「全日本断酒連盟」常任理事の松本和頼さんも、かつてはアルコール依存症だった(写真:「リディラバジャーナル」編集部)

「アル中」の呼び名とともに、誤ったイメージが社会に広まっているアルコール依存症。徐々に進行していく病であり、症状が重くなるまでなかなか周囲の人間が認識しにくいという特徴があります。
今回は、そんなアルコール依存症からの回復者のエピソードを通じて、本人も気づきにくい病の実態について見ていきます。

孤独を癒し、慰めるために増えていった飲酒量

飲酒による問題に悩む当事者や家族の回復を支援する団体「全日本断酒連盟」(東京都千代田区)。

常任理事の松本和頼さんも、かつてはアルコール依存症でした。

49歳で酒をやめ、以後16年間口にしていないという松本さんですが、酒にまつわる様々なトラブルを起こしても「アルコール依存症ではないと思っていた」と当時を振り返ります。

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飲酒を始めたのは、大学生になってからです。お金がないから外で飲むことはあまりなく、何人か友人で集まって部屋で飲むという感じでした。初めて飲んだときに、適量もわからず勧められるがままに飲んで倒れたということがあったのですが、それ以外で大きなトラブルはなかったと記憶しています。


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過度の飲酒をするようになったのは、22歳で就職し上京してからです。

私は大学まで北海道で育ったのですが、環境の変化に慣れなかったと言いますか……。

学生時代に仲の良かった連中ともバラバラになり、友人が近場にいなかったんです。会社に馴染むのにも時間がかかりました。当時、勤めていた製造メーカーの寮に住んでいましたが、気の合う人もそうおらず、寮の中でも本当に限られた数人との付き合いしかありませんでした。

そんな中で、非常に孤独を感じました。その孤独を癒し、慰めるためですね、スナックやパブで飲む機会が多くなっていきました。お店の人と話すことに安らぎを覚えていたんです。

平日はほぼ毎日、仕事が終わってから店に飲みに行っていました。寮でも飲まないわけではないですけれど、ひとりで飲んでも寂しいじゃないですか。かと言って、職場の同僚と飲んでも何かピンとこない。結局寂しいからお店で飲んでしまうわけです。

27歳で結婚したんですが、今思えば結婚したときにはもうアルコール依存症でしたね。

私は胃腸が少し弱いので、過度に飲酒をすると胃が荒れるんです。なので、毎日酒を飲みながら胃薬を飲んでいました。そんな生活をしていても、おかしいと思ったことはありませんでした。

とは言え、酒にまつわる失敗もたくさんしました。

いちばん多かったのは遅刻です。朝起きられなくてという場合もありますし、酒を巡って夫婦喧嘩をして、腹の虫がおさまらなくて会社に行くふりをして違うところに行ってしまうなんてこともありました。

遅刻して会社に行くと酒臭いということで、上司に注意されたこともあります。それでも酒をやめようと思ったことはないんですよ。翌日酒が残っているということは飲みすぎなんだろう。なら、少し量を減らそうかな、ぐらいですよね。

仕事を抜け出して、帰宅途中…やめられない飲酒

スナックやパブの人と話すのはもちろんですが、ビールやアルコールののどごしが好きだったし、酒が入ってフワーッと酔ったときの感覚も好きだったんです。

根が真面目だと皆に言われるんですが、やはり仕事にしても私生活にしても、「こうあらねばならない」と考え、いい加減にできないところがあるんです。

ところが酒が入ると「まあいいや」「また明日考えよう」と思えて、気が楽になりました。

今思えばとんでもない話ですが、仕事中に飲んだこともあります。

裏玄関から抜け出して門を出ると近くに酒屋があって、店の前に自動販売機があるんです。そこで買って飲むわけです。

なぜ仕事中飲むか? お酒は切れるとイライラしてくるし、落ち着かない。何も考えられなくなる。依存症の症状ですよね。

何回か繰り返しているうち、同僚に尾行されバレて、皆の前で上司に呼び出されて怒られました。それはさすがに1回だけでしたが。

でも、怒られても酒はやめられないんですよ。何とか仕事中に飲むことは我慢できましたが、夕方5時になったらすぐに退社して、最寄り駅までの道すがらコンビニなんかで買った酒を飲んで自分を落ち着かせるんです。で、家の最寄り駅でまた飲んで。

その頃には妻にバレないようにということで、店で飲むことはなくなっていました。

2001年11月、47歳のときにアルコール依存症の治療のため入院することになりました。

【8月31日15時10分追記】記事初出時に2011年と表記しておりましたが、誤りでしたので上記のように修正しました。

妻が私の会社の上司に相談していたんです。ふたりが家や会社での状況について話し合い、「これはおかしい。入院させよう」ということになったんですね。

そして上司から「入院しないと、今後継続して雇用していくわけにはいかなくなる。家庭もあるんだから、入院してしっかり治してこい」と言われて……業務命令ですよね。

嫌々ながら入院

正直言うと、そのとき私は家族のことより、仕事がなくなることがいちばん怖かったんです。なので、嫌々ながら入院しました。

しかし、嫌々という言葉からもわかるように、酒をやめる気なんかないですよね。もちろん、自分がアルコール依存症なんて思ってもいません。一緒に入院している人を見て「あれはアルコール依存症だな」なんて思うんですが「俺はまだシャキッとしてるから違うな」と思うわけです(笑)。

5カ月と少し入院していましたが、最後は外出許可を取ってバスでコンビニまで行って酒を買っていましたし、退院してもすぐに飲み始めました。

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あなたもアルコール依存症かもしれない(写真:Fast&Slow / PIXTA)

飲酒によってイライラしたり、落ち着かなかったり。そうした心身の問題だけでなく、仕事や家庭のトラブルも生じ、さらには入院までしているのに「アルコール依存症ではないと思っていた」という松本さん。

しかし、これは松本さんだけに限った話ではありません。

多くのアルコール依存症の当事者が同じように、飲酒によって様々な問題が生じているのに「自分はアルコール依存症ではないと思っていた」と語ります。こうした、自分の病を否定するという特徴から、アルコール依存症は「否認の病」とも呼ばれています。

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