日本のクルーズ船による北海道一周が難しい、といった奇妙な状況になっています。その主な理由は「北方領土問題」。コースによっては、釧路から網走まで7日間かけて移動することもあり、この問題は、海外勢と競っている日本のクルーズ船事業にも影響を与えています。

日本のクルーズ船が通れない北海道の東側

 春から秋にかけての“クルーズゾーン”として人気の高い「北海道クルーズ」が、奇妙な状況になっています。外国船は「北海道一周クルーズ」を何度も実施する一方で、「飛鳥II」「にっぽん丸」などの日本船は、北海道でも日本海側に張り付くクルーズに限定されており、その差異が際立っているのです。

 その理由は、択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島の「北方四島」領有に関し、日本とロシアのあいだに存在する「北方領土問題」です。


北方領土を望める日本本土最東端の納沙布岬(北海道根室市)。すぐ先に海保の巡視船と、歯舞群島の平らな水晶島が見える(2012年11月、恵 知仁撮影)。

 北海道の東側、いまロシアが実効支配している北方領土の国後島と北海道の本土を隔てる根室海峡は、水深が極めて浅く、クルーズ船だけでなく、ほとんどの外航船はここを通ることができません。よって太平洋から最短でオホーツク海に出て、観光地として有名な知床半島や網走に抜けるならば、国後島と択捉島のあいだを隔てる国後水道を通過することになります。

 しかし国後水道を通過するとなると、本船側はロシアの警備当局と交信する必要が出てくるなど、「ロシアの実効支配」を認めることにもつながるわけで、日本政府は、この航路の日本船通過を自粛するよう求めています。そのため北方領土問題が生じて以降、日本の客船は国後水道を通過していません。

釧路から網走まで7日間のコースも

 今年、2016年6月に実施された郵船クルーズの「飛鳥II」(日本船籍)による「日本一周グランドクルーズ」は、6月10日に釧路を出たあと、13日にロシア・カムチャッカ半島のペトロパブロフスク・カムチャッキ-に寄港。その後、サハリンのコルサコフを経由して、17日に網走に入港するというスケジュールです。釧路から網走まで7日間を要しています。


太平洋とオホーツク海を移動する場合、日本船は北方領土の外、択捉島とウルップ島のあいだにある択捉水道を通ることになる(国土地理院の地図を加工)。

 また、「飛鳥II」が2016年7月20日(水)から28日(木)まで実施している北海道クルーズでも、函館から利尻島を経て網走に到着したのち、逆戻りする形で函館へ向かいます。つまり「北海道一周」を実現できていません。

 とはいえ、日本人クルーズ客は「北海道一周」ができない、というわけではありません。

日本で、日本船を駆逐する外国船

 4年前から日本近海クルーズを行っているプリンセス・クルーズ(アメリカ)の「ダイヤモンド・プリンセス」(イギリス船籍)は、今年は5月から、そして来年は7月から合計5本づつ、毎月のように10泊程度の北海道・サハリンクルーズを実施。いわば“夏の人気定番クルーズ”になっており、日本人乗客も多数乗船しています。

 この「ダイヤモンド・プリンセス」のクルーズは、釧路を出たあと国後島と択捉島のあいだの国後水道を通過してサハリンへ向かっており、択捉島とウルップ島のあいだの択捉水道を通過しなければならない日本船に比べて、1日から2日の日程短縮が可能とされています。

 ただでさえ「日本船のクルーズ料金は高い」といわれている現在、領土問題そのものについては別にして、この「航路上のロス」が、日本船を東北海道航路から駆逐しつつあるのは現実です。

 クルーズ会社によると、最近でも「なぜ、オホーツク海から太平洋側に出られないの?」という問い合わせがあるようで、「丁寧に事情を説明しています」としていますが、本音では「航路決定に悩んでいる」のが実情のようです。

 最近、中国が南シナ海に造った人工島への「愛国者クルーズ」を国策で実施し、話題になっています。また今年中にロシアのプーチン大統領が来日するという話もありますが、東シナ海、南シナ海だけでなく日本の北側にも、いままさに領土問題が存在していることを、クルーズ事業は改めて教えてくれています。