図5 厚生年金の積立金は2033年に枯渇

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若い世代にも「老後心配性」は多い。しかし、実態がわからないものに不安になるのはナンセンスである。その正体を見据えながら今できることを考えてみよう。

現役世代の年金不信が広がっている。10年度の国民年金保険料の納付率は59.3%(免除者も含めて計算する実質納付率は42.1%)となり、3年連続で過去最低を更新。若年層ほど納付率は低くなる傾向が強く、最低は25〜29歳の46.6%だった。

「国が年金制度を維持する限り年金がもらえなくなることはない」と経営コンサルタントの岩崎日出俊氏はいう。しかし給付金額が大幅にカットされるのではないか、年金支給年齢が大幅に引き上げられるのではないかという不安がつきまとう。

社会保障論が専門の学習院大学・鈴木亘教授が「現実的な条件」で試算したところ、厚生年金の積立金が33年、国民年金の積立金が37年に枯渇するという結果に(図5、6)。それなのに厚生労働省は04年の年金改革で「100年安心プラン」をぶち上げた。年金保険料を支払う現役世代が減少する少子高齢化を考慮しても100年間は年金制度が維持できる根拠は「運用利回りを4.1%という高利率に設定しているからです。それが100年近い期間、複利で回るという試算には無理がある」と鈴木教授。確かに超低金利が続く今現在、4.1%という運用利回りは机上の空論になっている。来年も再来年も無理だろう。

対して、鈴木教授が前提とした「現実的な条件」とは、運用利回り(名目利子率)を市場が予測している40年もの国債の利回りにあわせて2.1%とし、賃金上昇率(名目賃金上昇率)を1.5%(日銀「展望リポート」による潜在成長率+物価上昇率)、物価上昇率1.0%(04年改正時の想定値)、人口推計は06年版の新人口推計を使い、物価変動に合わせて年金額を改定する「マクロ経済スライド」を12年から48年まで適用するというものだ。

「仮にこの先好景気となって賃金上昇率が2.0%に引き上げられたとしても、厚生年金が37年、国民年金は43年に枯渇します。状況はかなり深刻です」(鈴木教授)

こうした状況に陥った背景には「積立金の取り崩し」があると鈴木教授は語る。

06年の時点で149.1兆円あった積立金は、11年度末には112.9兆円まで減る。この5年間で40兆円程度を取り崩したことになるが、なぜ積立金を取り崩さなければならないのか。それは基礎年金財源の半分を国庫負担として税金に頼っている状況があるからだ。

国庫負担率は09年に3分の1から2分の1に引き上げられた。だが引き上げ分の2.5兆円分の財源のめどがつかず「積立金の取り崩しで賄っているのです」(鈴木教授)。

11年度は「埋蔵金」でなんとか財源を確保したのだが震災復興の1次補正予算に流用され、やむなく積立金の取り崩しが行われている。

しかし積立金の取り崩しは2.5兆円にとどまらない。毎年5兆円から6兆円ずつ取り崩され、11年度は9兆円に膨れ上がっている。国庫負担率を引き上げたのに、なぜ不足しているのか。鈴木教授によると、9兆円のうち6兆円はマクロ経済スライドが発動できないこと、保険料収入が低いことなどが原因だという。

■「高齢者に配慮」の恐るべきツケとは

デフレ下でマクロ経済スライドが発動されていれば年金給付額が減額されるはずだが、政府は「高齢者に配慮する」として、00〜02年度のデフレに伴う引き下げを見送った。その後も物価の低迷が続いたことから、11年度は本来の水準よりも2.5%高い「特例水準」になっている。このことが行政刷新会議の「提言型政策仕分け」で取り上げられ12年度から3〜5年かけて解消していくことになった。

特例水準の見直しは積立金取り崩し問題に対しては有効だが、これで年金が抱える深刻な問題が解決に向かうわけではない。深刻な問題の元凶は、現役世代の納めた保険料が「積み立て」られず、リタイヤ世代に即給付されてしまう「賦課方式」にあると鈴木教授は指摘する。

