与党内からも強い反対の有った消費税増税法を成立させた野田首相が年内に環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加を表明すべく前のめりの姿勢を崩さない中、そのTPPで協議に参加している9か国の不協和音が日増しに拡大しており「協議そのものの“空中分解”も見えて来た」、との見方が出始めています。

 

最初に不満を表明したのはチリで、5月24日付の日本農業新聞記事によれば同国の首席交渉官が知的財産分野での交渉内容などに難色を示しており、締結内容によっては不参加も有り得ることを示唆したとのことです。TPPの協議はその一切が徹底した秘密交渉として進められているので、具体的に知的財産分野でどのような争点が浮上しているのかはこの時点では明確ではありませんでしたが、今月に入ってから次第に各国が問題視している争点に関する報道が散見されるようになって来ました。

 
●マレーシアは医薬品の特許権保護期間算定基準変更に強い不満
交渉参加国の一つ・マレーシアの『The Sun Daily』紙は8月6日に同国のリョウ・チョンライ厚生大臣がアメリカの提唱している医薬品の特許権保護期間算定方法に強い不満を表明し「TPP参加はマレーシアの国益を大きく損なう」として、不参加を決断すべきであると主張したことを報じています。知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs協定)などの国際条約では特許権の保護期間を原則として「出願から20年」としていますが、製薬業界では特許出願から製品化までの時間が長く開発費用の回収が他業種に比べて困難なことを主な理由として特許権者からの申請があれば一定年数(日本では最長5年)の延長を認める制度が導入されている場合もあります。アメリカはTPPの全加盟国に対して5〜10年ないしそれ以上の延長を特許権者からの申請の有無に関わらず義務付けることを主張しており、それに加えて特許権の起算年を「特許の出願」から「製品の発売」を基準とするよう提唱しているというのです。つまり、アメリカで特許が出願された年がいつであるかに関わらずアメリカでの発売から3年後にその薬がマレーシアで発売された場合は、最低でもアメリカでの発売から28年目までの特許権保護がアメリカ本国で特許権が切れたかどうかに関わらずマレーシアに義務付けられることになります。

 

アメリカが医薬品に関してこうした強硬な態度を取っている背景には医薬品の特許権保護を限られた範囲でしか認めていないインド製のジェネリック医薬品が開発途上国の市場を席巻していることへの危機感があり、特許権の保護期間を出来るだけ長く取ることによってジェネリック医薬品を市場から締め出すことを企図しているのです。

 
●オーストラリア生産性委員会「米豪FTAは何のメリットも無かった」
また、2005年にアメリカと個別に自由貿易協定(FTA)を締結したオーストラリアでも「TPPの著作権分野に関する交渉でのアメリカ側の要求に対して特に強い反発が出ており、協議離脱も有り得る」と同国のニュースサイト『IT News』が8月7日に報じています。オーストラリアでは2010年に政府外郭団体の生産性委員会がまとめた報告書で「アメリカを始めとする各国とのFTAは著作権や特許などの知的財産に関連する国内の取引コストを増大させただけで何のメリットも無かった」と結論付けており、政府に自由貿易推進路線の転換を提言しているように「アメリカの言いなりで著作権や特許を強化したことが国益を損なっている」との不満が強まっているのです。

 

オーストラリアやシンガポール、オマーン、モロッコ、そして最近では韓国などアメリカと個別に自由貿易協定を締結した国のほとんどは著作権保護期間の延長に代表される知的財産権の強化要求を“丸呑み”させられ続けて来ました。TPPでもその姿勢は当然に貫かれており、全加盟国が著作権の保護期間をアメリカの国内法に合わせて「個人の死後70年または法人の公表後95年」に延長することや著作権侵害の非親告罪化(著作権者が告訴しない場合でも第三者の告発や警察の職権探知で摘発可能にする)、著作権侵害の賠償金を実損額の3倍にする懲罰的賠償制度の導入などが列挙されており、ニュージーランドなどが強い難色を示しているとされています。そして、ここに来て協議参加国の対立を激化させそうなのが年末に予定されているカナダとメキシコの協議参加です。