トランプが「好かれるオジサン」になった理由

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派手なパフォーマンス、人種差別やセクハラまがいの発言など、やりたい放題に見えるアメリカ大統領選候補のドナルド・トランプ氏。同じことを他の人がしたら嫌われるだけなのに、なぜこれほど人気を集められるのか? 「嫌われるオジサン」と、トランプ氏の違いを、「男性学」の第一人者である武蔵大学社会学部助教の田中俊之さんに聞いた。

■「決めてくれそうなオジサン」トランプ

嫌われるオジサンの3大要素は、「乱暴・不真面目・大雑把」。似たような価値観を持った男性ばかりの世界で、仕事だけにまい進して年を重ねた人たちに見られがちな傾向だ。これまでは、会社の中でも外でも幅を利かせてきたが、最近では周りに不快感を与えるだけの存在となってしまった。今は、価値観もバックグランドも多様な人たちが、お互いを思いやりながら共存していこうという社会。好まれているのは正反対の「やさしい・真面目・細かいことに気がつける」男性たち。ここに、清潔さやおしゃれさなどもつけ加えることができるかもしれない。

トランプ氏は、人種差別や女性蔑視などの、過激で無神経な発言を繰り返している。一見、嫌われるオジサンの要素にしっかり当てはまりそうなのに、一部の人からは熱狂的な支持を得て、共和党の大統領候補に指名までされた。それは、トランプ氏に、オジサンの“嫌われ要素”を上回る「物事を決めてくれそう」という魅力があるからだろう。

また、トランプ氏にはユーモアがある。例えば、ベトナム戦争で功績を立てたとして英雄視される共和党のジョン・マケイン上院議員が捕虜だったことに触れて「捕虜にならなかった人の方がすごいと思う」と皮肉ったというように、おもしろいことは頭が良くないと言えない。頭が良いからこそ、現実をいろいろな角度から見ることができ、そこからおかしみを提示できるのだ。

一方、「乱暴・不真面目・大雑把」なだけの、嫌われるオジサンにはユーモアがない。現実が一つの角度からしか見えていないので、セクハラや人を中傷するような暴言で、無理矢理周りの笑いを取ろうとする。社会学者のピーター・L・バーガーは次のように述べている。「ユーモアの欠如は一つの知的ハンディキャップということになる。それはある種の洞察の可能性を遮断するばかりか、おそらく全体としての現実に近づくことを妨害する。だからこそユーモアに欠けた人間は憐れむべきである」。トランプ氏は、単に「乱暴・不真面目・大雑把」なだけではなく、ユーモアがあり「決めてくれそう」なオジサンなのだ。

■複雑で不安、だからトランプ

なぜ、「決めてくれそう」だと、多少乱暴で大雑把でも人気が出るのだろうか? 背景にあるのは、今のアメリカが抱えている「不安」にある。貧しい人々はもちろん、お金持ちであっても将来に不安を抱えている。グローバル化やテクノロジーの進化など、社会はものすごい勢いで変化しているし、どんどん複雑になっている。多くの人は、変化にどう対応していいか分からないでいる。

トランプ氏が、オバマ大統領の後に出てきたというのも興味深い。オバマ大統領は「乱暴・不真面目・大雑把」とは正反対で、非常に知的でスマート。「やさしい・真面目・細かいことに気がつける」タイプだった。そして、知的であるからこそ、複雑な世の中を複雑なままに国民に見せ、「あなたがた一人ひとりも考えて」と判断させようとしてきた。しかし、先行きが不透明な社会情勢を冷静に理解して、自分で判断して決めるのは、多くの人々にとって簡単ではない。オバマ大統領に対する反動で、トランプ氏という「決めてくれそうなオジサン」に、魅力を感じているという部分もあるのではないだろうか。

トランプ氏は、理屈ではなく直感に訴える。ワンフレーズで分かりやすく話し、結論もシンプル。すべてを決めてくれる。「TPPのせいで、国内の雇用がなくなる。だからTPPからは離脱する」「イスラム教徒がいるからテロが起きる。だからイスラム教徒はアメリカに入国させない」……。世の中は、「AだからBになる。だからAをやめればBにならない」と、シンプルに表現できるほど単純ではない。しかし、「こうすればこうなる」という単純化したメッセージは、聞く人の願望をかきたてる。「スポーツができればモテるはず」「痩せれば幸せになるはず」という安易な考え方と、根は同じだ。

異なる意見を持つ人たちが話し合って結論を導き出す民主的なやり方というのは、理想ではあるが面倒くさい。飲み会でも、誰かが「場所は予約しておいたよ。コースで飲み放題付き、一律4000円」などと決めてくれると楽だ。しかし、実は参加者一人ひとりを見ると、お酒を飲まない人もいるし、食べ物の好き嫌いもある。ベジタリアンや、宗教上の理由で食べられないものがある人もいる。タバコを吸う人、吸わない人もいて、店1つ決めるのもややこしい。世の中は複雑だ。複雑で不安な生活に疲れると、つい、トランプ氏のように、決めてくれそうなオジサンに頼りたくなってしまうというわけだ。日本人も、長時間労働なのに給料は下がるばかりで、みな疲れている。そう考えると、日本にも「トランプ」が生まれる要素はたくさんある。

■これからのリーダーに求められるものとは

オバマ大統領や、トランプ氏を見ていると、これからのリーダーに求められるものが見えてくる。複雑なものを、複雑なままで見せても、誰も理解しないし、共感もしない。それどころか、理解できないので人々の間には不安ばかりが広がってしまう。その結果、反動から、より分かりやすく、トランプよりもっと極端な「決めてくれるオジサン」に流れてしまう危険もある。

複雑で不安な世の中で、これからのリーダーに求められるものは、論理をかみくだいてやさしい言葉で伝えられる力と、相手の感情をくみ取る力だ。複雑な現状を、誰にでも分かる言葉で語れないと、人々はそっぽを向いてしまう。極端で一見相いれなさそうな意見であっても、耳を傾けて対話をし続けることができる力も必要だ。ユーモアがあるとなお良いだろう。ユーモアがあれば、過激な表現をしなくても、人は耳を傾けてくれるものだ。

 

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田中俊之(たなか・としゆき)
1975年、東京都生まれ。武蔵大学社会学部助教。博士(社会学)。武蔵大学・学習院大学・東京女子大学非常勤講師を経て、2013年より現職。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から、男性の生き方の見直しをすすめる論客として、ラジオ、ネットメディアなどでも活躍。著書に『男性学の新展開』(青弓社)、『男がつらいよ―絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社プラスα新書)他多数。

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(武蔵大学助教 田中俊之 構成=大井明子 撮影=向井渉)