現役世代が多く、高齢者が少ないピラミッド型の人口構成であれば、現役、リタイヤどちらの世代にとってもこの方式が得なのだが、現在の逆ピラミッド型では少数の現役世代が多数の老後の世代を支えなければならない。年金や健康保険などの社会保障費は保険料だけではまかなえず税金も投入されているので、現役世代には2重3重の負担がかかっている。

「この場合に重要になるのは、現役世代という支え手に対して高齢者がどれくらいいるかという割合です。現在は3対1ですが、23年には2対1になってしまう。団塊の世代という大きな“こぶ”が高齢者側に回るからです」(鈴木教授)

■世代間不公平は5000万円以上!

世代間の不公平の大きさは数字にしてみると想像以上に大きいことがわかる。厚生年金の場合、約3000万円の納め得になる1940年生まれと、2370万〜2840万円の納め損になる2010年生まれとでは、差額が5000万円以上にも達する(図7)。

支え手の減少はその後も急速に進み、現役対高齢者の比率は40年に1.5対1、60年に1対1となる。現役世代1人が高齢者1人を支える状況を想像できるだろうか。欧州では200年かけて進行している高齢化が、日本では1代のうちにやってくる。世界の誰もが経験したことのない光景が日本に広がるのだ。

保険料の引き上げ、税金の投入には限界がある。そうなると年金支給年齢を引き上げるしか打つ手がなくなる。30代、40代の現役世代は、年金受給年齢が68歳どころか70歳に引き上げられることも覚悟しなければならない。

■70歳まで引き上げで1380万円の損

本来65歳からもらえるはずの年金が3年、あるいは5年先に引き延ばされたら、どれだけの損失を被るのか。現在、公的年金の平均給付額は23万円程度(夫17万円、妻6万6000円)である。65歳から68歳に引き上げられた場合、「消える年金」は828万円、70歳までの場合では1380万円にもなる。政府・厚労省からみれば、その莫大な金額が積立金に残るのだから、引き上げは必須だろう。

仮に70歳まで引き上げられた場合、年金をほとんど受け取れずに死亡してしまう「納め損」が多数発生するのではないか、という声は多い。60代で死亡する例はあまり聞かないが、平均寿命が延びる中でも70代で死亡する例は珍しくない。

しかし岩崎氏は「納め損は現在でもある問題」だという。「60歳支給の今でも、59歳で亡くなった人は20歳から59歳まで納めてきた年金保険料がムダになる。遺族がいない人は遺族年金もない」。しかし長く生きることを「リスク」という視点で見ると景色が変わる。

「不幸にして早く亡くなった人は『長生きリスク』を負わなくて済んだのだから、リスクを負っている人にお金を渡すのだと生命保険的に捉えるのです。長生きをリスクというなんて、と不愉快に感じる人もいるでしょうが、普通の人が100歳、110歳になっても働いて収入を得ることは無理。かといって110歳までの生活費を貯めることも現実的ではありません。その備えという意味で年金は必要な制度だし、納め損という考え方はなじまない」(岩崎氏)

経済評論家の山崎元氏も同意見だ。「年金は損だから保険料を納めないほうがいいというヒステリックな意見には賛成できません。給付額の削減や、給付年齢の引き上げは覚悟しなければなりませんが、老後の収入のかなりの部分を年金が占める状況は、国が存続する限り変わらないでしょう。保険料を払っていなければ障害をもっても障害年金を受け取れません。また基礎年金の財源は2分の1が税金なのだから、自分の税金が他人のために使われていることになってしまう。損得を冷静に考えるべきです」。

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インフィニティ代表
岩崎日出俊
1953年生まれ。日本興業銀行、J.P. モルガンなどを経て現職。著書に『定年後 年金前』など。

学習院大学経済学部教授
鈴木 亘
1970年生まれ。専門は社会保障論、医療経済学、福祉経済学。著書に『社会保障の「不都合な真実」』。

経済評論家
山崎 元
1958年生まれ。12回の転職を経て現職。専門は資産運用。著書に『お金とつきあう7つの原則』など。

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(ジャーナリスト 山本信幸=文 向井 渉=撮影)