なぜ軽自動車の売れ行きが好調なのでしょうか(撮影:尾形文繁)

国内新車販売に占める軽自動車の割合が急増している。今年1月は39%、2月も37%を占め、直近の軽自動車比率は40%近くに達している。

1980年ごろは同20%前後だった軽自動車だが、1990年に排気量の上限が今と同じ660ccに拡大され、全長も3300mmに伸びて同約25%に高まった。1998年には全長が3400mm、全幅は1480mmに広がって今の規格が確立され、軽自動車比率も30%前後に達している。この後も増え続け、2016年と2017年は、新車として売られるクルマの35%が軽自動車だった。


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ここへ来て、さらに新車販売に占める軽自動車の割合が大きくなっているのは、2017年9月にホンダ「N-BOX」、2018年1月にスズキ「スペーシア」の新型車が発売されたことが大きい。今のクルマの売れ行きは、国内販売全体がピークだった1990年ごろの70%以下だから、新型車が2車種発売されただけでも、市場全体の販売比率に影響するのだ。

日本のユーザーに絞った商品開発

軽自動車が好調な背景には複数の理由がある。まずは軽自動車の商品力が向上したことだ。昔は主に税金の安さがメリットで、車内は小型車よりも明らかに狭かった。それが先に触れた1998年の規格変更で、流れが変わっている。ボディ拡大の本来の目的は衝突安全性の向上だったが、実際には室内空間にも振り分けられ、4名乗車時の快適性と積載性を高めた。

2000年代に入ると、スズキ「ワゴンR」、ダイハツ「ムーヴ」、ホンダ「ライフ」など全高を1600〜1700mmに高めた車種が人気を集めたが、2007年になると、全高が1700mmを上まわる先代ダイハツ「タント」がスライドドアの装着に伴って売れ行きを伸ばした。そして2011年には、先代ホンダ「N-BOX」がデビューしてヒット作になっている。

今ではスズキ「スペーシア」、日産自動車「デイズルークス」、三菱自動車「eKスペース」などと合わせて、全高が1700mmを超えるスライドドア装着車が軽乗用車の40%以上を占める。

スライドドアを備えた軽自動車が好調に売れる一番の理由は、ユーザーのニーズに的確に応えているからだ。ボディが小さな運転しやすい軽自動車でありながら、車内は小型車サイズのコンパクトカーを上まわるほど広いから、ファミリーカーとしても使いやすい。

たとえばN-BOXの後席を後端までスライドさせると、前後席に座る乗員同士のヒップポイント間隔は1175mmに達する。この数値は全長が5mを超えるレクサス「LS」の1080mmを上まわる。室内幅はレクサスLSがワイドだが、前後方向の足元空間と頭上のスペースはN-BOXのほうが広いのだ。大人4名がゆったりと快適に乗車できる。同様の特徴がタントやスペーシアにも当てはまる。

車内が広いために、後席を畳めば大人用の自転車を積むことも可能だ。「4名乗車+荷物」なら日産セレナのようなミニバンになるが、「2名乗車+荷物」であれば背の高い軽自動車で済ませられる。

この広い車内がユーザーを驚かせ、購買意欲を沸き立たせた。小さなボディと広い車内の組み合わせには、賢さも感じられてトクした気分を味わえる。自転車を積めるほど広い車内が実際に必要か否かは別にして、多くのユーザーに「これが欲しい」と思わせた。

近年では安全装備の充実も、軽自動車の大切なセールスポイントといえる。2012年に先代「ムーヴ」が低速域で緊急自動ブレーキを作動させるスマートアシストを採用すると、一躍人気の装備となった。軽自動車はライバル同士の競争が激しいから、普及が急速に進んで安全性能を競うようになり、今では売れ筋となる軽自動車の多くが歩行者にも対応可能な緊急自動ブレーキを装着する。トヨタの「エスティマ」や「ヴォクシー」の緊急自動ブレーキは、歩行者に対応できていないから、安全装備は軽自動車が勝っているともいえるのだ。

このように軽自動車は、国内向けのカテゴリーとして、日本のユーザーに絞った商品開発を行って人気を高めた。

クルマの価格が全般的に高まった

一方、セダン/クーペ/SUVなどは、今では主に北米や中国などの海外向けに開発されている。日本は副次的な市場になり、3ナンバー車が圧倒的に増えて、内外装のデザインなども国内向けとはいえない。国産のセダンやクーペが日本のユーザーから離れたことも、軽自動車やコンパクトカーの需要を加速させた。

クルマの価格が全般的に高まったことも見逃せない。1990年ごろは排気量1.8〜2Lエンジンを積んだ4ドアセダンが200万円以下でも用意されたが、今は安全装備の充実や環境性能の向上に伴って値上がりし、230万〜250万円に達する。ヴォクシーやセレナなど背の高いミドルサイズのミニバンとなれば、280万〜340万円が売れ筋だ。日本車の価格は、この20年ほどの間に20〜50%も値上げされた。

それなのにサラリーマンの平均給与(年収)は、1990年代の後半以降は下降を続け、今でも20年前の水準に戻っていない。クルマが値上げされて給与が下がれば、必然的に軽自動車など小さなクルマに乗り替えるユーザーが増える。「ダウンサイジング」などと体裁の良い表現も聞かれるが、ユーザーの現実はもっと深刻だ。

軽自動車の価格も決して安くはない。背の高いボディに多彩なシートアレンジと電動スライドドアを備え、安全装備も充実させたN-BOX/タント/スペーシアなどは、標準ボディでもメーカー希望小売価格が140万〜150万円に達する。エアロパーツやアルミホイールを装着したカスタム系は160万〜180万円だ。

