英雄の証明<br />(C) Coriolanus Films Limited 2010
 27日(日本時間)に開催された「第84回アカデミー賞」授賞式で、作品賞・主演男優賞・監督賞の主要部門を独占した『アーティスト』に続き注目を集めたのが、実に29年ぶりに3度目のオスカー受賞となる主演女優賞を獲得したメリル・ストリープ主演の『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』です。英国史上初かつ唯一の女性首相として12年に渡り在任し、“鉄の女”と呼ばれたマーガレット・ヒルダ・サッチャー。ここ日本では慌ただしい首相交代劇が世界から嘲笑の的となりましたが、一国のリーダーたる“英雄”に求められる資質とは、果たして何でしょうか。

英雄の証明

 ローマ帝国の独裁者コリオレイナスは、強大な力で国を支配していたが、彼の独裁に危機を感じた護民官の策略によって民衆が暴徒化。ついには国を追われてしまう。そんな彼が訪れた先は、ローマ帝国の侵略を狙う小国のリーダー、オーフィディアスだった。

誇り高き英雄が抱える孤独、裏切りと絶望

 2月25日より公開された映画『英雄の証明』は、ウィリアム・シェイクスピア原作の最後の悲劇「コリオレイナス」を現代に置き換え大胆に解釈した作品です。本作で監督デビューを果たした名優レイフ・ファインズ演じる主人公コリオレイナスは、独裁者ながらも自らが先頭に立って危険な戦地へと赴き、体を張って祖国ローマを侵略しようとする者たちと戦います。やがて彼が立てた数々の武勲を讃え、兵士から執政官への転機が訪れますが、彼に脅威を感じた政治家たちに煽動された民衆によって、命懸けで守ったはずの祖国から追われる身となってしまいます。

 また、本作で描かれるもう一人の“英雄”が、ジェラルド・バトラー演じる敵国のリーダー、オーフィディアスです。貧困層から不正と不満の対象として怒りの感情を向けられるコリオレイナスとは対照的に、愛する国民のために戦うオーフィディアスは、市民から名士として讃えられ、信頼と尊敬の眼差しを集めています。これまで幾度の戦いを繰り返しながらも未だコリオレイナスを打ち負かせずにいたオーフィディアスでしたが、彼が目にしたのは“宿敵”の変わり果てた姿でした。

戦争が英雄を高みに持ち上げ、政治不安が英雄を栄光から引きずり下ろす

 愛する祖国のために戦う、同じ“英雄”であるはずなのに、コリオレイナスとオーフィディアスに向けられる市民の感情は全く異なります。集団心理とは怖いもので、穏やかだったはずの水面がたった一石を投じられるだけで揺れ動くように、不安に支配され冷静さを失った民衆は瞬く間に暴徒と化し、良くも悪くも世論を巧みに操る手腕も、“英雄”に求められる能力の一つだと感じずにはいられません。

戦いの果てに手にしたもの

 孤独な英雄コリオレイナスを支えてきたのは、政治的野心溢れる母親や、彼の無事を祈る美しい妻と息子、そして政治家の師と仰ぐ人物です。祖国を追放されたコリオレイナスですが、英雄としてではなく、一人の人間としての証明を迫られる機会が訪れます。2人の“英雄”コリオレイナスとオーフィディアスもやはり人の子で、戦況の変化とともに人間ならではの感情が次第に露呈していき、戦いの果てに彼らが手にしたものとは…。本作で描かれる英雄の苦悩は、そのまま現代社会におけるリーダーの在り方として、自身と周囲を見つめ直す良い機会となることでしょう。

英雄の証明 - 作品情報

映画は芸術ハラの所見評価

メッセージ性:★★★
映像美:★★
サウンドトラック:

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