あなたは、「夫から愛されている」と断言できますか?

結婚3年目。少しずつ、少しずつ「マンネリ」に陥ってしまったとある夫婦。

熱烈に愛されて結婚した筈なのに、幸せになるために選んだ夫なのに…。

狂い始めた2人の歯車は、果たして元通りになるのだろうか。

これは、東京の至る所に転がっている、

「いつまでもいつまでも、幸せに暮らしました。」の後のストーリーです。

夫の愛情を取り戻そうと奔走する専業主婦の真希。夫に本音をぶつけるが、話し合いがこじれ夫が出て行ってしまう。自立を目指しながら、意を決して「帰ってほしい」と打ち明けたものの、断られてしまう。




「もう一緒に暮らさない方がいいって…それって、健介は私と離婚したいってこと?」

目の前に座る夫は押し黙る。

なぜ、この男は何も言わないのか。

思わず感情的になってしまいそうな自分を抑えるため、真希はスマホを開いた。

LINE、Instagram、ニュースなどに目を通し、なんとか苛立ちを抑え、客観的になろうとする。

長い沈黙を経て、やっと健介が言葉を発した。

「…離婚したいわけじゃないんだ。俺だって、家に帰りたいとも思う。だけど、今家に帰っても、また同じことで喧嘩になるんじゃないかと思うんだよ」

それは真希も思っていたことだ。だが、だからといってこのままの状態が良いとは言えないのは、お互い分かっているはずである。

六本木の家は真希の好きに使っても良いとは言われたものの、いつまでも別居したままの状態では、解決よりも離婚に向かってしまう気がして仕方がない。

それだけは嫌だ、と真希は強く思った。

と同時に、自分の中に湧き出たハッキリとした感情に気がつく。

ー私は、離婚したくない。

健介とやり直し、温かい家庭を築き直したい。そして、いずれは子供も欲しいのだ。

だが、ここで自分の意見を押し通し無理やり別居を解消したところで、トントン拍子に上手くいくとは限らないだろう。

これ以上の別居は自分にとって痛手だが、ここはきっちり期限だけ決めれば良いと思った。

「じゃあ、2週間。あと2週間したら、一旦家に戻ってくるのはどう?ただ闇雲に別居してるだけだと、なんの解決にもならないもの。その間にお互い色々考えよう」

「…わかった」

やっとの思いでその返事だけを確認すると、真希は耐えきれず先に席を立った。


苦手な女性の気持ちが分かり始めた、健介の変化とは


避けては通れない問題


真希と別居してからというもの、健介は以前にも増して仕事に没頭した。

空気の良くない家を出れば格段に仕事に精が出せるかと思ったが、そうでもない。

別居状態という中途半端な状態は、逆に健介の仕事の効率を下げていたのだ。

不安定な家庭の状況は思った以上に健介のメンタルを直撃し、そのコンディションの悪さは社員全体にも影響しているようだった。

「社長、お忙しいところ申し訳ありません…」

この間結婚したばかりの井上だった。社長室が無く、ワンフロアに独立した社長用のデスクスペースがあるだけの会社であるから、こうして部下がすぐに話しかけてくる。




この距離感の近さは、通常、意思決定の早さを格段に上げる。だが今は逆に、健介が発するピリピリとした空気が社員にいち早く伝わってしまうデメリットにもなっていた。

井上の顔は恐縮しきって見える。

「先ほど電話があったのですが、営業の増田が、取引先を怒らせてしまったようで…先方はもうウチとは仕事しないって随分お怒りのご様子らしいんです」

増田はこの4月に入社したばかりの新人だ。健介と同じ早稲田出身で頭の回転も良く、女性にしては体育会系のノリで仕事の覚えも早く、きっちり日々のノルマをこなす仕事ぶりに安心仕切っていた。

その増田が、涙声で電話をかけてきたという。とりあえずは社に戻すことにして、健介は目の前のPCで今月の数字を見直してゆく。

増田が怒らせたらしい個人顧客は、たとえ取引が無くなったとしても数字的にはそう打撃を受けるレベルではない。ベテラン社員にカバーして貰えば、月次目標に影響はないだろう…。

対策を考えているうちに、憔悴仕切った様子の増田が帰ってきた。

そして次の瞬間、健介が最も苦手な状況に陥ってしまったのである。


33歳、若手経営者が最も苦手な状況とは一体どんなものなのか?


理解できない女性の涙


「…ただいま戻りました」

増田は、今にも泣き出しそうな表情をしている。無理もない。

いくら男勝りだ高学歴だと言っても、増田はまだ20代前半の女の子なのだ。

だが、井上の席まで行き何やら事情を説明しているうち、彼女の顔から大粒の涙がポロポロと流れ落ちてゆくのが見えた。思わず目を背けてしまう。

ー困ったことになったな…。

実は、健介は女の涙が大の苦手である。というよりも、女の涙に象徴されるような、感情の起伏が全く読めないと言っても良い。

数字や客観的な状況を判断するのは得意だし、決断力だってある。だが、こうして感情的になっている相手に対して適切なことを言えた試しがない。大抵が的外れな指摘をして相手をますます泣かせるか、逆上させてしまうのだ。

しかし、学生時代ならいざ知らず、自分はもう30を超えた、曲がりなりにも経営者なのだ。

同じようにオロオロとする井上と、とにかく増田を落ち着かせようと会社近くの『チョコレート&ペストリー ラ・ブティック/ザ・リッツ・カールトン東京』に連れて行き、話を聞くことにする。




「も、申し訳ございません…私がっあの、大変なことになってしまっ…」

しゃくりあげる増田に、井上が畳み掛ける。

「それで、具体的には何があったの。全部時系列でちゃんと説明してくれなきゃわかんないだろ。」

井上の言うことは最もだし、健介も同じようなことが知りたい。問題の経緯と全体像を把握し、さっさと解決に乗り出したいのだ。

だが、客観的に増田と井上を見ていると、2人があまりにも噛み合っていないことがよく分かる。

すでに冷静さを欠いている相手に対して、理路整然とした説明を求めても全く埒があかない。増田は余計に萎縮しているし、そうなればヒアリングの時間は長引き、結果問題解決も遅れるだけではないか。

健介は身を乗り出した。

「増田さん、大丈夫だから。仮にこの取引がダメになっても、会社全体にはそこまで影響ないし、僕も別に怒ってなんかない。ただ、増田さんから話をきちんと聞いて、今からでもどうにかできないか考えたいだけだから、落ち着いて話してくれるかな」

ほら、何かケーキでも頼んで…と付け加えると、増田はみるみる冷静さを取り戻す。安心感が顔に現れ、いつものキリッとした表情になった。結局は、安心したかったのだろう。

その瞬間、健介はふいに真希のことを思い出す。

真希も今の増田のように、安心したかったのではないだろうか?

でも、真希は一体何に安心したかったのだろうー。

その核心がどうしても思い出せず、健介は記憶を手繰りよせようと思わず目を閉じたのだった。

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