「勝つときは少々汚くてもいいが、敗れるときは美しく」。名言は世の中に数多く存在するが、直に耳にした中ではこれが一番になる。ヨハン・クライフがバルセロナの監督時代に発してくれた一言だが、その瞬間、頭の中に整理されていた諸々の順番を、一変させられた記憶がある。

 あらゆるものに通じる人生訓として受け止めているが、やはりサッカーという競技にはとりわけしっくりフィットする。運が結果に絡みやすいスポーツ。タラレバ話をしたくなるスポーツ。勝利と敗戦が紙一重の関係にあるのがサッカーの特徴だ。
 
 そして「大会」では、1人(チーム)を除くすべてのチームが敗者になる。テレビは勝者をデンと真ん中に映し出すが、すべてが見通せる現場では、おのずと敗者の姿も目に飛び込む。その頻度の方が圧倒的に多い。

 W杯や五輪は、世界一を決める大会ではあるが、一方で負け方を競うコンテストだとも言いたくなる。惜しい敗者は、勝者と同じくらい、あるいはそれ以上のものとして人の心に記憶される――とは、なにを隠そう、僕のオリジナルではない。欧州のサッカー取材を通して、現地の人たちから聞かされた話を受け売りしているに過ぎない。

 そう言われて初めてなるほどと思ったワケだが、サッカーには、負け方を競うコンテストという考え方は、とりわけあてはまるように思う。優勝したチームより、準優勝に終わったチームに好感を抱くことは珍しくない。準々決勝で消えたチームに最も好感を抱くこともある。サッカーは勝利至上主義によって覆われているわけではない。
 
 五輪で一番分かりやすいのは、惜しくも敗れた銀メダリストだ。今回のロンドン五輪をすべて見たわけではないけれど、「なでしこ」は間違いなく惜しい銀の上位に来るチームだと思う。
 
 決勝の対アメリカ戦は名勝負だった。日本のサッカー界で名勝負といえば、1にドーハの悲劇といわれるイラク戦、2にジョホールバルで勝利したイラン戦を連想するが、この「なでしこ」のアメリカ戦も、そこに並び称せられる一戦になると思う。
 
 敗れたけれど、敗れた気にならない試合。ショックの少ない試合。よくやったと拍手を送りたくなる試合。「柔よく剛を制す」の精神が最後まで発揮された試合だ。「なでしこ」はまさに「敗れるときは美しく」を地でいくようなサッカーを見せた。
 
 小さな身体の「なでしこ」が、大きくて速いアメリカを、細かな技術とステップワークを駆使しながら、ジワジワ追い込む姿は痛快この上なかった。それは勝利に匹敵するほど、観戦者を痺れさせた。
 
 ただ、一つ注文をつけるとすればメンバー交替になる。メンバー交替への期待感は、最後まで見いだせなかった。途中交替で有機的な動きを見せた選手は田中明日菜1人。これは6試合戦うつもりでいたチームにしては、いかんせん寂しすぎる。準備不足、アイディア不足と言われても仕方がない。
 
 決勝戦で鮫島彩に替わり投入された岩淵真奈は、1度決定的なシュートを放ったが、チームの中でどう機能するのか見えないままに終わった。大野忍に替わった丸山桂里奈もしかり。起用法に戦術的な裏付けは見えなかった。その時、テレビの解説者はエッと絶句したほどだ。大野をベンチに下げることへの抵抗感を露わにしていたが、多くの人もそうだったはずだ。この選手交替は、むしろ日本の流れにブレーキを踏んだ。最後の最後に失速を生んだ。僕の目にはそう見えた。
 
 先発の11人とサブとの間に存在した大きな差。敢えて敗因を挙げるならここになる。佐々木監督は18人のメンバーを巧く使いこなしたとはいえないのだ。誰がどういう状況になったら出てくるのか、最後まで見えなかった。フランス戦で終盤ドタバタになってしまった原因も、メンバー交替を巧く決められなかったことにある。選手のプレイには驚かされたが、監督采配には残念ながら驚けなかった。
  
 メンバー交替も巧くいき、やるべきことをすべてやり尽くした上で敗れたのなら「なでしこ」は、完璧なる「美しい敗者」になっていただろう。「負け方コンテスト」で、堂々金メダルに輝いていたと思う。
 
「なでしこ」の次期監督が誰になるのか知らないが、そのプレッシャーは相当高いものになると思う。金メダル候補の選手と、釣り合いがとれる指導者は日本にそう多くいない。
 
 求められる監督のレベルは確実に上がった。惜しくも4位に終わった男子チームもしかりだ。これまでのような監督の決め方では済まされない状況になっている。日本のサッカーに少々贅沢な新たな悩みが浮上した。
 
 ともかく、日本が目指すべきはなでしこの戦いだ。見る側を痺れさせるサッカー。たとえ敗れても敗れた気にさせないサッカー。「柔よく剛を制す」のサッカー。負け方コンテストで金メダルが取れるサッカーだ。2014年W杯で見たいサッカーになる。少なくとも収めた成績を上回る好印象を、世界に与えることができれば、僕的にはそれでオッケー。それができれば、それなりの成績が付いてくるはず。僕はそう思う。