人望のないリーダーはどこがダメなのか

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武道の達人が「心技体」の揃った人物であるように、ビジネスパーソンも能力にバランスが取れていなければいけない。その結果は「人望」として現れてくる――。

■ビジネスパーソンに必要な七転八起精神

20世紀の社会は、主として欧米流の二元論的発想が中心になっていたと言えるのではないでしょうか。ビジネスの世界でも同様で「イエスかノーか」あるいは「右か左か」という二者択一の選択が求められがちです。しかしそれでは、物事の全体像を把握することができません。今回は「ヤジロベエ」の原理を借りて、これからのビジネスパーソンの理想像について考えてみます。

ご存じのように、ヤジロベエは中心軸の左右の重りでバランスを取っています。そのどちらかが重すぎると倒れてしまいます。二元論が過ちに陥りやすいのは、一方の価値観に偏ってしまうからにほかなりません。「木を見て森を見ず」という言葉のとおりです。

そうならないために不可欠なのが「大局観」だと考えます。具体的には、異なるさまざまな要素や正反対の価値観を同時に取り込むことです。その結果として、バランスが良くなり、全体最適の解決策が導き出せるようになります。

この発想のきっかけを与えてくれたのは、私どもの前身の会社や日本航空(JAL)で顧問をされていた方です。当時低迷していたJALの幹部に対して「君たちは全日空(ANA)に乗ったことがあるのか」と聞いたそうです。返ってきた答えは「ノー」でした。そのときに彼は「他社の航空機に乗らなければ自分たちの目指すべき方向性(サービスやクオリティーのレベル)がわからないだろう」と一喝したそうです。バランス感覚の大切さを伝えたかったのだと思います。

私は「大局観を持つには何を意識すればいいか」という質問を受けることがあります。そのときには「常識性」と答えています。これを備えている人は中立の立場で物事を判断できるからです。

ヤジロベエも、風が吹いたり、手で押されたりすれば揺れます。しかし、そうしたストレスに対しても、しなやかに釣り合いを取って元に戻ります。起き上がり小法師(こぼし)のダルマもそうです。七転八起で何度でも起き上がり、再チャレンジする。これからのビジネスパーソンには、そんな強靭さが必要です。

よく武道の世界では「心技体」といいます。心とは精神や心のありよう、技は技能や専門知識、体は第一印象や態度、その人の姿を差します。そして、これらは相互に関係し合うものです。心の円と技の円を描いたとき、重なり合う部分が体といってもいいでしょう。

どんなに卓越した技を持っていても、慢心や油断といった心の乱れがあれば、その技を活かしきることはできません。技を存分に発揮するには体が崩れないことも重要です。この3つが高い次元で融合してこそ、武道家であれば達人と呼ばれる域に達することができるのです。

このことは「リーダー論」にも通じると思います。リーダーの要件をひと言でいうと「フォロワーの存在」です。武道家の例にならえば、師範や師範代のような立場として認められるには心の落ち着き、技のキレもさることながら、それ以上に人望が求められます。

■組織で最も重視される人間関係

ビジネスパーソンも同じです。仕事への真摯な姿勢、周囲が認めるマネジメント能力に加え、志の高さがその人物を際立たせます。もちろんそれは、一夜にしてなるものではありません。日々の精進の積み重ねが自信となって現れ、信頼感を醸成するのです。

おそらく、周囲への気遣いや、部下への思いやりもあることでしょう。さらに、仕事の流儀でも、ガンガン儲かるような企画・アイデアがあったとしても、その社会性や将来性を勘案して「自分たちだけが儲かればいい」という選択はしないはずです。目前の利益も大切ですが将来の信用も同時に考えなくてはなりません。

お気づきかもしれませんが、これが「和の文化」に立脚する日本企業の働き方にきわめてマッチしているのです。なぜなら、そこで最も重視されるのが人間関係だからです。これができるリーダーは、社内だけでなく、どこへ行っても会社の壁を越えて評価されるのです。

つまり、心・技・体になぞらえた全体を取り巻くものとして、日本独自の和の思考方法を身に付けてほしいと思います。バブル経済の崩壊後、日本では国際化やグローバル化が叫ばれ、相次いで欧米流のマネジメントスタイルが導入されようとしました。しかし実際には、日本企業は思ったほど欧米化されていません。

もちろん、いまは激動の時代ですから、ダイナミックな経営戦略も必要でしょう。しかし、そこに心・技・体の調和したリーダーがいてこそ功を奏することを、私たちは忘れるべきではないのです。

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武元康明(たけもと・やすあき)
半蔵門パートナーズ 社長
1968年生まれ、石川県出身。日系・外資系、双方の企業(航空業界)を経て、19年の人材サーチキャリアを持つ、経済界と医師業界における世界有数のトップヘッドハンター。日本型経営と西洋型経営の違いを経験・理解し、企業と人材のマッチングに活かしている。クライアント対応から候補者インタビューまでを自身で幅広く手がけるため、全国各地を飛び回る。2003年10月にサーチファーム・ジャパン設立に参加、08年1月に社長、17年1月〜3月まで会長就任。現在、 半蔵門パートナーズ代表取締役。大阪教育大学附属天王寺小学校の研究発表会のほか、東京外国語大学言語文化学部でのビジネスキャリアに関する講演などの講師としても活躍。著書に『会社の壁を超えて評価される条件:日本最強ヘッドハンターが教える一流の働き方 』など。

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(半蔵門パートナーズ 社長 武元 康明 取材・構成=ジャーナリスト 岡村繁雄)