整形外科医が分析する大谷翔平の負傷者リスト入り「100%には戻らない」復帰に必要な「5つの条件」
復帰への高いハードル
「今季、大谷が躍動する姿を見られるのは、これが最後かもしれない」
この夏、そんな複雑な思いで大谷翔平(32)の一挙手一投足を見守っていたファンも少なくなかったのではないだろうか。
今季は’23年以来、3年ぶりに開幕から「二刀流」で戦ってきた。しかし、大谷の身体に少しずつ異変が起きていた。左ヒザの痛み、右上腕二頭筋の炎症、そして首周辺の違和感。ロサンゼルス・ドジャースは大谷を15日間の負傷者リスト(IL)に入れる決断をした。
復帰は最短で9月23日。その時点でレギュラーシーズンは残りわずか5試合となる。つまり、時間はほとんど残されていない。だが、今回の休養を経ても「大谷の身体が100%の状態に戻るのは難しい」とみられている。
どこまで回復すれば、グラウンドに戻れるのか。100%ではない身体で無理をして復帰すると、どんなリスクがあるのか。札幌中央整形外科クリニック理事長で整形外科専門医の亀田和利医師は、こう分析する。
「あくまで医師としての一考察ですが、プロスポーツ選手の場合、日常生活に支障がないことと、試合に出られることの間には大きな隔たりがあります。大谷選手は“打つ”だけではなく“走る”ことも求められています。将来的には“投げる”ことも考えなければならない。
大切なのは単に『痛みが消える』ことではありません。一試合だけなら出られる状態と、ポストシーズンを戦い抜ける状態もまったく違う。復帰を考えるなら、少なくとも5つの条件を確認する必要があります」
復帰条件① 左ヒザ 「痛みが消えた」だけでは足りない
大谷は今季、左ヒザの不調によって試合を欠場し、投球調整にも影響が出ている。大谷の左ヒザには、’19年9月に受けた二分膝蓋骨(生まれつき分裂していた膝蓋骨)の修復手術という既往歴がある。今季の不調もこの手術歴を踏まえて慎重に見ていく必要がある。
左ヒザは「投げる」ためだけに重要なのではない。打撃でも重要な役割を担っている。
「腕だけでスイングしているわけではありません。地面を踏んで下半身で生み出した力を、体幹から上半身、そしてバットへと伝えていきます。左打者の場合、スイング後半では左足で身体を受け止めながら回転します。左ヒザには体重を支える荷重だけでなく、回旋方向のストレスも加わるのです」
走塁となれば、ヒザへの負荷は一段と大きくなる。一塁まで全力疾走、ベースランニング中に急停止することもあれば、ベースを回るために方向を変え、スライディングもする。歩行や軽いジョギングとはまったく異なるのだ。
「普通に歩ける、軽く走れるという段階では、メジャーリーグの試合には復帰できません。ダッシュ、急停止、方向転換、ベースランニング、そしてフルスイング。そこまで負荷を上げても症状が悪化しないことが一つの条件になります」
つまり、「痛くなくなった」はゴールではないのだ。
「痛みの解消」はゴールではなく、復帰に向けたスタートラインといえよう。もう一つの問題が、右上腕二頭筋を含む右腕の違和感だ。
復帰条件② 右腕 「かばう動作」が新たな故障を招く可能性
大谷は’18年に右ヒジの靱帯損傷が判明し、同年10月にトミー・ジョン手術を受けている。その後、投手として復帰したものの、’23年9月に再び手術を受けた。
今回の違和感が、過去の手術部位やその後の投球負荷と直接結びついていると断定することはできない。しかし、右ヒジに複数回の手術歴がある以上、復帰の判断には筋肉や腱だけでなく、肩やヒジを含めた右上肢全体の状態を慎重に確認する必要がある。
なお、大谷本人は左ヒザについては「投球動作で左脚に繰り返し体重をかけたこと、右上腕二頭筋については投球量が影響した」と分析している。ここで注意したいのが、左ヒザと右腕を完全に別々の問題として考えていいのか、という点だ。
人間の身体は、下半身、体幹、上半身が連動して動いている。亀田医師は「運動連鎖」という観点から説明する。
「下半身を十分に使えない“不足分”は体幹や上半身で補うことになるでしょう。しかも、無意識で身体は痛みのある場所をかばおうとします。スポーツ選手の負傷で怖いのは、患部そのものだけではありません。一つの部位をかばった結果、別の部位への負荷が増える、いわば負担の連鎖です。
大谷選手の場合、過去に右ヒジの手術を受けていることもあり、右腕に違和感がある状態でフォームを変えてしまうと、肩やヒジに余計なストレスがかかる可能性がある。今回の症状が手術の影響だと決めつけることはできませんが、既往歴を踏まえた慎重な評価は必要です」
復帰判定では、痛みが軽くなったかどうかだけではなく、打撃や走塁のフォームに「かばう動き」が残っていないか、右腕を無意識に守るような動作が出ていないかを確認することが重要になる。
復帰条件③ フルスイングを「一度」ではなく「何度も」できるか
