世界的にも閉鎖国家として知られる北朝鮮。そんな北朝鮮が2018年には外国人観光者を約20万人受け入れたという。観光業強化の目的とは(写真:frenta/PIXTA)

日本の隣国でありながら国交がなく、世界的にも閉鎖国家として知られる北朝鮮。そんな北朝鮮が観光客を積極的に受け入れ、経済成長のための主要産業として観光業を位置づけようとしている。はたして、北朝鮮観光とは。『北朝鮮と観光』を書いた慶應義塾大学の礒粼敦仁准教授に聞いた。

昨年は日本人360人が訪問

──日本人の大多数は、北朝鮮を観光できるとは思っていないのではないでしょうか。

そうでしょうね。とはいえ、2018年に北朝鮮は外国人観光者を約20万人受け入れた。中国人が最多ですが、欧州からは専門の旅行会社を通じて入国しているし、北朝鮮の敵対国であるアメリカからの観光客もいます。

──日本からの旅行者はどれくらいですか。

昨年は360人ほどが訪問していることがわかっています。中外旅行社をはじめ専門の旅行会社もあり、今ではSNS(交流サイト)などを通じて積極的にPRしている会社もある。1990年代にはJTBや近畿日本ツーリストといった日本を代表する旅行会社が北朝鮮へのツアーを募集していたという実績もあるのです。

拉致問題もあり「北朝鮮は怖い」というイメージを持つ日本人は多く、そう感じる人は北朝鮮を旅行先としてまったく考えないでしょう。一方で、一度でも関心を持って訪朝した人の中には、リピーターとなる人も少なくない。

──北朝鮮からは経済制裁で日本への観光はおろか、入国もほぼ不可能です。北朝鮮が日本人を含めた外国人観光客を受け入れているのはなぜですか。

この十数年間、北朝鮮経済は回復傾向にある。金正恩国務委員長は国内に「観光地区」を建設中で、温泉の開発にも注力している。観光業を重視しているのは間違いない。また2018年には南北や米朝の首脳会談も行われ、外交的緊張が緩和されたことも追い風です。制限、管理はしつつも「外国人に自国の姿を積極的に見せていこう」というのが金委員長の方針でしょう。

しかし、観光したからといって、北朝鮮という国がわかったということにはならない。「百聞は一見にしかず」という気持ちで入国しても、北朝鮮という国の実像がなかなか見えてこないのも現実です。現地で市民と話をする機会も少ない。訪問回数を重ねることで経済的、社会的な変化を多少読み取ることはできるかもしれません。

また、日本で報道されるような、政治・外交面を知ろうとして訪朝しても見えてきません。

観光業強化の最大の目的は

観光の大きな目的の1つは外貨稼ぎです。今も続く経済制裁の対象に観光業は含まれていません。北朝鮮にとって外貨獲得が合法的に可能な手段として観光業があります。少しでも実利を得たいという思惑があるのは間違いない。

ただし、外貨獲得のために観光業を拡大させても、北朝鮮の体制の本質はなんら変わらないということは知っておいたほうがいい。

──社会主義や金正恩体制を根幹とする体制の本質、ということですか。


礒粼敦仁(いそざき あつひと)/1975年生まれ。ソウル大学大学院博士課程留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、ウッドロー・ウィルソンセンター客員研究員のほか、日本カジノスクール講師も歴任。総合旅行業務取扱管理者資格所有。共著に『新版 北朝鮮入門』など(撮影:今井康一)

北朝鮮にとって観光業とは、ひとえに体制宣伝の手段です。外貨獲得という目的が体制宣伝という目標の上に来ることは決してない。実利を得ることが第1の目的であれば、外国人旅行者が申請するビザの発給を選択的に拒否するということはしないはずです。

──旧ソ連をはじめかつての社会主義国への旅行と、現在の北朝鮮とで違う点があるのでしょうか。

旧ソ連や東欧諸国への旅行も、バウチャー式といって事前に日程や利用交通機関、訪問先、宿泊先などを決めてビザを申請し、OKが出て入国するという流れでした。ただ、現在の北朝鮮のように入国後に自由な行動ができないわけではなかった。また、北朝鮮観光には個人であれ団体であれ、ビザ発給が不許可となるケースもしばしば生じます。

さらに、入国後には1人の旅行者に対し、最低2人の案内員とドライバーがつく。この点で、案内員=監視員と外国人からは思われてしまう。実際に、旅行中はつねに行動を共にするし、突然の予定変更もしづらい。この点でも、外国人による北朝鮮観光はいわゆる観光とは異質です。

──かなり窮屈な旅行ですね。

そういった制限が、旅行客にネガティブな印象を与えてしまうことは確かです。北朝鮮には風光明媚な所もあれば、冷麺といった朝鮮料理を純粋に楽しめる機会もある。それでも、どこか楽しめない、という気分が残る。

それは北朝鮮の国の体制や社会が、日本とあまりに違うためです。グローバルな情報や体験を共有できる時代ではあるものの、それができない国もまだある。北朝鮮はそのうちの1つです。

結構重要な案内人の役割

──案内員は監視するだけ?

基本的な任務は旅行者の監視ですが、それだけではありません。認識のギャップから生じうるトラブルを未然に防ぐという役割があることも事実です。日本人が他国で行うのと同様に「この程度なら、やっても大丈夫だろう」と考えてしたことが、北朝鮮では重大な事件へと発展しうる。最高指導者に対する言動もそうだし、現地で写真撮影が禁止されている所でカメラを向けてしまうという行動もそうです。

案内員には、外国人旅行者にありがちな認識ギャップを埋め、問題を起こさずに旅行してもらうという役割があることも知っておいたほうがいいでしょう。

──観光業の活性化は北朝鮮にどのような影響を与えますか。


現在、観光客の多くが中国人であるがために、外国人の受け入れに否定的な雰囲気にならないか危惧しています。すべてがそうではありませんが、北朝鮮で傍若無人な振る舞いをする中国人は少なくない。問題が発生すると、お金ですべて解決しようとする傾向もあります。

そんな中国人らと接するのは北朝鮮内のエリート層で、彼らは社会的な影響力を持ちます。北朝鮮の道徳や美風にそぐわない、目に余る外国人観光客の行動に「観光業はしんどい、外国人は制限したほうがいい」とさらに門戸を閉ざすことにならないとも限りません。観光は、いわば「草の根の安全保障」も担っている。たかが観光だが、されど観光でもあります。