「決めたかった」と、首位攻防戦で好機を逃したことを悔やんだ久保。しかし、指揮官はそのプレーぶりを高く評価した。 (C) Getty Images

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 現地時間4月30日に行なわれたヘント対アンデルレヒト(ベルギーリーグのプレーオフ1第6節)のキックオフ直前、ホームのサポーターたちから「一か八か、賭けてみろ!」というチャントが沸き起こった。
 
 もし、この試合に2位のヘントが勝てば、首位アンデルレヒトとの勝点差は一気に2まで縮まる。それだけにヘントとしては、リスクを冒してもアンデルレヒトを倒したかったのだ。それを誰よりも願うサポーターが、チャントで自軍を後押しした格好だ。
 
  勝たなければならない一戦で、久保裕也にかかる期待は大きかった。プレーオフ開幕戦のクラブ・ブルージュ戦こそ、モーゼス・サイモンが2ゴールと爆発したが、ここ3試合はヘントの4ゴール中3つを久保が決めており、チームは彼への依存度を高めていたからだ。
 
 久保には、「試合から消えていることが多い」という指摘があり、時折、相手のカウンターに繋がりかねない不用意なミスパスもあるが、「決定力の高さ」という誰をも黙らせる武器があった。
 
 この大一番、久保は立ち上がりから巧みなオフ・ザ・ボールの動きで、味方のパスを引き出し、ビルドアップとチャンスメイクに関わり続けた。51分にはゴール前の嗅覚に溢れたスライディングシュートを放った。
 
 しかし、その後はチームとともに久保もトーンダウン。最終的には守護神ロブレ・カリニッチのセーブにも救われ、ヘントは、スコアレスドローで試合を終えるのが精一杯だった。
 
 残り4試合でアンデルレヒトとの勝点差は5のまま。ヘントが逆転優勝する可能性はきわめて低いと言わざるを得ない。久保は悔しさを滲ませながら「前半の最初は(自分に)すごくボールが来ていたし、チャンスもあったのでそこを決めたかったですね」と語った。
 
 記者会見場では、ハイン・ヴァンハーゼブルック監督が、「我々は全てを尽くした。前半はヘントが試合をコントロールしたけれど、後半は中盤のパワーを失った。1-1、2-2で終わってしかるべき内容だったが、(チャンスの数の割には)効率的でなかった」と分析。
 
 そこで、一人のベルギー人の記者が、「今日は、GKのカリニッチがとても効率的なプレーでしたね」と質問すると、突然、指揮官は久保の名前を出し「久保もとても効率的だった。ハードワークもしっかりやっている」と称えた。
 
 久保の“効率性”については、前節までの12試合で8ゴールを決めているうえ、プレーオフ1で、3試合連続ゴールを決めていたことで十分に証明されている。数少ない好機で、左右両足から放つ巧みなシュートテクニックでしっかりゴールの枠を捉え、得点を積み重ねる久保のことを、ヴァンハーゼブルック監督は高く信頼しているのだ。
 
 やがて、記者会見が終わり、私が壇上に座るヴァンハーゼブルック監督に近づくと、指揮官はビールを片手に、この日の久保について、さらに分析してくれた。
 
「裕也が後半、ボールタッチが少なくなってしまったのは、今日の中盤の組み合わせと関係があった。ヘントは怪我人が多く、セントラルMFの2人(ブレヒト・デヤーゲレとダニエル・ミリチェビッチ)は本職じゃなかった。
 
 この2人が元気なうちは、裕也もたくさんボールを触れたが、1時間経つと中盤はパワーを失なってゲームを作れなくなり、裕也にボールが来なくなったんだ。もし、(アンデルソン・)エシティがいたらヘントは90分間、試合のテンポを維持して、裕也ももっと活躍できたはずだ」
 
 さらに、ベルギー人指揮官は、チャンピオンズ・リーグで、16強入りを果たしながら、ベルギーリーグ連覇を達成できず3位に終わった昨シーズンを振り返って、こうも言い放った。
 
「2年前、ベルギーリーグで優勝したチームより、昨シーズンのヘントは良いチームだったんだ。私はこう確信するんだよ。『もう1年、裕也が早く来てくれて、シャドーストライカーとしてプレーしていたら、間違いなく去年も優勝していたはずだ』とね」
 
 試合は優勝が遠のく失意のスコアレスドローに終わった。それでも久保に対する寵愛の言葉が、指揮官の口からメロディーとなって溢れ続けていた。
 
取材・文:中田徹