浦賀駅周辺は坂の街。丘の上の住宅街は駅から目と鼻の先だが、実際に歩いてみると息が上がる。タクシーやデリバリーを利用したくなるお年寄りの気持ちが痛いほどわかる。

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■親世代が住み続け子ども世代は流出

窓から海が見える高台の家。憧れのマイホーム像の一つではなかろうか。

まして都心から1時間ほど、始発電車に乗れば、座って通勤通学ができるとなれば、住みたい街ランキングの上位入りしてもよさそうだが、現実は人口流出が全国ワースト1にもなったことがある。それが神奈川県横須賀市だ。

同市には株式を上場した1949年以来、一度も赤字を計上していない優良企業、京浜急行電鉄が走る。昨年3月、その京浜急行が2016年3月期の連結最終損益を40億円の赤字(前期は107億円の黒字)になると発表した。130億円の黒字予想から一転しての赤字見通しだった。

計画していた久里浜線の油壺までの路線の延伸と宅地開発事業について凍結を決定、棚卸し資産の評価損と減損損失が発生したためで、5月発表の連結決算では赤字幅が縮小されたものの、それでも30億1100万円の赤字だった。もっとも、この特別損出が足を引っ張っただけで、その後はV字回復したが、赤字転落については沿線の人口減との関係を指摘する声も上がった。

なぜなら京浜急行は、神奈川県内で最も人口減少が進む三浦半島を縦断する鉄道だからだ。15年国勢調査では、県内で最も人口が減少したのが横須賀市で、5年前と比べて1万1639人減(2.8%減)の40万6686人。同じ沿線の横浜市金沢区、港南区も同様の状態で、かつて巨大な開発で人口が右肩上がりだった沿線での人口減は深刻なレベルなのだ。小田原市に次ぐ3番目の人口減少地域である三浦市・油壺までの延伸を断念したのには、それなりの理由があるわけだ。

本線終点の浦賀駅周辺を散策してみた。密集する住宅街にもかかわらずハイキングのような気分がしないでもない。坂の途中で椅子にもなる買い物用キャスターに座り一休みされる方もいる。坂道からさらに急峻な細い階段の道を上って、丘の上の家に向かう人も。

ある古い団地に着くと、リタイアされた方が多く目につき、タクシーが棟の前に止まっては、買い物袋を持った足腰のしんどそうな方が降りてくる。スーパーのデリバリー車もやってきた。

どこかで見た風景に似ている。昭和40年代から巨大開発が始まり、いまだに集合住宅が供給される人口22万人の多摩ニュータウンだ。住人の高齢化が進むなか、きつい坂道を上らなくてはならないうえ、エレベーターがない集合住宅、団地内の小売店撤退などで買い物が不便になり、できることなら転居したいという声も多い。

多摩ニュータウンの限界集落化はメディアで紹介されることが多いが、地方の過疎地とは交通事情が根本的に異なる。実際、路線バス網に加え、最寄り駅と団地内を循環するコミュニティバスが通り、私鉄2線が乗り入れ、多摩モノレールもある。

なのにクローズアップされた理由は、多摩ニュータウンの最寄り駅から新宿駅まで最速30分程度で移動できるサラリーマンの夢のマイホームタウンで起きた「現象」の振れ幅の大きさだった。

本来の計画では、若くて健常な住人の所得が増すことで住み替えによって他のエリアに移る一方、手ごろな住宅価格、あるいは家賃、ほどほど良好なロケーションをもとめて新たな住人が流入してくると踏んでいた。

しかし、その新陳代謝は進まなかった。学識経験者、東京都、多摩市、UR都市機構からなる「多摩ニュータウン再生検討会議」のレポートは、限界集落化は住民の入れ替わりがうまくいかなかった理由として、高度経済成長が終焉し所得が思うように上がらなかったことや、バブル発生で住宅価格(家賃)が高騰し、住み替えようにもここ以上の条件の住宅が見つからなかったことを指摘している。

親世代の初期入居者はそのまま住み続け、子ども世代は通勤通学がより利便性の高いエリアに流出。眺めがウリだった高台が、高齢化とともに致命的な欠点と化しているのだ。横浜や横須賀のロケーションとよく似ている。

■人口減を見越してJR中央線が「減便」

では、都心を除いても、住みたい街ランキング上位、例えばJR中央線沿線などは安泰なのだろうか。実は東京駅から30キロメートルを超える立川駅以西や枝線ともいえる青梅線・五日市線沿線では、すでに人口減や空き家問題が顕在化している。そのあたりを見越してか、昨年のダイヤ改正からJR中央線、青梅線の一部が減便されているのだ。

毎年行われている地方移住のための相談会にも、東京西部の福生市、瑞穂町、奥多摩町などが合同でブースを出し、地方のような「空き家バンク」開設も含めて、地方移住を考える人たちに東京都内でのライトな田舎暮らしを提案している。新宿からJR中央線で30分圏内の小金井市でも、官民で空き家の有効活用を推進する会議がスタート。現在人口が増えている自治体でも、人口減への危機感を持っているのだ。

結婚、子育て世代の転入を促進するためにはどうしたらいいのか。

先日、東京郊外の賃貸集合住宅に暮らす何組かの子育て世代のサラリーマンが筆者に、持ち家はあるに越したことはないが、いくら金利が低くても30年以上先のことはわからないので、無理してローンを組むつもりはない、銀行に相談しても組めそうになかったので、子育ての過程で移住を含め柔軟に考えたいなどと話してくれた。「持ち家」に対する感情がどうも淡泊なのだ。

これが多数派とは即断できない。だが、ある地方の町の移住担当者の話を思い出した。子育て支援の一環として空き室の多い公営住宅を格安で提供、学費補助・医療費なども優遇した結果、住宅は埋まったが、子どもたちが成長し、支援終了時に次々と退去、町からも転出したというのだ。住民は「子づくり団地」と揶揄している。それでなくても苦しい財政事情のなか、せっかく投資しても出ていかれては自治体がますます疲弊していく。

予算のばらまきだけでは、人口の減少・流出は止められず、老人ばかりが目立つ巨大な住宅群が誕生していくかもしれない。自治体はますます智恵を絞らなければならないであろう。

(ジャーナリスト 三星雅人=文・撮影)