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同じ夢に向かう”兄妹”がいる。兵庫県の夙川学院高3年生にして今年9月の世界柔道選手権大会に出場する阿部詩(あべ・うた)にとって、尊敬する選手は”兄”である阿部一二三(昨年の男子66Kg級世界選手権王者)だ。その存在感をこう表現する。

「一番身近にいてくれて、自分を引っ張ってくれる選手」

兄・一二三は自分を柔道に導き、そして柔道への“本気モード”に切り替えさせてくれた。しかし試合に勝ちたいと思う感情は自分のものだ。兄を越えて「阿部詩」として認められていく。そして2年後の東京五輪へ向かう。その心情を聞いた。

撮影 中村博之(PICSPORT)/インタビュー・動画編集 田坂友暁(SpoDit)/構成 編集部



兄の優勝に刺激され柔道熱が覚醒



ーー柔道を始めたきっかけは?

5歳ごろから始めました。兄が先に柔道をしていて、その道場を見に行ったときに楽しそうだなって思って、道場に入ったんです。最初は想像と違って、受け身の練習ばかりだったので、見て感じていた楽しさとは違いましたね。

ーーどの辺りから楽しいと思い始めたのですか?

小学校のときはあまり本気ではなかったんですよ。 中学に入った頃から「自分には柔道しかないな」と感じ始めました。ほかには水泳をちょこっとやったくらいでしたが。柔道が好きになってからは、ほかのことをやりたいというふうにはあまり思わなくなりました。



ーーお兄さんに倣って始めた柔道。勝ちたいと思うようになったきっかけは?

勝ちたいと思い始めたのも……やはり兄でした。私自身、初めて優勝したのが小学校2年生だったんですけど、それまでも試合に出ても3位とかにしかなれなくて。そのときはそれで自分も満足していたんです。

でも、兄が小学校で学年が上がっていくたびに強くなって優勝していって。すると、「おめでとう」とお父さんたちが喜んで。ところが自分は3位で、兄みたいな(お祝いしてもらえる)感じではなかったのでそれが悔しくて。それで優勝してみたいと思い始めたんですよ。小学2年の時の初めての優勝は偶然によるものでした。その後も勝ち続けるとかそういうのはなく、また3位になったりして、結構負けていました。でも兄の優勝を目にするにつれ、「ずっと優勝していたいな」という気持ちが芽生え始めたのかなと思います。

ーー勝つことは楽しいでしょうね。一方、勝敗以外の楽しさとは?

そうですね、初めて柔道を見た人は、もしかしたら見ていて面白くなかったりするかもしれないんですけど……えー、どこが面白いか……。やっぱり(相手を)投げるところでしょうか。柔道を知らない人が見ても、そこはすごい! ってなるんじゃないかなと思います。選手としても投げた瞬間は達成感に似た感情になるんです。


小学生時代は天才肌の選手として知られた。自身では「本気じゃなかった」と言いながらも、小5、小6時に全国小学生学年別柔道大会に出場。ただこのときは結果が伴わず、それぞれ2回戦(40kg級)、1回戦(45kg超級)で敗戦を喫した。

夙川学院中学に進学後、結果が出始める。3年時に全国中学校柔道大会で優勝(52Kg級)。シニアの全国大会への出場も果たした。2016年に夙川学院高に進むと1年生時から早くもシニアの国際大会で結果を出す。柔道のワールドツアー「グランプリ・デュッセルドルフ」で史上最年少の16歳で優勝。その後、2017年4月からの2年生時には激動の一年を過ごした。



ーー2017年シーズンを振り返ると? 11月中旬には世界ジュニア選手権大会で優勝しました。

世界ジュニアはそんなに意識はしてなかったです。一方、(4月の国内大会で負けて)シニアの世界柔道選手権大会(7月のブダペスト)に出られなかったことが大きな出来事でした。その世界選手権では日本人の自分の階級(52kg級)で出ていた選手が1番と2番(1位:志々目愛、2位:角田夏実)になったんです。そうなると、東京五輪に出るためには私は出られる大会にとにかく勝つしか道がなくなりました。

夏の世界選手権の後、まずは講道館杯(11月。日本国内の主要大会のひとつ)で優勝しました。そこでは何が何でも勝とうと。どういう内容であれ、必ず優勝しようと思って挑みました(結果は優勝)。

それが、(12月上旬の)グランドスラム東京(柔道ワールドツアーのうち最上ランクの大会)での優勝につながりました。この大会では組み合わせ的に(世界選手権王者の)志々目さんを倒さないと勝ち上がれませんでした。4月の体重別で負けたリベンジというか、どうしても勝ちたくて。その一戦(準々決勝)に集中して志々目さんとの試合に挑んだと思っています。そのときは、持っている自分の力以上のものが出せたかなと思います。



ーー優勝を続けた戦いから一転、3年生となった今年4月の体重別(全日本選抜柔道体重別選手権大会)では、3位に終わりました。

しっかりその試合に向けて気持ちも作ってきて調子も良かったんですけど、どこかでプレッシャーを感じていた部分もあって。絶対に勝たないといけないという気持ちが強くなっていたと思います。1回戦は自分の動きはできていたんですけど、ずっと負けてる角田選手に当たったときに苦手意識が出てしまって。さらに、ここで負けたら後がない、と思ってしまったのが原因でした。加えて自分よりも相手(角田選手)のほうが、試合に向けて勝つ準備をしていたのかなと思います。

(昨年11月の)講道館杯でも当たっていたんですけど、やっぱり、角田さんというのがすごく自分の中には大きな存在で。何としても超えないといけない壁だと今は思っているんですけど、まだ自分の力では乗り越えられなかったということだと思います。

ーーそれは角田選手への苦手意識が生まれている?

