少女像をウォールストリートに設置した運用会社。その真意とは?(撮影:今井康一)

取締役会メンバーは全員、男性。そんな“当たり前”の風景が今後、激変するかもしれない。
世界第3位の資産運用会社、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(以下、SSGA)。各国政府、機関投資家向けに2.51兆ドル(2018年12月31日時点)を運用する同社は、取締役会に女性がひとりもいない企業の取締役選任議案に反対票を投じる方針を打ち出し、実行している。
すでに2017年3月からアメリカ、英国、オーストラリアで、2018年3月からは日本とカナダ、欧州において打ち出した。2020年以降はさらにその指針を強化するという。
同社でアジア太平洋地域におけるアセット・スチュワードシップの責任者を務めるベンジャミン・コルトン氏にインタビューした。資産運用会社が女性活躍にこだわる理由とは。

女性役員のいる企業は好業績である

――女性取締役がひとりもいない企業の取締役選任議案に反対票を投じる「取締役会ダイバーシティ指針」を公表しています。影響を受ける日本企業はどのくらいありますか。

TOPIX500構成企業のうち、現時点で対象となる日本企業は281社です。そのうち40社、14%が議決権行使の季節までに取締役会で女性取締役が就任しました。また、11社が女性を取締役に加えると約束をしています。

一方で、われわれの要求に対して反応しなかった174社に関しては、取締役の選任議案に反対票を投じました。

――日本企業もここ数年「女性活躍推進」に取り組んできましたが、まだ管理職への登用が主体で役員層にまでは考えが及ばない企業も少なくありません。

われわれの取り組みは、昨日、突然生まれたものではなく、また日本企業だけをターゲットにしているわけでもありません。数年前からSSGAがグローバルに取り組んできたジェンダー・ダイバーシティについてお話しします。

私たちは、企業の意思決定層、つまり取締役会に多様な人材がいることで、よりよい意思決定ができる、と考えています。さまざまな研究データを踏まえ女性取締役がゼロの企業と女性取締役がいる企業を比べると、女性取締役がいる企業のほうが好業績であることが明らかになっているのです。

各国政府や機関投資家から資産をお預かりして長期的な視点で運用を手がけているわれわれとしては、株式発行体の企業に対して、長期的なパフォーマンスが上がるような、よりよいガバナンスを求めていく責任があります。これが、私の役割である「アセット・スチュワードシップ」の意味するところです。


資産運用会社ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズのベンジャミン・コルトン氏(撮影:今井康一)

ですから、われわれが企業に1人以上の女性取締役を置くように要求するのは、企業の長期的な価値創造を求めるためなのです。これは、企業の求めることとも一致するはずです。

――2017年3月8日、国際女性デーにウォールストリートにFearless Girl(恐れを知らぬ少女)の銅像を設置しました。これは、企業に女性取締役を増やすことを求める御社のキャンペーンの一環だったそうですね。

はい。われわれはジェンダー・ダイバーシティについて長期的に取り組むべき課題であると認識しています。まずはグローバルに認識を高めることが重要だと考えました。

そのため、グローバルな金融取引の中心地であるアメリカ、ニューヨークのウォール街にFearless Girlの銅像を設置しました。銅像には、現在活躍している女性管理職への称賛と将来世代に対する激励の意味を込めています。

――Fearless Girlはウォールストリートの象徴である雄牛に対峙する形で置かれました。非常に話題を呼び、大人も子どもも多くの人が一緒に写真を撮ってSNSで世界にシェアされました。金融業界に女性リーダーを増やそう、というメッセージを含め、キャンペーンはカンヌ広告祭でダイバーシティ分野の最高賞グラスライオンを受賞しています。


Sculpture by Kristen Visbal,commissioned by State Street Global Advisors

このキャンペーンは世界中の多くの方に支持していただきました。それに加えて「女性取締役を増やそう」というわれわれのメッセージがグローバルの企業社会に届き、具体的な成果も出ています。Fearless Girlキャンペーンから1年半後、2018年9月末時点で、新たに300社以上が取締役に女性を登用し、28社がそのようにすると約束しています。2017年の株主議決権行使期間には、取締役会のジェンダー・ダイバーシティに関する取り組みがないことを理由に、512社の議案に反対票を投じました。

日本はアジアにおける最も重要な市場

つまり、認知度を上げるための広報活動と議決権行使というわれわれの本来業務を統合して活用することで、取締役会に女性を登用する企業を増やすという目標を達成してきました。

Fearless Girlのキャンペーンは2017年3月にアメリカ、英国、オーストラリアで始め、日本・欧州・カナダでは、2018年3月からこの取り組みを導入しました。日本はグローバルなポートフォリオで重要な市場ですから、アジアでは最初に日本への導入を決定したのです。2021年以降、女性取締役を増やす取り組みへの働きかけをさらに強化する予定でいます。

アメリカの大手運用会社として初めて、われわれはこのテーマで反対票を投じるという意思表明をしました。それに追随する形で他の大手運用会社も同じポリシーを採用するようになっています。

――コルトンさんは昨年秋から東京で勤務されています。日本の上場企業における女性役員割合は3%程度で欧米と比べると低いわけですが、これをどう見ていますか。


「よりよい議論ができ、優れた意思決定ができる女性の登用を求める」とコルトン氏は語る(撮影:今井康一)

これまでの経験から、われわれは変化が一夜にして起きるものではないことを理解しています。日本企業は欧米企業と比べると、管理職や取締役候補となりうる女性の数自体が不足しています。現状、CEOやCOO、取締役に女性が少ないことは想像できます。

それでも、社外から人材を探したり、今後3〜5年で取締役になれる女性を育成したりすることで状況は変わっていくはずです。私たちは長期的な投資家ですから、長期的に課題に取り組むつもりでいます。

将来のリターンを考えれば、まず女性を増やすべき

――管理職などに女性を登用することについては「性別より能力を重視すべきでないか」といった意見には、どう答えますか?

機関投資家としてわれわれが求めているのは、能力がある女性を取締役に登用すること、です。

繰り返しになりますが、ジェンダー・ダイバーシティへの取り組みは、企業が長期的かつ持続可能なリターンを得るためです。現在の事業環境においてはイノベーションが求められ、それにはダイバーシティが重要です。よりよい議論ができ、優れた意思決定ができる取締役会を求めているからこそ、女性を登用してほしい、ということです。その業界の知見があり、優れた意思決定ができる女性に取締役会に入ってほしいことは言うまでもありません。

日本では、投資先の企業や同業他社の声にも耳を傾け、また、ジェンダー・ダイバーシティに関する基準をつくる立場の人たちとも話をしており、関心の高さを感じています。

私はもともとノルウェーのソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド)でキャリアをスタートしました。最初5年はノルウェーで働き、その会社の代表としてアメリカでも勤務しています。欧州、アメリカを見てきた経験から、ジェンダー・ダイバーシティの取り組みについて国によって違いがあることを理解しています。

ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズでは、株主の立場から「対話」を行った企業をグローバルで一覧表にして開示している。”Annual Stewardship Report 2017”によると、日本企業ではアサヒビール、電通、本田技研工業、トヨタ自動車、三菱商事などと環境・社会問題に関する対話をしている。