(写真1)『鈴木さんにも分かるネットの未来』川上量生(岩波書店)

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『鈴木さんにも分かるネットの未来』という本。「鈴木さんって誰?」って感じだが、スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんのことだ。

著者・川上量生さんは、ドワンゴの会長として有名だが、2011年から鈴木敏夫の見習いとしてジブリにも入社している。実際に「風立ちぬ」などの作品には「プロデューサー見習い」として携わっていた。

その師弟関係の中で与えられた仕事の1つが「ネットとはなにか、書いてくれ」ということだった。「ネットのことをなにかにつけて頻繁に聞いてくる割には、説明を始めるとすぐに飽きてしまう」という1948年生まれの鈴木敏夫。納得させるのは大変そうだ。

先に本書内容を説明すると、「お年寄り向けのインターネット解説」ではない。そういう使い方もできるかもしれないが、あくまで「鈴木さん向け」だ。

定額制配信などのさまざまな要因によって、どんどん利益の減っていくコンテンツ制作。逆に支配力を増していくアマゾンやアップルなどのプラットフォーム運営について。自由に国境や法規制を超えるビジネスや貨幣について。コンテンツや制作に関わる人が、「今よりも更に一歩クリアに認識しておきたい」テーマばかりだ。

例えば、「無料コンテンツが広告収入で成り立っている」という、ネットでは当たり前のビジネスモデル。これについても、理屈を説明できる人は意外に少ない。

たとえば100万円かけて作られたコンテンツがあったとして、それを赤字にしないためには、100万円の売り上げが必要だ。それはどんな商売でも同じ。だけどその100万円を広告から得るということは、広告の商品が100万円の利益を上げる必要がある。つまり100万円のコンテンツの原価を得るために、広告商品が200万とか500万とか、とにかく100万円の数倍、コンテンツを見てる人が買う必要がある。それが「コンテンツを直接売らない」ということ。

1話のアニメに30円払うのではなく、0円で観るかわりにその人は3000円分、CMに出てくる服やハンバーガーを買っていて、服屋やハンバーガー屋が広告代理店に払った広告費の一部の30円がアニメ制作に届くというやり方だ。

こういうことがいちいちしっかり分かると、いかにコンテンツ制作現場にお金が回りにくい世の中になってきているか痛感できる。曖昧な概念を取り払って、「ふわっと」ではなく「ずばりしっかり分かる」と、今後が見える。

ネット用語は「横文字」なだけでなく、意味が曖昧だったり複数の意味で使われたり、結局意味がなくてバズワード化することも多い。著者はそういう「こけおどし」や「ハッタリ」を排して解説。そして、「じゃあなぜネットはそういうハッタリに満ちたまま発展する必要があったのか」、過去から現在までの説明が分かりやすい。

インターネットは「新大陸」のように幻想を持って語られることが多かった。web2.0だとか、クラウドだとか、新しい概念を明るい展望とセットにし、右肩上がりのビジョンを革命のように訴える「ネットをビジネスにする人たち」。ネットでは何度もそういうことで大型の資金調達が可能になり、成功者やバブルが発生してきた。

「こういう場所だからこういうことが起こってきた」という過去の分析に妥当性があるので、現在のネットについての説明に妥当性がある。だから未来についてもある程度言える、という感じだ。未来について分からないことは分からないと書くし、複数の可能性について検討している。

若い世代のネットユーザーについて、集合知について、ビットコインについてなど、さまざまな分野についてネットが分かる。「若者の話についていく」みたいなレベルではなく、「アマゾンにつぶされない町ってどんなだろう」「映画のチケットの適正価格っていくらだろう」そういうことに関心がある人にも、改めてネットを俯瞰するためにおすすめの本だ。新書版、Kindle版があり。
(香山哲)