マクラーレンF1 伝説のスーパーカー 意外なメンテナンス性 作業は慎重に
もくじ
ー 光り輝くエンジンルーム 意外なセリフ
ー まずは走行テストから 高い耐久性
ー 将来も安泰 最高の瞬間
ー 番外編:タンク交換作業をご紹介
光り輝くエンジンルーム 意外なセリフ
光り輝く金箔製の耐熱フィルムと、エンジンルーム深くに搭載されたV12からのびる磨き上げられたチタニウム製エグゾーストに目を凝らしながら、「他のモデルに比べれば、メカニックにとっては最高のクルマです」と、パニ・ソーリスは言う。
「すべてが考え抜かれています。ヒューズへのアクセス性も良好で、タンク類はまとめてノーズ部分に設置されています。12本のプラグと、エアーとオイルフィルターを交換するためのスペースも十分です」
そんなセリフを聞かされるとは思ってもみなかった。マクラーレンF1に期待するとおりの気難しさで、難解なメンテナンススケジュールと劣悪なアクセス性、さらには、ある種の透視能力といったものが必要だと聞かされると思っていたのだ。だが、それは単なる思い込みでしかなく、実際にはソーリスの言う通りなのだ。

彼は、マクラーレン・スペシャル・オペレーションズ(MSO)のヘリテージ・ディビジョンでF1のメカニック責任者を務めており、サリー州ウォーキングの工業地帯にある、どちらかと言えば、さして特徴のない倉庫のような建物のなかで、この特別なスーパーカーのメンテナンスを、15年以上にも渡って担当している。
ほとんどのマクラーレンF1が、ここでメンテナンスを受けている。マクラーレンでは、世界中のオーナーのもとへとメカニックを派遣するサービスも行っているが、F1が生まれたこの場所で、メンテナンスを受けたいと望むオーナーの数は増えており、そのなかには、フルレストアを行う車両まで存在する。
だが、一歩足を踏み入れれば、オーナーがここでのメンテナンスを望む理由が直ぐに理解できる。この塵ひとつないガレージを訪問した日、5台のF1が作業中だったが、そのなかには、一時期、マクラーレンのファクトリーレーサーだったスティーブ・ソパーの名前がドアに書かれたままの、Finaカラーに塗られたナンバー付き1996年式F1 GTRが含まれていた。
まずは走行テストから 高い耐久性
F1を走行可能な状態で維持するために、必要となるメンテナンス内容について、マクラーレンの生き字引とも言える、ヘリテージ・マネージャーのトーマス・レインホールドに話を聞いてみた。「新車時点での通常のサービスインターバルは、9カ月と18カ月というものでした」と彼は言う。「しかし、最近では、年1回程度の頻度で点検を行うケースが増えています」
すべてのF1に対して、作業開始前にソーリスか、彼のチームメンバーが、セーフティーチェックと、ミルブルックにあるプルービンググラウンドなどを舞台に、十分な走行テストを行い、詳細なサポートを作成しているが、そのなかには、現代のモデルと比べれば極めてシンプルと言える、このクルマに3台搭載されているコンピュータのひとつに、1990年代から使い続けられている年代物のコンパック製ラップトップを接続してダウンロードしたデータも含まれている。
定期的なメンテナンスに関しては、多くの点で、F1は非常にシンプルなモデルだと言える。各種フルードやフィルターは当然ながら、他にも交換時期が定められているパーツがあり、ダンパーは10年のところ、燃料タンクは5年での交換が必要となる。

スパークプラグとイグニッションコイルのように、ほとんどトラブルフリーの部品に関しては、点検程度で十分であり、ブレーキパッドとディスクも、チェックは必要なものの、耐摩耗性は高く、さらに、ほとんどの車両が、頻繁な交換が必要となるほど走行していない。さらに、カーボンファイバー製ボディもチェックは必要だが、事故によるダメージを除けば、これまで不具合は報告されていない。
より交換が必要となるのがクラッチであり、それに比べれば、カーボンファイバー製パーツの耐久性は高いと言えるが、脱着はあまり考慮されておらず、かなりの数の車両が定期的に輸送車両への積み下ろしを経験していることを考えれば、ダメージが発生することもあるだろう。交換自体はさほど大変な作業ではないが、その部品コストは天文学的なものであり、5桁ポンドを覚悟する必要がある。
将来も安泰 最高の瞬間
だが、そんなケースは非常に稀であり、デビューからの長い月日が意味しているのは、ひとつとして同じメンテナンス履歴を持った車両はないと言うことだ。
そして、ここがマクラーレンの素晴らしいところだが、倉庫にはデッドストックのパーツがストックされている一方で、将来にわたってF1を維持していくため、新たな部品の開発も継続して行われているのだ。
「電子部品に欠品が出始めています」と、レインホールドは言う。「さまざまコントロールユニットを修理し続けるのは困難なため、必要なに応じてオーナーの皆さんに使って頂けるよう、新たなシステムの開発を行っています。さらに、当時の生産手法は非常に有害なものだったので、新たなマグネシウムコーティングを開発する必要もありました。ちょうど、5年間にわたったウインドスクリーンとガラスの再生産を終えるところです。ペダルフィールとレスポンスを向上させるべく、ブレーキパッドの材質も常に見直しを行っています」

ソーリスは、それでも、他のモデルよりも面倒なところがあると教えてくれた。「金箔を使った耐熱フィルムの交換は、厄介で手間の掛かる仕事です。車両全部の交換には、2週間が必要となります」
では、もっとも楽しい作業とは? 「車両が手元に戻ってきたオーナーから、電話やメールで、メンテナンスを受けた後、どれほどコンディションが良くなったかを聞いたときです。最高の瞬間です」
一瞬間を置いた後、笑いながらこうも付け加える。「そして、もちろん走行テストです」
番外編:タンク交換作業をご紹介
マクラーレンF1のメンテナンスを行うすべてのメカニックが、必ず経験しているのが、5年ごとの交換が必要とされている燃料タンクの交換作業だろう。その全工程を、作業時間とともに書き出してみた。
ご覧のとおり、完ぺきなコンディションで車両をオーナーのもとへと還すべく、マクラーレンのメカニックたちが行っている作業は、単なる燃料タンク交換に留まらない。
■入庫時の走行テスト(作業時間にはミルブルックへの往復を含む):7.5時間
■エンジン脱着作業:28.5時間
■タンク用テープを使ったタンク接続口の準備と燃料タンク交換作業:8時間
■全ブリーザーと燃料ホース、カーボンキャニスターの交換作業:8時間
■フューエルタワーの再生と燃料タンク圧力テスト:8時間
■エンジンマウント防触テープの交換作業:3時間
■エンジン、ギアボックス及び補器類の清掃とチェック:6時間
■サスペンションセッティング:8時間
■最終ロードテスト:7時間
合計作業時間:83.5時間

もちろん、エンジンが取り外されている間に、交換には16時間から18時間掛かる耐熱フィルムの交換作業を行うこともあり、その場合には、さらに作業時間が延びることになる。だが、パニ・ソーリスが言う通り、F1では決して急いではいけないのだ。
「集中してメンテナンスを行う必要があります。なにも難しいことはありませんが、急いではいけないのです。手順をスキップするなどもってのほかです。設定された作業時間は、25年の経験から導き出されたものであり、厳密に守らなければなりません」
