残業の上限規制のイメージ ※本文は4ページ参照

写真拡大 (全2枚)

 いつまでも終わらない仕事に、ミサイルが飛んできても休めない会社。パワハラ、職場いじめはしょっちゅうで、給料だって上がらない……。電通事件が衝撃を与えて以来、「働き方」に向けられる視線はかつてないほど厳しいというのに、ブラック企業にエサを与えるトンデモ法案が登場。サラリーマンもハケンも、パート主婦も知らなかったらヤバい、その怖すぎる中身と影響を徹底検証します!

一本化される「働き方改革関連法案」のイメージ

ブラック企業に国がお墨つき!? 再び甦った「残業代ゼロ法案」

「働き方法案」には、企業が、あの手この手で残業代を払わずにすむ『残業代ゼロ法案』が仕込まれている。

 まず、新たに導入を目指す『高度プロフェッショナル制度』(以下、高プロ)。労働問題に詳しい佐々木亮弁護士が解説する。

「高収入かつ、高度な専門職の労働者が対象です。平均年収の3倍以上、つまり年収1075万円以上で、専門性の高い職業に就いている人。具体的には、為替のトレーダー、研究職などが挙げられています」

 この条件に該当すれば高プロ導入後、労働基準法の保護からはずされてしまう。

「企業などの雇い主は、1日8時間、週40時間までしか労働者を働かせてはならないという規制がなくなり、残業代を払う義務もなくなります。残業代ゼロ法案と言われるゆえんです」(佐々木弁護士、以下同)

 このほかに労働基準法では、働く時間が6時間で45分、8時間では1時間の休憩をとらせなくてはならないと定めているが、この規制も及ばない。また、休日出勤や深夜労働したときの割増賃金も、払う必要がなくなる。

「休日も休憩も、労働時間も、雇い主がその責任を負うのではなく、労働者が自分の判断で勝手にやってくれということ。労働時間の上限がなくなり、企業は好きなだけ働かせることができるため、長時間労働の温床になってしまいます」

 政府がまとめた『働き方改革の実行計画』には、「柔軟な働き方」「多様な働き方」などのキャッチコピーが躍り、「時間に縛られない自由な働き方」の早期実現が掲げられている。高プロも、その一環だ。

「高収入で高度な専門職ともなれば、自分の判断で自由に働けるはず、というのが政府の考え。しかし実際は異なります」

 そう指摘するのは、労働ジャーナリストで和光大学教授の竹信三恵子さん。

「高収入でも高専門でも、組織や上司から命令されれば、言いなりになって働かざるをえない仕事はたくさんある。いちばんわかりやすいのが医師。高収入の高度な専門職ですが、過労死しています」

 新聞やネットニュースでは「働いた時間ではなく、成果に応じて賃金が決まる制度」と頻繁に報じているが、これも実際とは異なる、と話すのは前出・佐々木弁護士。

「成果で賃金を支払うなんて、法案のどこにも書いていません。法律ができたら可能になるような書き方をしていますが、あれは嘘。今だってできますよ、企業がやらないだけで」

 それでも高収入の専門職と聞いて、庶民には無関係な話と思うかもしれない。しかし安心はできない。こんな「前科」があるからだ。

「’07年に第1次安倍政権が導入しようとして断念した『ホワイトカラーエグゼンプション』は高収入の人を労働時間規制からはずす制度でしたが、’05年に経団連が出した提言では“年収400万円以上”が対象とされていました。今回の法案も、こうした経済界の意向を受けて今後、この水準の人まで広がるおそれはあります」(竹信さん)

 年収の条件ばかりではない。専門職といっても、明確に定められているわけではないため、拡大解釈される可能性が。

 佐々木弁護士は懸念を隠さない。

「前述した職業はあくまで例。具体的な職種が法律に書かれるわけではなく、省令で決まります。つまり国会審議を経ないで対象を拡大できる。1度作られたらどうなるか、労働者派遣法をみればよくわかります。1986年に施行された当初は13職種に限定されていたのが、いまやほぼ全面解禁です。高プロでも同じことが起きれば、誰もが無関係ではいられません」

営業職も対象に! 悪用必至な「定額¥働かせ放題」のワナ

 今ある「裁量労働制」という働き方の対象を大幅に拡大する、それがもうひとつの『残業代ゼロ法案』。またの名を『定額¥働かせ放題』という。

 竹信さんによれば、

「高プロと違って、労働時間規制の対象にはなるものの、例えば残業を2時間といった形で会社と約束し、その範囲内で、自分で判断して働いていいですよ、という制度。どれだけ長く働いても、あるいは短く働いても、あらかじめ決められた給料が支払われます」

 給料は変わらないのに、自分の判断で仕事から早く帰れるなんて、おいしい話に思えてしまうが、

「仕事量をすごく増やされてしまうと、同じ賃金でどんどん働かなければならない。長時間労働が社会問題化するなかでは、自分の判断で、仕事を早く切り上げられるという人のほうがまれでしょう」(竹信さん)

