「全国から必ず助けに来てくれる。心配しないで…」東日本大震災で被災した男性が熊本地震被災地へ“恩送り”
被災した人の「声」を聞き、必要な支援につなげる…。自らも被災した経験を胸に一人ひとりと向き合う災害ボランティアに密着しました。
萬代好伸さん
「しんどい思いしたと思う。全国から必ず助けに来てくれる。心配しないで。必ず立ち上がりますから」
被災した夫婦に優しく声をかける男性。災害支援などに携わる「一般社団法人OPEN JAPAN」の代表、萬代好伸さん(62)です。
震度7を観測した熊本県氷川町で水や食料などを配りながら続けるのが、被災した人たちへの聞き取りです。
萬代さん
「被災を受けて、あすをどう生きていったらいいのか、不安な状態に陥っている住民に何が必要なのか。聞き取り、寄り添いの活動をしながら、困りごとの相談を受けています」
萬代さんは、8月9日、ほかのメンバーとともに熊本に入りました。
■活動の原点、それは15年前の経験
萬代さん
「被災して支援を受けた者の“恩送り”。私たちもボランティアさんに支えられて立ち上がってきた身なので」
2011年、宮城県石巻市で暮らしていた萬代さんは、東日本大震災で被災。
希望が見えない中、支えてくれたのは全国から駆けつけたボランティアでした。
その後、オープンジャパンの活動に加わった萬代さんは、仕事にしていた重機の運転技術を生かし、10年前の地震や熊本豪雨など、全国の被災地で支援を続けてきました。
萬代さん
「次は、支えられた人間が支える側 に立って恩を送っていく。災害から立ち上がっていくということをみんなで知れたらなと思っている」
■避難所で…
萬代さん
「こんにちは~」
この日訪れたのは、十数人が身を寄せる新村地区の避難所。
萬代さん
「ひとりでいるよりも、みんなでこうして、お茶飲み話しながら過ごす方がいいじゃないですか」
避難者
「そうですね…」
同じ目線で話し、その人が必要としていることを探ります。
80代の被災者
「やっぱりうれしい。話せるっていうことは、全部被害に遭った人ばかりだから、コミュニケーションで心もちょっとやっぱり収まる」
次に向かったのは、石材店。店舗兼自宅が被災し、公民館で暮らす泉強さんと妻の富美江さん。事前に依頼されていた下着や食料などを届けます。
泉 富美江さん(78)
「もううれしい!です。ありがとうございます。こんなにたくさん…」
泉 強さん(85)
「心から感謝しています。とにかく長期にかけて、再建に向けて一歩ずつ努力していきたいと思っている」
息子の裕二さんも八代市から駆けつけていました。
思い出が詰まった店は、被害が大きく解体するしかありません。
この先、どうすればよいのか。萬代さんに不安を打ち明ける中、ふと、思いがあふれます。
裕二さん
「みなさんお忙しい中、こうやって来てもらって。泣いたらいかんとですけどね」
萬代さん
「せっかく助かった命ですから。頑張りましょう」
裕二さん
「そうですね、ありがとうございます」
萬代さん
「立ち上がったその力を、未来の災害に生かしてほしい。恩を受けた方に返すのではなく、次の災害で同じ思いをする人たちにものを送り続けていく、それがいち被災者として今、被災されている皆さんへの思い」
「必ず、人は立ち上がることができる」。自らも大きな災害を経験した萬代さんが被災した熊本へ伝えたい思いです。
