安田顕はどう演じるか『俳優 亀岡拓次』

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本日(2016年1/30)から全国公開される映画『俳優 亀岡拓次』(監督:横浜聡子、主演:安田顕)


戌井昭人による原作小説『俳優・亀岡拓次』(以下、『亀岡』)は昨年末に文庫化され、『のろい男 俳優・亀岡拓次』(以下、『のろい男』)という続編も同タイミングで刊行された。

撮られて、歩いて、酒を飲む


主人公・亀岡拓次は、映画俳優である。職業柄、撮影のために全国を旅する。1作目も2作目も、彼が撮影で向かった地での出来事を描く。

亀岡とはどんな人物か。

37歳(『亀岡』での設定。3年後に書かれた『のろい男』では40歳になっている)、髪の毛は天然パーマ、頭部が少し薄い。未婚・恋人なし。趣味はバイクでのツーリングと酒。

いわゆる脇役俳優であるため、世間での認知度は「どこかで見たことがあるような……」という程度である。しかし、味のある演技をするため、監督やプロデューサーの覚えがよく、仕事は尽きない。海外でもカルト的な人気を誇り、時折海の向こうからも出演オファーがある。演じる役は、下着泥棒、保育園の用務員、落武者に殺し屋と多岐に渡る。

そんな亀岡の日常は、主に「撮影」「ブラブラする」「酒を飲む」で構成されている。けっして派手なものではない。だが、場所も変われば日常も変わり、出演する映画が変われば現場の様子も変わるもの。出会いもあれば、トラブルだってある。

気になる居酒屋の女性に紙オムツを穿いて会いに行ったり、キスシーンの撮影で興奮して、相手のスカートに手を突っ込みそうになったり、ピリピリする現場を和ませようと、近所の山に山菜を採りに行き遭難しかけたり、ちょんの間で泣きながら婆さんのおっぱいを吸うことになったり、イヤミな衣装チーフの持つバッグに印刷された「MHL.」(ブランド名)という文字を見て「やはり衣装のおばさんだけあって、身体のサイズを示しているのだろうか? でも真ん中の『H』ってなんだろう、細いってことだろうか?」と考えたり、めったに出ることのないテレビドラマの現場では、イカれたテンションのプロデューサーによる狂気の場面に出くわしたり……。

優れた人間観察眼から生まれる「味わい」


こうした「波乱万丈」というにはいささか地味かもしれない、脱力系エピソードが光るのは、亀岡のちょっぴり情けなくも愛らしいキャラクター、つまり「人の魅力」があってこそ。そして、それは亀岡だけにとどまらない。彼と、彼と交流するさまざまな人々が持つ「味わい」こそが、この小説を駆動しているのである。

著者の戌井昭人は、芥川賞候補作『まずいスープ』(新潮文庫)では自身の父親をモデルにし、浅草を舞台にした人情小説『松竹梅』(リトルモア)執筆時にはじっさいに浅草に住むなど、これまでも実体験を小説に反映させてきた。戌井の描く人間の魅力は、彼の持つ優れた人間観察眼によるものだと筆者は考えている。

『のろい男』に、過去に書かれたエッセイにも登場する「箸で食パンを食べる競輪場の老人」が再び出てきたり、亀岡の家が、戌井の実家のある京王線沿線だったりすることなどから、どうしても亀岡と戌井が重なって見える。もし「亀岡=戌井」だとするならば、『亀岡』 『のろい男』の魅力的な登場人物にも実在のモデルがいるのではないかーー? つい、そんなことを想像しながら読んでしまうのであった。


そんなわけで、気になるのは、俳優が原作の個性的なキャラクターをどう演じるかだ。
特に、主演の安田顕が、亀岡の情けなさとチャーミングさをどれだけ我が物にできるかは、ひじょうに楽しみである。
(辻本力)