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貯金や株を合わせた資産は約8000万円。元開業医という資産家の83歳には、それでも心配事があります。一度も働いたことがないという55歳の息子です。ひとりっ子で、資産管理を頼める親族はいません。しかもバイクが趣味の浪費家です。夫妻が死んだ後、ムダ遣いを防ぐために、FPが授けた作戦とは――。

■息子は医学部を中退して55歳までずっと無職

元開業医の小林一郎さん(仮名・83歳)から相談の依頼を受けたのは、秋の気配が感じられるようになった9月のことでした。ひとりっ子の息子さん(55歳)がまったく仕事をしていないので、妻(80歳)と自分が亡くなった後が心配だということでした。

長年開業医をしていたので十分な資産をお持ちで、今はその資産と年金で生活しています。ご夫婦とも80代ですが、まだまだお元気で、息子さんの将来を心配されています。

息子さんには後を継いでほしいと、医大に進学させましたが、医療の道が合わなかったのか、大学を中退してしまいました。子供が医師になり、後を継ぐという希望はかないませんでしたが、それでも社会人としてしっかり自立してくれればと願っていました。

▼稼ぎはないが、金遣いは荒い長男

しかし、医学部を中退した息子さんは、就職するでもなく、他の大学に入り直すでもなく、無職のまま時を過ごしてしまいました。

よかれと思い、半ば無理やりに医大に進学させた後ろめたさと、経済的な余裕があったために、十分すぎるお小遣いを与え続けてしまいました。長男は稼ぎがないにもかかわらず、後述するようにお金遣いは自分本位でどこか荒いところがありました。

もちろん、時には厳しく叱責したこともありました。しかし、状況は変わらず、仕事をしないまま、浪費癖も直りませんでした。

やがて息子さんは50代に、そしてご両親は80代になり、いよいよ親亡き後の息子さんの将来が心配になってきた、というわけです。家計の状況をうかがうと、現在のご夫婦の年金収入が少ないため、毎年の赤字額が小さくありません。収入(年金)はご両親合わせて156万円なのに対して、支出は年360万円。毎年200万円近く、資産が減っている計算ですが、今のところ資産額(ご夫婦計約8000万円)への影響は小さく、お子さんも一人ですので、何とかなりそうです。

■資産は約8000万円、長男は一生働く必要はない

<家族状況>(名前は仮名)
相談者:小林一郎さん(83歳)/年金生活
妻:恵子さん(80歳)/年金生活
長男:太郎さん(55歳)/無職

<資産状況>
相談者:預貯金5000万円、有価証券2500万円、合計7500万円
自宅(戸建て)、長男のマンション
妻:預貯金500万円

<収入の状況>
相談者:老齢基礎年金/年額78万円
妻:老齢基礎年金/年額68万円

<支出の状況>
生活費など、年額360万円

私はうかがった情報を基に、将来の家計状況をシミュレーションし、分析の報告をしました。そして、こうお伝えしました。

「お子さまが90歳まで存命だったとしても資金不足にはなりません。長期の分析ですので、状況の変化も考慮すると、決して余裕があるわけではありませんが、息子さんはご両親の貯蓄で生涯、生活していけるでしょう。それほど心配はないと思いますよ」

■小遣いは月5万円だが「それとは別にお金をせびられます」

ご両親は安心して、笑顔を浮かべるかと思いきや、どうも様子がおかしいのです。お二人とも表情が晴れません。

「実は、仕事もせず、社会との関係を断ってしまった息子の唯一の趣味がバイクでして、それにかなりのお金をかけているのです。本当はやめさせたいところなのですが、そうなると本当に部屋から出てこなくなってしまいそうで、やむなく認めています」(小林さん)

「小遣いとして月5万円を渡していますが、時々それとは別にお金をせびられています。小遣いをやらないと、暴力こそ振るいませんが、怒鳴りだすので、結局折れてしまいます」(奥さん)

家計分析では、息子さんの浪費で支出が多めになっている点も考慮しています。もちろん浪費癖は治したいものですが、その状況が続くとしても、約8000万円の資産があれば何とかなりそうです。そう説明すると、小林さんはこう答えます。

▼「資金が息子に渡っても計画的に管理できるとは思えません」

「それでも今はまだ私たちがお金の管理をしていますので、これぐらいで収まっているのです。私たちが死んで、まとまった資金が息子に渡ると、とても計画的に管理できるとは思えません。せめて、兄弟でもいれば息子の資産管理を頼めたのですが……」(小林さん)