 その制度が規制緩和され、対象が大きく広げられてしまう。

「現状の裁量労働制はシステムエンジニア、デザイナーなど職種によって対象となるものと、事業活動の中枢にある労働者を対象とする企画業務型の裁量労働制があります。今回の法案では、企画業務型の対象が一部の管理職、いわゆる営業職にも広げられます」

 と佐々木弁護士。ここでいう管理職は、チームや部署でプランを立て、それを実行してチェックし是正する、いわば総合管理をするような立場。世の管理職はだいたいあてはまりそうだ。

 そして営業職は、ものを直接売るのではなく、企業などが相手の法人営業が対象。これも、ほとんどの営業職が入ってしまう。

「しかも、これには収入の条件がありません。年収150万円だろうと200万円だろうと該当するのが怖いところ」(佐々木弁護士)

 加えて、ブラック企業に悪用されるおそれもあるというから、たちが悪い。竹信さんが指摘する。

「一定時間は残業したとみなして給料を計算するわけですが、このとき、基本給を安く設定すれば、残業代を入れて、ようやく普通の賃金ぐらいになる。過労死裁判で、初任給19万円のうち、80時間もの残業代を組み込んであったという事例もあったほど。対象が広がればブラック企業はやりやすくなるでしょうね」

 そのため佐々木弁護士らブラック企業対策弁護団では、裁量労働制の対象拡大を、「ブラック企業に栄養を与える制度」として以前から批判してきた。

「裁量労働制にあてはまらないのに、会社が拡大解釈して社員に強制するようなケースもあります。本当は対象ではないのに、管理職や営業職なのだからと言って、裁量労働制を適用する。あるいは、実際の残業時間に見合わないような給料しか払わないとか」

 現行の裁量労働制でさえ同様の問題が起きて、裁判になっている。

「裁量労働制のもとに長時間労働をさせられて、うつ病になったから辞めたいと会社に言ったら、辞めさせないばかりか、反対に2000万円の損害賠償を請求してきたという有名な『AdD事件』があります。弁護士がよく話を聞いてみると、裁量労働にあてはまらないケースだったため、会社に1000万円の残業代を請求したんです」

 判決では、会社の請求は棄却され、残業代が認められた。とはいえ、職場で理不尽な思いをした誰もが裁判を起こせるわけではない。危ない法律は、やはり作らせないに限るのだ。

「同一労働同一賃金」でパートや派遣の給料も社員並みに?

 非正規雇用が働く人の4割にのぼり、女性に限れば6割を占める状況のなか、待望される『同一労働同一賃金』。同じ仕事ならば、正規・非正規にかかわらず同じ給料・待遇であるべきとの考えに基づくこの制度は、「働き方改革」の柱とも言われている。

 ところが、肝心の中身はというと、格差解消の期待に応えるものからはほど遠い。竹信さんが指摘する。

「正社員に出ている交通費が非正規にも出るとか、一部にいいところはあるものの、肝心の賃金が問題。それがまったく是正されないしくみになっています」

 法案では、できる仕事内容に応じて給料や待遇が決まる『職能給』や、成果に応じて給料が支払われる『成果給』の場合、正社員と同じ仕事内容だったり、成果を上げていたりするのに賃金が極端に安ければ、それを見直さなければならないとしている。

 勤続年数に伴い給料が増える『年功賃金』の場合も同様だ。

 このどれもが、非正規にとって現実的ではない。

「非正社員が職能給で評価されることはほとんどない。たいていが時間給です。成果給でもありません。年功賃金といったって、契約期間の定められた短期雇用が基本だから、正社員と年功が同じになるわけがない。しかも、それを会社が嫌だと思えば、契約の更新をやめてしまえばいいだけ。こんな同一労働同一賃金で格差が解消されるとは、とても思えません」

 また、このような基準を適用したところで「実際は上司の胸先三寸というのはよくある話」と竹信さん。

「もともと日本の正社員の賃金評価は主観的で、かなり恣意的です。会社に盾つくと減らされちゃう。だから、みんな従順になるわけですね。今回の制度は、そうした評価方法を非正規に広げただけ。仮に非正規への偏見を持っている上司の下で働いていたら、うだつが上がらないままです。もし安く働かせたいと思っている方針の会社だったら、非正規だけに難しい試験をやらせて、落としてしまうでしょう」

 このような制度は「同一労働同一賃金ではなく、同一労働同一義務」と竹信さんは手厳しく批判する。

 一方、欧米では、スキル・責任・労働環境・負担度の4項目で仕事を分析、それぞれ点数化して、正社員・非正規の間で比較するILO(国際労働機関)の評価方式を採用している。

「例えば、正社員はエクセルが使えないが、非正規はできるためスキルの点数は非正規が上。それなのに、賃金で大差がついている場合は、是正しなければなりません」

 具体的な仕事内容を数値化して比較するため、上司の主観が忍び込むのを防げるというわけだ。

 格差解消が求められるなか、公正という視点の欠けた、名ばかりの制度を作られても意味がない。

過労死ラインもOKの規制で長時間労働は正せるのか?

