久保の全成績と巨人の順位

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在籍13年で6度のリーグ優勝も…G退団の35歳が秘める思い

 原辰徳前監督が去り、高橋由伸新監督を迎えた巨人が新たなスタートを切ろうとしている。そして、同じタイミングで球団を去る男がいる。2002年のドラフト会議、自由獲得枠で巨人に入団した久保裕也投手だ。

 13年間プレーしたジャイアンツのユニホームを今年、脱ぐことになった。ドラフト1位扱いの選手でも、苦しいチームを支えた万能投手でも、世代交代や体力の衰えには勝てなかった。現役続行の意欲があり、新たな活躍の場を求めている。

 新人時代から先発、中継ぎ、クローザーとあらゆるポジションをこなした。2010年には球団史上最多となるシーズン79試合に登板。2011年には抑え不在でストッパーとなり、20セーブをマーク。器用なピッチャーの存在はチームにとって大きかった。

 しかし、近年は股関節や右肘の負傷、手術があり、リハビリ生活が長かった。ようやく復帰への希望が持てた時、戦力外の通告を受けた。35歳の秋だった。

 久保が在籍した2003年からの13年間、巨人は6度のリーグ優勝を遂げている。しかし、久保は苦笑いをしながら自分の足跡を見つめた。

「1度もないんです。頑張って優勝したんだ、という年が。胸を張って、優勝に貢献したという1年がなかったというのが本当に心残りです」

今年こそ、の思いも1軍出場なし、見据える再出発「気持ちがゼロになるまで野球がしたい」

 前述した2010年、2011年はリーグ優勝を逃している。「自分が良かった年ほど優勝していなかった。だから、今年は!という思いもあったんですが、投球が落ち着き、自分の思うように投げられるようになったのがシーズンの終盤でした」。今季1軍出場はなく、そう悔しがった。これまで巨人の投手陣を支えてきた存在だったが、人知れず、苦悩との戦いだった。

 夏場くらいからピッチングに手応えを感じてきた。10月3日に行われたファーム選手権でも登板し、1イニングを無失点に抑えた。「諦めることはいつでもできると思うんです。自分の気持ちがゼロになるまで野球がしたい。色んな戦いが待っていると思うけど、これも自分への試練。新たな挑戦としてやっていきたいと思っています」と野球への情熱は冷めてはいない。

「限界まで頑張ります。野球が好きなので」

 男はそう言い残し、巨人を去った。今度はジャイアンツを抑えること、それから心の底から優勝に貢献したと叫ぶことが目標となる。いくつも経験した苦労と喜びが若手選手への手本となっていくだろう。複数の球団が興味を示しているという。ベテランが下す決断とこれからを見守りたい。