■『フットボールコンタクト』に注目すべし
待ちに待ったJリーグが開幕した。早速、鹿島×大宮戦などエンターティメント溢れる“撃ち合い”も行われたが、それに一役買っているのが審判員だ。昨シーズンはすでにこの時期に混乱が起きていた判定基準。『ホールディング(手の不正使用)をしっかりと見極めよう』には選手だけでなく、「審判員のなかにも正当なものを不正使用としてしまった問題もある」と日本サッカー協会(JFA)審判部・松崎委員長は振り返る。

たとえば、「相手がどこにいるか探る手でファウルをとってしまっていた」という。実際は、そこに不用意な力が働いているかの見極めが重要なのに、だ。

とはいえ、その取り組みの成果もあって、セットプレー時のホールディングは減少し、また南アフリカW杯でも日本の選手が判定に戸惑うことはなかった。昨季の審判員には一定の評価を与えられるだろう。この流れを切らさないために、今季もホールディング撲滅は各クラブの判定基準通達の中に含まれている。

そんな判定基準通達のなかで、今季の目玉となりそうなのが『フットボールコンタクト』という言葉だ。

『フットボールコンタクト』とは「サッカーをプレーする上で、当然のコンタクト」だと黛審判委員は説明する。たとえば、選手と選手がボールにプレーできる範囲内で5対5の力で競り合えば、当然コンタクトは続く。しかし、どちらかが力を抜いて、3の力でコンタクトすれば、3の力の選手は倒れることになり、5の力で競った選手が倒したようにみえる。

この3の力に抜くことを“ファウルをもらいにいく”とも表現できる。こういったプレーを“流す”のは日本だけの傾向ではなく、南アフリカW杯や欧州チャンピオンズリーグでも行われている。

実はJリーグでも『フットボールコンタクト』は流されていたのだが、なかなかサポーターに受け入れられないことが多かった。というのも、このコンタクトはサポーターにはファウルのように見えてしまう。なぜなら、選手が力を抜いたために、結果“影響を受けて倒れる”ことになっているからだ。

プロフェッショナルレフェリー(PR:JFAと契約するプロの審判員)である西村雄一の躍進もあり、審判への理解が進んだところで、『フットボールコンタクト』という言葉を浸透させたい思惑があり、今回のプレスカンファレンスで大々的に発表したのだろう。

もちろん、この発表により審判側の意識も変わる。たとえば、昨季、第10節の京都×清水戦で岡崎を押したということで郭がPKをとられたが、今後はこれも『フットボールコンタクト』とみなされノーファウルになると松崎審判委員長はいう。

サポーターの方々も『フットボールコンタクト』を意識して試合を観戦すると、審判に対するストレスは飛躍的に減ることになるのではないか。
 
■昨シーズンの不満点
昨シーズンは、JFAの原技術委員長がツイッターで「ホールディングの基準をどう思うか?」などとつぶやくなど、ホールディングばかりが騒がれたが、審判批評の読者の方々がストレスを感じていたのはそこではないようだ。

たとえば、昨季J1第2節の京都×鹿島戦。マルキーニョスが森下をひっぱたくような形で突き倒したが、警告すら出なかった。また、第26節のG大阪×大宮戦では李が過剰な力で肘を振るが、主審は警告で収めてしまう。

こういったプレーに対し、「なぜ後ほど処罰の対象にならないのか」という声が多く上がった。しかし、実は処罰の対象になるプレーを決めるのはJリーグ規律委員会であり、審判側にイニシアチブはない。そして、処罰の対象になるのは「極めて悪質なもの」に限られる。つまり、マルキーニョスの行為は極めて悪質だとは言い難いため、処罰が与えられなかったのだ。

だからこそ、審判員が試合の中で見えないことをなくすことが重要になる。

こういった判定が起きてしまった原因を「主審のポジションが近すぎて見えていなかった」と上川徹JFAトップレフェリーインストラクターは分析する。この反省をふまえ、今季開幕前のPR・強化審判員合同合宿では「近すぎると見えないぞ」という声が多く飛び、かつ主審と副審で、どちらからがよりよく見えるかというすり合わせも行われていた。

現場の審判員たちが「選手に対してベストをつくす」(西村雄一)ために、最善の準備を整えて開幕を迎えたことで、今季開幕節の妥当なレフェリングに繋がったのだろう。

■交換プログラムの問題
そして、もうひとつ。サポーターが不安に思っていたことに割り当ての問題がある。というのも、昨季、Jリーグに混乱を招いた二人の主審がいた。交換プログラムでプレミアリーグから招聘された、スチュアート・アトウェル氏とアントニー・テイラー氏だ。カードを出すこと自体が問題なわけではないが、とにかく基準がわかりづらく、一試合で10枚もの警告が出たこともある。両氏を割り当てられたチームのサポーターは「まったく違う判定基準でカードを出されたら、割り当てられたチームは不利ではないか」と怒り心頭だったが、その気持ちもわかるレフェリングだった。

海外から審判を交換プログラムで招聘した際に、彼らには、各クラブへの通達時やプレスカンファレンスでも流される判定基準の映像をみせ、Jリーグの基準を説明すると松崎審判委員長はいう。日本の基準はFIFAと同様のため、たとえば昨季ポーランドから招聘された審判チームは、すんなりとJリーグに溶け込み、非常に高いレフェリングを見せた。

が、プレミアリーグ組はそうはいかなかった。プレミアリーグが特殊な基準ということもあるかもしれないが、プレミアリーグ組に対しての松崎審判委員長の見解の歯切れが悪かったように、あまりメリットが感じられないプログラムとなってしまった。

今季もプレミアリーグとの交換プログラムが行われるか不明ではあるが、誰を招聘するかというのは非常に重要になる。

おそらく、今季もなにかしらの審判問題と言われるものが起きるだろう。その時に、ミスを指摘するのは当然行うべきである。監督や選手は生活をかけてプレーしているし、審判員のなかにはプロもおり、J1の主審は安くない報酬を手にしている。

ただ、忘れてはいけないこともある。

「自分でやったことがない人は、それがどれだけ大変なことか分からないため、痛烈な批判をしてしまいがちです」という福沢諭吉の言葉があるように、審判を理解した上での批判でなければ意味がない。

たとえば、ルールをまったく理解せずに、罵詈雑音を浴びせるのは違う。批判の後に、オルタナティブ(代わりの提案)がなければ、それは批評とも議論とも呼べないと著名なジャーナリストは指摘する。いまや、誰でもツイッターで意見を普及させることができ、ある意味個々がメディア(情報媒体)の役割を手にしている。無記名を盾にした何気ない批判は、日本サッカーを後退させる危険性を伴っている。

と、自戒しながら、今季も【石井紘人レポート】でJリーグを追っていきたい。