『コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと』(川上量生著、NHK出版新書)

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「テレビ離れの時代」と言われ番組制作者が頭を悩ませる中、スタジオジブリのアニメはいつも高視聴率を連発する。『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』は30年ほど前の作品だし、テレビで何度も再放送されているのにも関わらずだ。いったいなぜなのか。

その謎を解くヒントになるのが『コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと』だ。ニコニコ動画で知られるドワンゴの会長で、スタジオジブリで約2年間、鈴木敏夫の弟子として「プロデューサー見習い」をしていた川上量生が、コンテンツとは何かを考えた書籍が発売された。

キーワードは「情報量」



本書では、ふわっとしたイメージで語られる「コンテンツ」を言葉で定義し、理論的に追求していき、時には現場の製作者に川上が仮説をぶつける。川上が注目したのはアニメの現場で頻繁に使われるという「情報量」というキーワードだ。「このカットは情報量が多い」などと使われるらしい。

鈴木敏夫に情報量とは何かを質問すると「絵の細かさです」と返ってきたという。それに続けて、
ジブリの映画は情報量が多いから、いちど見ただけじゃ理解できないので、なんども映画館に来てくれるし、何回、再放送しても視聴率が下がらないんですよ」
と答えたそうだ。

なるほど確かに感覚的に理解できる説明だ。ものすごい量の線の描きこみで、絵がどんどん動くから、あのシーンはどんな内容だったっけとなる。
だが、川上は情報量が多い絵のほうがウケるということなら、実写はもっとも情報量が多いではないかと疑問を抱く。
「もし、情報量が多いから何回見ても飽きないというなら、なぜ、同じことが実写映画やジブリ以外のアニメでは起きないのでしょうか」

そこから、川上は情報量を「主観的情報量」と「客観的情報量」に分け、似顔絵などを例に挙げながら人間の脳の認識方法にまで踏み込んで論を展開していく。要約すると、実写だとしても脳が必要な情報以外を切り捨てている可能性があり、むしろ宮崎監督の描く絵のほうが主観的に捉えられる情報量が多いという。また、そもそも人間の認知できる情報量は少ないが、ジブリは情報の配置がうまいから主題をはっきりさせた状態で、さまざまな要素を画面に入れ込める、ということらしい。

「さまざまな情報がつめこまれていても、それがぶつからないようになっているので情報が増えすぎて逆に混乱するということがありません。だから何回見ても違う情報が引き出せてなかなか飽きない。それがジブリ作品の特徴なのではないでしょうか」

「分かりそうで分からないもの」


エキサイトレビューでもジブリアニメを扱った記事は人気だ。特にあの名作の裏設定、考察などの切り口の記事はSNSで拡散される。たとえば『今夜金曜ロードSHOW「千と千尋の神隠し」7つの謎、舞台はほんとに風俗産業!?』といったもの。ジブリアニメを楽しみつつも、心のどこかに「あれはどういう意味なんだろう」といった疑問や違和感が多くの人にあるのだろう。

このあたりは『コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと』の第3章に関連ありそうだ。川上はジブリに通い始め、最初に思いついたコンテンツの定義が、「分かりそうで分からないもの」だったという。コンテンツがワンパターンにならないための”引っかかり”を作るテクニックの例として、宮崎監督が『崖の上のポニョ』制作時にあえて上手な線を描かないよう指示を出していたというエピソードが紹介されていた。

本書ではコンテンツとは何かを突き詰めていき、最終的にクリエイターがどのようなことを考えているか、天才とは何か、オリジナリティとは何か、までを定式化するが、その言葉はあまりにも身もふたもない。ジブリアニメをはじめとするコンテンツの謎を「理系的」に解き明かしてしまう。

(小島カズヒロ)