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text:Kazuhiro Nanyo(南陽一浩)

もくじ

ー 容疑の矛先はどこに向いているか?
ー 政府間と民間、両レベル発のメッセージ
ー 敵対的買収を両陣営が避けたい理由

容疑の矛先はどこに向いているか?

元日産会長にして、ルノーの会長兼代表取締役であり続けているカルロス・ゴーンが電撃逮捕されて1週間。

ゴーン容疑者は小菅の東京拘置所で容疑を否認していることが先週末から伝えられているが、ひとまず容疑の事由が、報酬の過少申告と虚為記載に関するものである以上、それについての否認と考えられる。

この状況が漏れ伝えられる以前から、フランスのメディアで日本の司法制度における拘置中の条件の苛烈さを伝える報道が多かったため、ようやく日本のメディアにも推定無罪の原則を意識したような論調の変化が多少なりと、看てとれるようになった。

ただし、これらに先立つ11月22日(木)に行われた日産の取締役会では4時間強もの説明の後に、テレビ会議で出席したルノー出身の2名のボードメンバーも含め満場一致で、ゴーンを会長職から解く決定が為された。

この時、いわばフランスのルノー側に通じるルートへ、初めて具体的な資料と容疑の根拠が伝えられたと考えられるが、ベルナール・レイとジャン・バティスト・ドゥザンのいずれかは不明ながら、「これはひどい」と口にしたという。

ゴーン容疑者とグレッグ・ケリー容疑者が問われている過少申告や虚為報告については、もしかすると「退職金積み立て」の可能性も捨てきれない。

よって容疑の本丸は今後、投資資金で世界各地の不動産を購入したとか、実姉に実体のないコンサルティング顧問料を支払っていた等、経費の私費流出や横領などに切り替わる可能性が高いといえる。

政府間と民間、両レベル発のメッセージ

しかし日産の取締役会では同時に、ルノーとのアライアンスは継続する意向が確認された。

アライアンスの瓦解はありえない、という立場は今のところルノー側も共有されていると考えていいだろう。

そして前回に書いた、もしかして日仏政府間で経済的な宣戦布告が起きていないか? という話だったが、どうやらアグネス・パニエ・リュナシェ副大臣の来日は、本当に間が悪かっただけのようだ。

フォーラムに出席したひとびとに話を聞くと、終了間際になってゴーン逮捕の一報が入ったため、その場はかなり気まずいムードが漂ったという。

だが逮捕翌日にすぐ、世耕経産大臣とル・メール経済/財務大臣は電話会談し、「ルノーと日産のアライアンスに対する両政府の強力な支援と、成功を収めているこの協力を維持する意志を共有する」と、共同声明で発表した。

大阪万博のために翌日から世耕大臣はちょうどパリに渡ったが、着いて早々にル・メール大臣と会い、握手して前々日の共同声明を再確認するという念の入れようだった。

「成功を収めているこの協力」とはフランス語では「cette coopération gagnante」とされ、「成功裡にある協業関係」「サクセスフルな協業関係」という意味合いだが、いずれか一方の国だけに資する成功とは扱われていない。いわば理念的には中立的というより、玉虫色にもとれる声明だ。

ルノーの筆頭株主であるフランス政府と、表立って市場介入できない日本政府では立場が違うという指摘もある。

ところがルノーの43.4%に次ぐ日産の大株主が、小口に分かれてはいるが日本マスタートラスト信託銀行や日本トラスティ・サービス信託銀行であることは注意されたい。

要はGPIF、日本政府の肝煎りである年金ファンドが第2位の株主と推測できるのだ。

いわば仏政府がルノーに対するほどの目立った持ち分でも「ものいう株主」ぶりでもないが、日本政府と日産の関係は遠からず似たもの同士と考えた方がいい。

日仏は互いに自由主義経済と開かれた市場と標榜する立場にあり、前者が後者に20年前に資本注入と再建を任せたことは確かだが、建て前と本音の発現の仕方が元より180°違うのだ。

元々、2015〜16年当時経済産業デジタル担当大臣としてフロランジュ法を通じてルノーへの仏政府の発言権を強めたマクロン大統領と、長い間、不和にあったゴーンとの間にはふたつの密約があったといわれる。

ひとつは、仏政府は2倍になったルノーにおける議決権を戦略的な議題にしか用いないこと。

もうひとつ、ルノーは、43.4%をもつ日産に対して優位をふりかざすことをしない、というものだ。

当時はもはや、日産からの配当金がルノーの収益の半分に資するだけでなく、フランス国内の余剰化した工場の生産ラインを日産マイクラ(マーチ)に充てて稼働率を引き上げるといった方策も採られていた。

平たくいえばフランス国内の雇用を日産の仕事で確保するようなやり方だった。

ゴーンはアライアンス内の不均衡がもはや不公平になりつつある雰囲気は重々承知していただろうし、云い方は悪いが「日産というカネの成る木」を、仏政府の求める「統合化」という負担増で枯らしてしまうことを、もっとも恐れたはずだ。

敵対的買収を両陣営が避けたい理由

西川新代表取締役が徐々に口にしている、「アライアンスは維持しつつもルノーとの資本提携の見直し」に、ルノーは応じるしかない事情もある。

今のところ、日産が保持するルノー株は議決権なしの15%。10%を買い増して25%に持ち分を上げれば、日本の証券法によってルノーは自動的に日産の議決権を失うことになる。

対してルノーが日産の株式の中で絶対的安定多数を握るには、あと約7%が必要だが、コストとキャッシュフロー面ではすでに勝負あったの感がある。

というのも概算ながら、ルノー株の10%は現在の時価額にして約17億ユーロ(約2000億円)で、およそ1.5兆円の保留金をもつ日産にとっては難しい買い物ではない。

対して日産株の7%は時価にして約2600億円)で、手元の保留金が3600億円ほどのルノーにとっては手痛い出費となる。

敵対的買収で不利というだけではない。自動運転やEV関連の先行開発や投資で資金が不如意になることは、自動車メーカーとして持続的に発展していくことを難しくする。

いずれ提携の見直しや資本のリバランスがスピード感をもって決まらないと、ルノーや日産、三菱それぞれだけでなく、アライアンスの価値そのものを大きく損なうことになるだろう。

国のコントロールが、国益の名の下に企業の価値を損なうのは日仏とも望まない展開のはずだが、日産と日本側の強気な進め方にブレーキをかける手がかりとして、今後の捜査と取り調べの妥当性にフランス側が注視しているのは、いうまでもない。

それにしても既存の自動車グループの中でも、もっとも普及EVに注力していたルノー日産が不安定化したら、誰が得をするか?

それを考えると、薄ら寒い感覚すらある。今、ゴーン報道の影に隠れがちだが、フランスでは化石燃料の課税強化とクリーンエネルギーへの移行を謳うマクロン大統領の足元を揺るがすように、「ジレ・ジョヌ」と呼ばれる暴動が拡散している。

その中心となっているのは、人口密度の低い地方住まいで、ユーロ5以前の古いディーゼル車を通勤に用いているような労働者階級層なのだ。

北海油田や英国工場の問題が絡むブレグジット対応や、EUとロシア間の緊張、原油供給や価格の乱高下など、雇用とエネルギーの不安定化ひいては社会的な分断現象のひとつとして捉えると、ゴーン逮捕劇はまた違った様相を帯びてくるのかもしれない。