戦いにくいというのもあるし、気持ちではすごい勝ってやると思っているんですけど、まだ気持ちが先走って、自分の角田さんに対する対応ができてなかったなと思います。


その後、2018年2月のグランドスラム パリ大会でも優勝し、今年の世界選手権出場権を得た阿部。2018年は高3ながら「高校世代の大会は全て出場辞退」を宣言した。「飛び級」によりシニア一本の戦いに取り組む。


ーー東京五輪に向けた目標と、自分が目指す柔道家としての姿を教えてください。

東京五輪まではあと2年、大会に出場する代表選手が決まるまではあと1年半くらいなんですけど、一番覚悟を持った選手が五輪には選ばれるのかなと思っています。だから強い覚悟をもって最後まで諦めず、自分が東京五輪に出て金メダルを獲るんだと思い続けます。2020年まで勝ち続けて、自分が五輪で優勝するという覚悟を決めています。目指す柔道は変わらず、兄と同じように、前に出て一本を取りに行く柔道ですね。周りの人が驚くような柔道を目指したいと思います。

ーー確かに「一本を取りに行くスタイル」は詩選手の魅力のひとつです。これを目指したきっかけは?

やはり兄の背中を追う、というところが大きかったです。自分もそうなりたいなって思ってやってきました。柔道ってやっぱり、周りの人が見ていて面白くないといけないと思います。周りの人が驚くような、心に残るような柔道をしたいと考えているので。それはきっと一本を取りに行くというのが、周りが見ていても、自分がやっていても、一番達成感があると思っています。それを心掛けています。



ーー今までに心に残っている試合は?

自分の試合はすべて印象にありますね。その中でもやっぱり去年のグランドスラム東京は兄とふたりで優勝できたので、それは心に残っています。決勝では、自分も思っていないくらい技が決まりましたし。

ーーでは、自分の試合以外で心に残っている試合は?

去年の世界選手権ですね。(自身が出場できなかった大会で)兄がすごく何者なんだ?っていうくらいの活躍をしていたので、その試合はすごく印象に残っています。この人は誰だ?って(笑)。本当にこの人は自分のお兄ちゃんなのかなってすごく不思議な感じもありましたし、兄の存在をすごく遠く感じました。

ーー詩選手にとって、兄の存在は?

ひとりの柔道家として、すごく尊敬しています。その選手が、兄という、一番身近にいてくれる、自分を引っ張ってくれる存在かなと思っています。

練習をやりたくないときは……「今日出せる一番の力を」



ーー東京五輪への日々、プレッシャーもかかるでしょう。試合への臨み方を教えてください。

絶対に自分が強いという気持ちを忘れずに、それでも挑戦者という気持ちも忘れず。思いっきり、周りを驚かせてやるという強い気持ちを持って挑んでいます。

ーー何かルーティンはありますか?

これをしないと、というのは特に決めてないですね。

ーーとはいえ、試合前にはちょっとは不安も出てくるものでは?そのとき、詩選手はどうそれと向き合いますか?

ちょっとじゃなくて、結構ありますよ。寝る前とかはこういうところでミスしたらとか、こういうふうに対戦選手から投げられたらと考えてしまったら不安が大きくなってしまいます。でも練習していくにつれ、自分に自信を持てるようになってきています。そういった不安があっても、試合に臨むときにはなくなりますね。



ーー日々を過ごす中で、練習をやりたくないな、と思うこともあるのでは?

やりたくないなって思うときは、試合に負けたときのことを思い出しますね……というか、その悔しさは常にあるものです。そういう思いは二度としたくないということを心に思って練習に挑むようにしています。でも、実際には一度でも『練習をやりたくない』と思ってしまうと、どこかで気が抜けていたりするものです。そう思ったら、今日出せる自分の一番良い力、今日できる最大の努力をしよう、と考えてやっています。

ーー自分がやりたいスタイルがある一方で、柔道には1対1で向き合う相手がいる。思い通りにいかない場合、どう折り合いをつけていきますか?

やりたい柔道はずっと変わらなくて、前に出て一本を取りに行くというスタイルです。けれどもこの先、国際大会などではそれだけでは勝てなくなってきます。しっかりと負けた経験を生かしていきたいです。そこで学んだことを振り返って考えて、これからは組み手の部分や駆けけ引きをもっと今より上達させなければ、さらに上には行けないかなと思っています。東京五輪に向けても、そうやって日々の練習に取り組んでいきます。



”兄”の話がおのずと多く出てきた。しかし今、自分が取り組むことについては一切出てこなかった。きっかけを与えるのはロールモデルだ。それは身近な存在である場合が多い。しかし、その重要性に気付いて、消化し発展していく作業はあくまで自分のこと。阿部詩は兄妹のストーリーを語りながらも少しずつ自分の道を歩む。「勝ちたい」という気持ちを強く表現しながら。まずは今年9月の世界選手権。その先に続く東京五輪へ挑む日々を過ごす。



<プロフィール>
阿部詩(あべ・うた)
柔道/52kg級 2018年世界柔道選手権日本女子代表

2000年7月14日生まれ。兵庫県神戸市生まれ。5歳から3つ上兄(一二三、日体大)の影響で柔道を始め、中学校時代に頭角を現す。高校では世界ジュニア選手権優勝のほか、すでにシニアで4つの国際タイトルを獲得した。世界ランキング14位(2017年11月20日時点)。2018年1月には関西運動記者クラブが選ぶ「第61回関西スポーツ賞」を受賞した。身長158センチ。