ご両親は息子さんを信用していないようです。ただ、相続で息子さんに資産が渡れば、お金の使い方は本人の自由です。たとえ兄弟姉妹がいたとしても、息子さんの資産を預かってもらうことはできません。

成年後見という制度があります。判断能力が十分ではない人に代わって、家庭裁判所が選任した後見人が資産を管理してくれる仕組みです。息子さんは仕事をしておらず、ひきこもりとは言えるかもしれませんが、判断能力がないわけではありません。この制度の適用は難しそうです。

「子供に資産を残してあげたいけれども、それが心配の種なんです」(小林さん)

■「残した財産を子供にまとめて渡すのは心配で……」

親の残した財産を一度にまとめて渡すのは心配。できれば、生活費として少しずつ使ってほしい。そんな小林さんご夫婦の思いをかなえる制度として、「信託」があります。

「信託」は、資産を持っている人(委託者)が、その資金や運用の成果を渡したい人(受益者)のために、信頼できる人など(受託者)に、その資産を託す仕組みです。お金や利益を渡したい子や孫に直接渡すのではなく、信託銀行など資産管理をしてくれる人や組織に預けるところがポイントです。

資産の管理を任された受託者は、委託者(今回の場合、小林さん)との約束に基づき、受益者(同、息子さん)のために資産を管理・運用し、その資金や運用の成果を受託者に渡していきます。

委託者が「毎月10万円ずつ、渡してほしい」と依頼しておけば、その通りにしてくれます。親が死んだ後でも、子供は自由に引き出せません。それが逆に、継続的に生活費を得ること、そして計画的に使うことにつながります。

▼毎月○万円ずつ子供に渡してくれる「信託」

「信託」というと、運用商品である「投資信託」を思い浮かべる方が多いかもしれません。それも「信託」の一種ではありますが、ここで取り上げる信託の主な目的は、運用の成果よりも、資産が少しずつ渡るようにするという点になります。

では、万が一、受益者である子供が、すべての資金を受け取る前に亡くなったら、どうなるのか。信託では、その次の受取人も指定することができます。

信託銀行などの金融機関が扱っている「信託」には、いろいろなものがありますが、以下の商品は、お子さまが引きこもりや障がいがある場合などに向いています。

●遺言代用信託:親(委託者)が生きている間は、親がお金を受け取り、親がなくなった後は子供が受け取ります。いずれも、月額○万円という形で、定期的に受け取ることができます。

●特定贈与信託:特定の障がい者を受託者とする信託です。親子でもまとまったお金を渡すと贈与税の対象になります。この信託を利用した場合は、重度の心身障がい者については6000万円、それ以外の障がい者については3000万円までの贈与が非課税となります。

●後見制度支援信託:成年後見制度の利用と併用する信託で、家庭裁判所の指示書に基づき締結されます。判断能力がない人の場合は、成年後見人が財産を管理できますが、まとまった資金よりも定期的に資金が出るほうが扱いやすいでしょう。

●生命保険信託:生命保険の保険金が信託財産となり、定期的に受益者に渡るようになっています。

■非資産家でも利用可「信託」は元本保証で手数料はかからない

金融機関によって独自の商品名がついているものもあるので、内容をよく確認する必要があります。いずれも、元本保証で、手数料はかかりません。最低金額は商品や金融機関によって異なりますが、100万円程度から始められるものもあります。

信託する金額が小さければ、月々受け取る金額も小さくなります。しかし、それでも一定の金額が毎月受け取れるとなれば、心強いものです。しかも資産家でなければ利用できない、というわけではありません。

また、必ずしも金融機関の商品を利用する必要はありません。親族などが「受託者」となって財産を管理することもできます。当事者間で契約書を作成すれば信託契約は成立します。より確実にするために、契約を公正証書にしておくとよいでしょう。このような方法は「家族信託」と呼ばれることもあります。

小林さんご夫婦は、さっそく遺言代用信託の利用を検討することにしました。小林さんご夫婦が生きているうちはご自身が定期的に受け取り、おふたりとも亡くなった後は息子さんが受け取るようにします。今は、保有資産のうち、どの程度を信託にするかを検討しているところです。

(ファイナンシャルプランナー 村井 英一)