南米特有のフィジカルやスピードに苦戦を強いられた1999年大会での日本。それから20年ぶりの参戦で、いかなる戦いを見せられるだろうか? (C)REUTERS/ AFLO

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 12月11日、日本サッカー協会は各代表カテゴリーの2019年スケジュールを発表し、A代表が1999年に参加して以来20年ぶりに、南米王者を決めるコパ・アメリカに招待国として参戦することも正式に発表された。

 A代表は来年1月のアジアカップに加え、3月と6月にキリンチャレンジカップ計4試合を戦った後、6月14日からブラジルで開催される南米王者を決める戦いに挑む。これについて森保一監督は、「本気の南米を相手に、さらに経験値を高め、チーム力を高めて次に向かっていきたい」と意気込みを口にしている。

 もはや周知のことだが、日本代表のコパ・アメリカ参戦はこれが初ではない。今から19年前にパラグアイで行なわれた大会で、南米の強者たちと激闘を繰り広げている。

 その当時の日本代表は、フィリップ・トルシエ監督の新体制が前年9月に発足したばかりで、チームの核を見出せずにいた。大会直前に行なったアルゼンチンでのミニキャンプで、ボカ・ジュニオルス4軍との練習試合がスコアレスドローに終わった際、本誌『サッカーダイジェスト』のレポートには、「本当に代表?」という辛辣な見出しが誌面を躍ったものである。

 大会が始まってからも、日本は苦戦を強いられた。劣悪な環境に加え、チーム内で戦力が定まっていなかったため、初戦のペルー戦は2-3と競り負け。続く開催国パラグアイには0-4の完敗を喫し、グループ最終節のボリビア戦は1-1のドロー。1勝も挙げられずに終わった。

 無論、本誌のマッチサマリーやレポートでは、「日本は『地球の裏側から来たお客様』でしかなかった」「日本は厳しい現実を突き付けられた」「惨敗の記憶」といったネガティブな表現が居並び、3年後に控えた日韓ワールドカップに向け、サムライブルーの先行きが不透明であることを感じさせる大会となった。

 しかし2002年、日本はワールドカップ初勝利と初の決勝トーナメント進出という躍進を遂げた。その代表チームの中にはコパ・アメリカを戦ったメンバーが7人含まれており、南米での苦闘がチームの成長に繋がったことが証明されている。

 それから月日が流れ、日本はワールドカップ出場の常連国となり、ヨーロッパでプレーをするだけでなく、メガクラブからも魅力的なオファーを受ける選手までが次々に現われるようになった。99年に比べ、間違いなくレベルは上がっていると言っていいだろう。

 それを証明する格好の場とも言える、来年6月のコパ・アメリカ。中島翔哉や堂安律、南野拓実といったフレッシュな顔ぶれが集う森保ジャパンならば、情け容赦のない“本気の南米”を相手に、20年前を上回る結果を残してくれるものと期待してしまう。 グループステージの組み合わせ抽選は年明けの1月24日(現地時間)に行なわれるが、いかなる相手がこようとも、大会初勝利を挙げるとともに、貴重な経験を積んで、より逞しくなって帰ってきてもらいたいものだ。