 電通事件をきっかけに長時間労働の規制を求める声が高まっている。世論の要請に加えて、長時間労働の是正は「働き方改革」いちばんの目玉。安倍政権の真剣さが問われるところだ。

 前述したとおり、会社が労働者を働かせていい時間として定められているのは法律上、1日8時間、週40時間まで。ところが、労働組合と雇い主が協定を結べば、1か月45時間、1年360時間の残業が可能に。

「これを『36協定』といいますが、さらに特別条項を設けていて、年6回、この上限を突破できる。忙しいときには45時間では終わらないだろうから、例外中の例外として認めますよという決まりです」

 と佐々木弁護士。ただ問題は、何時間までという上限がいっさいないこと。

「月160時間とか、180時間を働いていいとしている企業もある。例外として認めた場合の上限が、今はないわけです。それを作ろうというのが今回の法案です」(佐々木弁護士)

 法案のポイントについて竹信さんはこう話す。

「これまで法律で決められていなかった残業の上限が原則、月45時間、年360時間という縛りが罰則つきで定められ、法律に明記されることになりました。一応、法的な縛りができましたよ、ということ。でも、“きわめて忙しい時期”は1か月に限り100時間未満まで、2〜6か月で平均80時間までの残業も認めてしまった。これって、過労死すれすれの時間なんですよ。1か月で100時間程度、2〜6か月で平均80時間程度、残業して亡くなったら、過労死と認定されて労働災害になりますから。過労死寸前まで働かせていいと言っているのと、同じ意味になってしまう」

 また年間でも特例として、年720時間までの残業が認められた。しかも、これには「抜け穴」がある。休日出勤した場合の労働時間は含まれていないのだ。記事冒頭の図のように、年720時間に、規制の範囲内で、休日労働した時間を加えたら……、理論上、最大で年960時間は残業ができることになってしまう。

「こんな法案で規制できると思うなんておかしい。長時間労働の是正につながるわけがありません」(竹信さん)

 罰金30万円以下、懲役6か月以下の罰則を設けてはいるが、効果は未知数。そもそもなぜ、過労死リスクを伴うような規制を認めたのか? 佐々木弁護士は、安倍首相の発言による影響が大きいと言う。

「働き方改革の会議へ出席した際、安倍首相は、残業の上限時間について労使のトップで話し合い合意できなければ、法律を作らないと言ったのです。何の成果もなく帰るわけにはいかないと連合は妥協案をのんだ。首相がイニシアチブをとって指導すればよかったのに、そうしませんでした。例えば、目標を段階的に設定して、今は80時間だけど2年後には60時間に引き下げるとか、そういうマシなやり方もあったのに」

 かえってサービス残業が増え、「残業隠し」や「持ち帰り残業」が、さらに発生するかもしれない。

 さらに、女性にとって厄介なのは、家庭との両立が難しくなるという点だ。竹信さんが言う。

「人間って、1日ごとに休まないと健康を害してしまうし、場合によっては死んでしまう。それに仕事のあと、家事や子育てをやるには一定のまとまった時間が必要です。1日のうち働くのは何時間までという上限がなければ、仕事と家庭との両立は難しい」

 ところが今回の法案には、1日あたりの残業規制がほとんどない。

「EUで取り入れられている、1日の勤務終了後から次の始業時まで11時間は必ず間隔をあける『勤務間インターバル規制』が日本でも検討されていたのですが、結局、企業の努力義務になってしまった」

 と竹信さん。女性活躍が喧伝されたことで、「言われたままに女性たちが頑張ってしまう」と危惧する。

「長時間、働かされ続けると身体を壊します。そんなに長く働けないという人は非正規に流れ、頑張る人は過労死の危険にさらされる。電通やワタミの長時間労働で亡くなったのは女性でしたが、ああいった事件がもっと増えるのでは? 介護離職にも影響を及ぼすでしょう。女性活躍の真逆を行くことになる」(竹信さん)

誰のための改革で一括法案なのか?

 ここまで「働き方法案」の詳しい中身を検証してきた。どれひとつをとっても暮らしを大きく変えてしまいかねない重要法案。それをまとめて審議することに佐々木弁護士は、「雑すぎます」とキッパリ。

「働き方改革の理念は長時間労働をなくすこと。しかし議論の結果、上限を月80時間や100時間と定めた残業規制は、高度プロフェッショナル制度には適用されません。片方では規制しますと言いながら、もう片方ではリミッターをはずすことをやっている。これでは改革になっていません」

 一括審議することになれば当然、それぞれの法案を審議する時間が減る。竹信さんは、「法案をひとつのパッケージにすると、個々の細かい審議ができなくなる。安保法制のときと同じです」と指摘。

「企業の都合に合わせた“働かせ方改革”が実態。それでは票が取れないので過労死防止を付け加えた、だましの手法です」

 もう同じ手は通用しない。そう政権に突きつけてもいいころだ。