大谷の復帰に向けて、もう一つ大きなハードルになるのが打撃だ。球団は大谷に数日間バットを振らせず、身体の回復を優先させたうえで、段階的に打撃を再開させる方針を示している。
「一回強く振れたから大丈夫、とはなりません。最初は問題なく動けても、強い負荷を繰り返すことで痛みや違和感が出てくることがあるからです。メジャーの打席では、150キロを超える速球や鋭い変化球に瞬時に反応し、強いスイングを繰り返すことになります。
素振りができる。軽い打撃ができる。フルスイングができる。そして、試合に近い強度で何度繰り返しても症状が悪化しない。段階的に負荷を上げていくことで、ようやく“打者・大谷”の復帰が現実的になってくるでしょう」
復帰条件④ 本当の判定は「翌朝」
復帰判断で非常に重要になるのが「翌朝」なのだという。
「運動している最中に痛くなかったから問題ない、とは限りません。強い負荷をかけた数時間後、例えば翌朝になって、痛みや腫れ、張り、動かしにくさなどが出てくることがあります。翌朝、左ヒザの痛みや腫れが増していないか。右腕の張りや違和感が強くなっていないか。その日も同じレベルの運動を行えるか。そこまで確認する必要があります」
メジャーリーグは連戦が続く。ましてポストシーズンでは、一試合の重みがさらに大きくなる。「一試合なら出られる身体」と「明日も出られる身体」は違う。
デーブ・ロバーツ監督が「明日がポストシーズンの試合なら出場すると思う」としながら、あえて大谷のIL入りを選択したことも、この違いを考えれば理解できる。いま必要なのは、無理して一試合に出ることではないと考えているのだ。
復帰条件⑤ 「100%」より重要なのはパフォーマンスを維持できるか
では、身体が100%に戻るまで、大谷は試合に出るべきではないのだろうか。
亀田医師は、必ずしもそうではないと話す。
「長いシーズンを戦ってきたプロ選手が、身体のどこにも張りや違和感がなく、完全に100%の状態であることは現実的には考えられません。重要なのは痛みがゼロであることではなく、プレーを続けることで状態を悪化させるリスクが許容できる範囲なのか。必要なパフォーマンスを安定して発揮できるのか、です」
ロバーツ監督の「100%にはならないだろう」という言葉も、必ずしも悲観的な意味ではない。100%という数字を目指すことより、試合に必要な機能をどこまで取り戻せるか。そこが、大谷翔平の復帰時期を決める分岐点になる。
大谷は、もう一つ大きな決断を下している。
今季、投手として再びマウンドに立つ可能性は極めて低くなった。大谷は7月3日を最後に登板していない。一時は投手復帰へ向けた調整を進めていたものの、その後、投球練習を中止。本人も今季の投手復帰について「ほとんどの確率でない」と打撃に集中する意向を明らかにしている。
「投球では右上腕二頭筋だけではなく、肩やヒジにも大きな負荷がかかります。それを一球だけではなく何十球も繰り返します。投球動作は下半身から体幹、上半身へと力を伝える全身運動です。左ヒザに問題が残っていれば、それが投球フォームに影響する可能性についても考える必要があります」
打者として試合に出られるまで回復したからといって、投手として投げられる状態に戻ったことを意味するわけではない。投手復帰には、キャッチボールから徐々に距離と強度を上げ、ブルペン投球、実戦形式へと負荷を増やしていく過程が必要になる。
今季はそこを目指さず、「打者・大谷」に集中する。それは二刀流を諦めることではない。むしろ、来季以降もう一度「二刀流」を成立させるために、今季どこまで身体を守るのか。その判断ともいえる。
9月23日は「復帰できる最短の日」にすぎない。
「医学的には、日付から逆算して復帰させるのではなく、必要な機能が戻った日が復帰日になります。特にポストシーズンという大きな目標があるなら、レギュラーシーズンで数試合早く戻るメリットと、再び症状を悪化させるリスクを比較する必要があります」
左ヒザは全力疾走とフルスイングに耐えられるか。右腕を含め、身体のどこかをかばう動きは残っていないか。試合と同じ強度のフルスイングを何度も繰り返せるか。強い負荷をかけても、翌朝に症状が悪化していないか。そして、翌日も同じレベルのパフォーマンスを発揮できるか。
この5条件をクリアして初めて、大谷の「復帰」が見えてくる。
「大谷選手に必要なのは、9月23日に100%になることではありません。10月に高いレベルのプレーを続けられる身体を作ることです。無理をして早く戻ることより、再発のリスクを抑えながら必要なパフォーマンスを安定して発揮できる状態まで戻す。その見極めが何より重要だと思います」
15日間は長く感じられるだろう。
しかし、本当に見たいのは、「最短復帰日」に無理をして戻ってくる大谷ではない。9月23日に間に合うかではなく、10月に戦えるか。ポストシーズンの大観衆の前で、再び豪快にバットを振る大谷翔平に期待したい。