それでも20万円程度のオプションを加えて、200万円に収めることはできる。新車を買うときの価格上限を200万円と考えるユーザーは多く、居住性、積載性、内装の質感なども優れていることから、今では軽自動車が選ばれるようになった。

エコカー減税がクルマ選びの条件

このほかにも軽自動車が好調に売れる要因は多く、出費に関係したメリットではエコカー減税との相性が良い。エコカー減税は2020年度燃費基準(2018年4月30日までは2015年度燃費基準を含む)の達成度合いに応じて減税率を決めるが、車両重量の割にエンジン排気量が小さい(エンジン排気量の割にボディが重い)車種ほど有利になる。そのために全高が1600mm、あるいは1700mmを超える軽自動車、背の高いコンパクトカーやミニバンにはエコカー減税車が多い。

特に軽自動車は前述のようにライバル車同士の競争が激しく、JC08モード燃費とエコカー減税率を競いながら向上させてきた。小型/普通車でエコカー減税が免税(100%の減税)になるのは、主にハイブリッド車とクリーンディーゼル車だが、背の高い軽自動車ならノーマルエンジン車も含まれる。今はエコカー減税がクルマ選びの条件になったから、軽自動車は選択の対象に入りやすい。

さらにいえば、軽自動車が小型/普通車に比べて薄利多売の商品であることも、売れ行きを伸ばす理由だ。軽自動車は基本的に海外で売られないから、大量に製造して、なおかつ国内で売らねばならない。そうなれば販売にも力が入る。

ただし薄利多売で工場の稼働率を落とせないために、大量の在庫を抱えることも多い。このときにしばしば行われるのが、販売会社による自社届け出だ。届け出された実質的に未使用の車両が、中古車市場に放出される。冒頭で軽自動車の販売比率が40%近くに達したと述べたが、この中には自社届け出された車両も含まれる。届け出台数のすべてをユーザーが購入しているわけではない。

このような実質的に未使用の中古車が増えると、中古車価格全般が値崩れを起こして、普通に使われた中古車の価格まで下げてしまう。そうなるとユーザーが愛車を売却するときの金額(言い換えれば車両の資産価値)も連動して下がり、ユーザーに不利益を与えて市場の混乱も招く。そこで業界としては自粛する方向にあるが、依然として走行距離が30km以下の中古軽自動車は数多く流通している。

そして今のように軽自動車の販売比率が40%近い状態が続くと、税収不足に基づく軽自動車増税も懸念される。すでに2015年4月1日以降に届け出された軽自動車は、毎年納める軽自動車税が従来の7200円から1万0800円に増税された。むやみに軽自動車の販売比率を増やすと、さらなる増税を招きかねない。軽自動車の比率は25%程度に抑えたい。

軽自動車の増税については、税金を徴収する国の責任も重い。

特に許しがたいのが、初度登録(軽自動車は届け出)されて13年を超えた車両の増税だ。軽自動車では、13年未満の軽自動車税は前述の年額7200円あるいは1万0800円だが、13年を超えると1万2900円に増税される。古い軽自動車に乗っていると、軽自動車税が120%〜180%に跳ね上がるのだ。

さらに軽自動車の重量税も、継続車検時に納める2年分で見ると、13年未満ならエコカー減税車が5000円、それ以外は6600円なのに、13年を超えると8200円、18年を超えると8800円まで高まる。

軽自動車の増税が進むと…

軽自動車増税の犠牲になるのは、主に年金で生活する高齢者だ。軽自動車は公共の交通機関を利用しにくい地域を中心に普及しており、佐賀県/鳥取県/長野県/山形県などでは、10世帯当たりの軽自動車保有台数が10台を上まわる。これらの地域では、人口に占める65歳以上の比率が30%を超えることも多く、高齢者が車齢13年を超えた古い軽自動車を使って、通院や買い物をしている現実がある。

こういった人達から、多額の税金を徴収するのが今の自動車税制だ。古い車両の増税は、環境性能の優れた新型車に乗り替えさせることを目的にしているが、それができないから古いクルマに乗っているのだ。古いクルマを使うユーザーのことが、まったく理解できていない。

また古いクルマの増税と乗り換えの奨励は「モノを大切に使う」考え方にも反する。どう考えても誤った税体系で、とりわけ軽自動車については、高齢者福祉に反する。

ちなみに東京都は、軽自動車の普及率が全国で最も低く、10世帯当たり1台を辛うじて上まわる程度だ。65歳以上の高齢者比率も23%と低い。軽自動車の制度は、普及率の高い地域において、現場目線で考えねばならない。東京に籠っているとズレる。

以上のように、軽自動車が本当の価値を発揮するのは、価格の安い中古車として販売され、日常生活を支える移動手段になったときだ。このときに優れた安全装備が装着されていれば、高齢者の事故防止にも役立つ。N-BOXが搭載する「ホンダセンシング」、タントの「スマートアシスト3」などの安全装備は、将来の安全性を飛躍的に高める効果がある。

ところが13年を超えた車両を含めて軽自動車の増税が進むと、高齢者の所有が困難になり、ライフラインを切断してしまう。高齢者の生活権を奪う結果を招く。軽自動車には魅力的な車種が多く売れ行きも好調だが、自動車業界としてはさまざまな問題を抱え、特に税制面はデリケートに扱う必要がある。軽自動車は福祉車両の一種だと考えてもいいぐらいだ。