トークイベント終了後には、絵本『クーナ』の購入者へ向けて、是枝監督と大塚さんのサイン会も開催。一人ひとりと丁寧に言葉を交わす2人の姿が印象的でした。

写真拡大

『ゴーイング マイ ホーム』(毎週火曜日 午後10:00〜関西テレビ・フジテレビ系で放送中)は、「ドラマ」でありながらドラマチックな出来事はほとんど起きません。その代わりに淡々と日常を描くことによって、日常の複雑さや愛しさをじわじわと気づかせてくれます。

12月9日(日)、都内のカフェにて、『ゴーイング マイ ホーム』の監督・脚本・編集を手掛ける是枝裕和さんと、イラストレーターの大塚いちおさんのトークイベントが行われました。限定50人の観客で埋め尽くされた会場は2人と客席との距離も近く、是枝監督の「今日はゆるいよ(笑)。(話すことを)何にも決めてないからね」という宣言とともに、リラックスムードでスタート。

『ゴーイング マイ ホーム』に登場する伝説の生き物“クーナ”をモチーフにした絵本『クーナ』の出版記念を兼ねたこのイベントは、“クーナ”のデザインを大塚さんが担当していることもあり、ドラマの貴重な裏話を中心に展開していきました。

イベントの模様をレポートする前に、ここで簡単な『ゴーイング マイ ホーム』のあらすじを。
主人公は、阿部寛演じるCM制作会社のプロデューサー・坪井良多。華やかなイメージとは裏腹に、会社でも家でも板挟みの日々を送っています。人気フードスタイリストの妻・沙江(山口智子)には頭が上がらず、小学4年生の娘・萌江(蒔田彩珠)を叱ろうとしても逆に言い負かされる始末。そんなある日、良多のもとに父親の栄輔(夏八木勲)が長野で倒れたとの連絡が。長野の病院で栄輔の幼なじみである治(西田敏行)の娘・菜穂(宮崎あおい)と出会った良多は、栄輔が“クーナ”という小さな妖精を探していたことを知るのです。

少しずつ何かが変わっていくような、変わらないような、ゆるやかに時間が過ぎていくこのドラマには、主要キャスト以外にも長野のタクシー運転手役の阿部サダヲ、看護師役の江口のりこ、警官役の山中崇など、味のある俳優たちが出演し、脇を固めています。

ドラマ内で良多の夢や妄想の中に現れるクーナを演じているのは、そんな阿部サダヲらが演じる長野在住の登場人物たち。“クーナ”の撮影シーンを見学に行ったという大塚さんは、小さなクーナたちが良多の部屋の隅で暮らしているシーンがCGではなく、すべてセットを使っていることに驚いたんだそう。是枝監督は、「CGはあんまり信用してない。『後でなんとかなる』って言いながら、何とかならないことが多いんです」と言い切っていました。

また、3話で阿部サダヲ演じるクーナの頭に松ぼっくりが当たるシーンでは、阿部の動きがあまりに機敏すぎて、つけていたプルトップ型アクセサリーが割れてしまうというハプニングもあったんだとか(実際に3話では、プルトップが割れた瞬間がそのまま放送されています)。しかし是枝監督はこのハプニングを生かし、7話ではその割れたプルトップを江口のりこが直しているシーンを入れ込んだという裏話を。こうした型にはまらない柔軟な遊び心が、このドラマの登場人物たちがその世界で“生きている”ことを感じさせてくれる理由なのかもしれません。

イベント中盤には、『ゴーイング マイ ホーム』を毎週録画して見ているという大塚さんが、先週放送された8話で特にお気に入りのシーンについて、是枝監督にあれこれ質問をする一幕もありました。

宮崎あおい演じる菜穂が、加瀬亮演じる元夫に会いに行くシーンを挙げ、「菜穂が、元夫に会いに行く前に悩みながらシャツを選ぶんですよね。でも、実際に会っても(シャツを見せるわけではなく)コートとマフラーをとらないんです。見ていて、もうたまらなくて。ああいう発想ってどこから出てくるんですか?」と尋ねる大塚さんに、是枝監督は「最初の脚本では、話をするために喫茶店に入って、コートを脱ぐ予定だったんです。でも、いい喫茶店が見つからなくて。だったら、(元夫が働いている)牛舎でそのまま話をしよう、と。それなら、脱がない方がせつないなと思ったんです」と答えます。

続けて「演出の話をここでしゃべっちゃまずいかもしれないけど…」と前置きしつつ「あのシーンで、加瀬くんから『元夫は「(妻と子どもを置いて出て行ったことを)後悔してない」ってセリフを言うけど、本当はどうなんですか?』と聞かれて。加瀬くんと2人で話して、菜穂の去り際にポケットから手を出すことにしたんです。彼女が去っていく後ろ姿を見ながら、何か感情が出るように。『決して愛してなかったわけじゃない』っていうのを出すためにカメラを引いたんですけど、それはちゃんと出ていたと思います」と、なにげない仕草に込められた心情を説明していました。

おそらく、こういった細やかな意図をくみ取りながらドラマを見ている視聴者は少ないでしょう。
しかし、是枝監督はイベントの中でこんなことも言っていました。「昔のテレビドラマはもっと自由で、もっと不親切だった」と。

今、テレビは途中から見ても“ながら見”でも内容が理解できるような「わかりやすさ」が求められています。情報過多な世の中に生き、「目に見えること」にがんじがらめになっている私たちに向けて、細かい説明のない“不親切”なこのドラマは、「目には見えないこと」を意識する豊かさ、余白を想像する楽しさを与えてくれるのです。

イベントの終了間際には、ドラマのオープニング映像を担当したアートディレクターの森本千絵さんが飛び入り参加しました。森本さんと是枝監督は同じマンションに住んでいるそうで、森本さんのお父さんが顔を合わせるたびに「ドラマ見ましたよ〜」と声をかけてくれるんだそう。さらにお父さんはマンション内のクリスマスツリー飾り付けの担当者でもあるそうなのです。

ドラマを見ている方はすでにピンと来ていると思いますが、バカリズム演じる世間話好きな良多の隣人は、森本さんのお父さんの要素が少し含まれていると、告白した是枝監督。森本さんもそれには薄々気づいていたようで、是枝監督の告白を受けて可笑しそうに笑っていました。ちなみに、YOU演じる良多の姉・多希子のセリフも、是枝監督が自身の姉から言われたことをそのまま書いていることがあるんだそう。

作り手の日常とも地続きになっているこのドラマの世界観は、テレビという生活に溶け込んだメディアを通して、劇的な事件がそうそう起きるわけではない日常がいかにかけがえのないものなのかを再確認させてくれます。

いよいよ残すところあと2回となった『ゴーイング マイ ホーム』。
本日放送の第9話では、良多の父・栄輔が待ちわびていたクーナ探しのイベントが長野で開催され、良多たちは森へと出発します。さまざまな思いを胸に「目に見えない」クーナを探す登場人物たちが、そこで何を見つけるのか。

画面では描かれない、「目に見えない」彼らの心情をじっくりと想像しながら、愛すべき『ゴーイング マイ ホーム』の住人たちの日常を最後まで見届けたいと思います。(青柳マリ子)