軍の作戦本部にするためだと言われています。同駅のホームや通路には軍用物資が置かれ、簡易地下工場も地下に造られました。

 終戦後、同区間は旅客扱いを再開。博物館動物園駅も再開業となりましたが、4両編成の電車しか停まれないこともあり、6両編成の普通電車が走り出すと通過駅となってしまいました。利用客は減少し廃止となったわけです。


博物館動物園駅のもうひとつの出入口(動物園口)。現在は閉ざされている(2019年10月17日、内田宗治撮影)。

 今回の駅舎内部公開では、ホームまでは入れませんが、相対式2面2線のホームは現存しています。また同駅の地上出入口は、今回公開の駅舎のほか、京成上野駅寄りに「動物園口」と呼ばれていたものがもうひとつあり、閉鎖された形で残っています。

 現在、駅舎内で開催中の作品展「想起の力で未来を:メタル・サイレンス2019」も興味深いものです。

 かつての地下切符売り場付近では、スペイン出身の作家、クリスティーナ・ルカスによる3面映像インスタレーションの大作『終わりえぬ閃光』(全6時間)の上映、入口付近のドーム型屋根の下ではフェルナンド・サンチェス・カスティーリョによる彫刻が展示されています。

『終わりえぬ閃光』は、世界初の空爆が行われた1911(明治44)年から太平洋戦争での東京空襲や原爆投下、そして2019年まで、世界中での空爆に対して、すべての年、すべての場所が地図と写真で次々と示されるのが圧巻です。惨禍を示す映像の途中、電車がゴーゴーと下を通り過ぎると、まるで地の底から聞こえてくるように感じられます。

 博物館動物園駅は、2019年11月17日までの金土日曜・祝日、10時から17時まで、期間限定で公開中です(入場無料)。

※誤字を修正しました(11月4日9時00分)。